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白天祭 ―不公平な決議 1―

 パレードの先頭の座を射止めた者は、上機嫌だった。

 バラッドは頬杖をついて、四人の街部隊長の背を見送った。意気揚々と部屋を去っていく一名、闇討ちでもするんじゃねえのかといった風情の二名、そして入り口で屈んで頭をぶつけないよう気をつけたにも関わらず、見事に壁に肩をぶつけた輩が一名。四人の街部隊長が部屋から去り、バラッドも立ち上がった。


 ショーは終わった。バラッドはパレード自体には興味が無かった。昨年のような度肝を抜くパレードが毎年行なわれるならば心待ちにする。だが、たいてい往路の騎士団の行進と違いはない。


「どこへ行く?」

 バラッドが席を立つと、ムドウ部隊長の野太い声がかかった。

「どこへ、って、戻るんだが」

「だから、どこへ、戻るつもりだ。まさか一階のカウンターと言わずに、四階の自室に戻るなんて、アホなことを抜かさねえだろうな?」

 バラッドは笑った。そう言われると、こう言いたくて口がむずむずするわけで。

「決まってるだろ。四階だ」

 案の定、首の骨を折られそうな形相で睨まれた。

「―――とは、もうさすがに言わねえから安心しろ。今から、カウンターに座ってる馬鹿、蹴落としに行くんだよ」

「そのカウンターに座っている馬鹿も、もとはと言えば、お前が不在だったせいで巻き込まれた被害者なんだと思うがな」

 責めるようなその言葉に、バラッドは笑みを引っ込めた。

「おい、あのな。今回の件は俺も被害者ってこと、本気で忘れてるだろ?」

 まるで首謀者のように扱われることは、こちらとしても納得がいかない。

「確かに俺は、この計画に乗った。このギルドの急所がどこか、見極める計画に。だがあくまで、協力、だ。計画を立てた野郎が、仕事すんなって言ったから、カウンターに出なかった。つまり、計画者に協力しただけ。そもそも、この計画を推し進めた頭のおかしな野郎は、最初に俺を殺しかけてるんだぞ。俺は自分をこの件の一番最初の被害者だと思ってるんだがな」

「一番の協力者がよく言う」

 ムドウ部隊長が悪態をついた。

 バラッドは首を振る。

「ベイデン、そういうお前も、協力者だってこと忘れるなよ。俺に責任があるって言うなら、傍観すると決めたお前にも責任があるだろ」


 バラッドは円卓に残る他二名も見まわした。もちろん、外遊部隊長にも、副隊長にも、責任がある。彼らもまた、ムドウ部隊長と同じように、事情を知っていながら、カウンター不在の状況を傍観していたのだから。

 バラッドは肩をすくめた。

「ま、ここにいる奴らは皆、被害者ってことで。もちろんこの騒動の責任は、大騒動を計画した輩が請け負う、だろ?」

 にやりと笑う。それはこちらに毒を飲ませた輩への意趣返しでもあった。

 責任は「あれ」にある。

 あの頭のおかしい馬鹿―――こちらに毒入りチップを送ってきた馬鹿に、謹慎処分でも便所掃除でも慈善活動でも何でもいいから「罰」を与えなければ、バラッドは納得できない。この計画の発案者に協力はした。だが根本、協力以前のあの頭のおかしい男のやり方に、いまだ怒りを燻らせていた。


 もがきながら闇から意識を浮かび上がらせたこちらに向かって、ベッドの脇から覗きこみ、「目、覚ますのが遅えよ」と抜かす騒動の首謀者は、マジで罰して反省させたほうがいい。


「今回、グレースフロンティアを試そうと計画を立てたのは、俺じゃない」

 だから、責任は、俺にもない。

 バラッドは笑って部屋の外へと足を向け―――


「―――まあ、誰が責任を取るかは、今から、この決議で決めるんだけどね」

 そんな不吉な声が、バラッドの背にかかった。バラッドは戸口前で一切の動きを止めた。ゆっくりと肩越しに声の主へと視線を彷徨わせる。たるんだ四肢の男が、円卓に肘をつき自分の爪を見つめていた。その爪はいつも通り、きちんと磨かれているのだろう。

「副隊長」

 バラッドは呼びかけた。

「今、なんて言った?」

 副隊長は自分の爪から目を上げなかった。

「うちの馬鹿ったれどもは自分から責任を取るわけがないでしょ。誰もが、責任をなすりつけ合う。うちのギルドの悪い点。いつものことでしょ」

 そこで副隊長は、自分以外の円卓に腰を下ろす男どもへと視線を投げた。

「まあ、ほんの数名、責任逃れをしないだろう人もいるけどね。これ、うちじゃ絶滅危惧種―――さて、バラッド。うちでは問題が起こった時、どこを見て処分を決めるんだったかしら?」

「騒動が起こった時は」

 副隊長の質問に、バラッドは用心深く答え始めた。騒動が起こった時の規定なんて今まであっただろうか。いや、過去にそんなものは無かったはずだ。だがこれを「騒動」ではなく「喧嘩」と言い換えると話が全く変わってくる。


 グレースフロンティアでは、喧嘩は日常茶飯事だ。喧嘩は誰が始めたかは問題視されない。あまりにも頻繁に起こるから、始まり方なんて誰も気にしてはいないのだ。喧嘩が起こった際には、このギルド、喧嘩の発端ではなくケツ―――結果を重要視する。

 ムドウ部隊長の唸り声がした。

「嫌な予感がする」

 バラッドもその言葉に同意だった。いや、もう、嫌な予感しかしない。

「ちょっと待て。これ喧嘩じゃねえんだから、結果から処分を決めるなんて言わないよな……?」

「あら、喧嘩も騒動も一緒よ。あんた達が起こした問題に関しては、結果から処分を決めるって、あたし達は昔っからそう決めてるの。つまり、結果が全て、ってことよ」

 バラッドは身体を副隊長に向け直し、珍しく二の句も告げずに立ち尽くした。

 事の発端が責任を取るなら、話は分かる。

 すなわちそれは、こちらに毒を飲ませた大馬鹿野朗が責任を取るということだ。

 だが結果から処分を決めると言われると、バラッドでも誰が責任を取ればいいのか、全く予測がつかなかった。事態は混沌としている。もちろんカウンターを不在にした自分にも責任はある。計画した男もだ。そして計画を知っていて黙って見ていた野朗ども、私利私欲にはしり事態を悪化させた阿呆どもにも責任はある。

 結果から、と言われても、この騒動には大勢のヒトが関わりすぎている。この中からどうやって責任を負う者を選出すると云うのか。


「しかし―――」

 嗄れた声が静かに落ちた。冷静な声は、室内で絶大な威力を持っていた。全員の目が異様な鎧を着込んだ外遊部隊長へと向いた。

 彼は何かを思案するように半眼伏せていた。

 やがて、静かに口を開く。

「カウンターが不在になったことで判明したのは、我々の未熟さだ。これはグレースフロンティアに所属する全ての者に責任があること。だがギルド隊員全員に処分は下せまい」

 それはバラッドも行き着いた問題の代弁であった。外遊部隊長の重厚感溢れる発言に、副隊長も神妙な顔で頷く。

「確かに、全員に責任がある。でも隊員達の処分はもう済んでる。うちのギルドの大半が、今回のカウンター不在から、駆けずりまわって部隊の仕事をこなした。未熟な彼らは、未熟な彼らなりに精一杯やっているわ。これから処分を下すのは、事情を知っていた者達の処分よ」

 副隊長が続ける。

「事情を知っていた者―――すなわち、ここにいる誰かに、この騒動の一切合切、すべての責任を負ってもらって、この騒動、終わりとします」



 沈黙が落ちた。




 ムドウ部隊長が頭を抱えた。

「ちょっと待て。なんだかものすごく妙なことを言われてねえか。おかしい気がするが、おかしいと思う俺の神経は正常じゃねえってことか?」

「いや、大丈夫だ。俺もさすがに、やっぱりうちは頭がおかしい集団と実感してる」

 バラッドは、このギルドで極めてまともと思える男にそう告げた。

「要するに、事態を傍観したベイデンやアルルカ部隊長が、全責任を負う可能性があるって言われている気がするんだが、気のせいか」

 副隊長はたるんだ頬肉が揺れるくらい勢いよく頷いた。

「もちろんでしょ。アンタがさっき自分で言ったんじゃない。ムドウ部隊長もあたしもアルルカ部隊長も、事情を知っていて黙って見ていた。つまり、全責任を負う候補に選出されてもおかしくないでしょ」


 再びなんとも言えない沈黙が落ちた。

 さすがのバラッドでも、このアホな言い分のどこにも正当性が見出せなかった。確かにムドウ部隊長やアルルカ部隊長にも、責任の一端はある。だがあくまでも「一端」だ。案内カウンターを不在にし職務放棄をしていた自分や、バラッドに職務放棄をするように言ったこの計画の発案者と同等の責任があるとは、バラッドも思っていなかった。

 だが非常に残念なことに、ムドウ部隊長やアルルカ部隊長にそれほど重い責任が無いと分かっていても、バラッドは重ねての反論はしなかった。むしろ口角が引きあがりかける。笑わないよう努力しながら、バラッドは副隊長に再び訊ねた。

「つまり、誰かが何かしらの処分を受ければ、それでこの話、終わりにするって言っているんだよな?」

「そうよ」

「処罰を受けるのは、一人だよな?」

「そうよ」

「どうやってその一人を決めるんだ」

「話し合いで物事は決まらないって、ついさっき、証明されたと思ったけど」


 バラッドは考えを巡らせた。

 確かに、パレードの先頭は話し合いでは決まらなかった。この件だって、誰も責任を取りますとは言わないだろう。

 思い出されたのは、木箱に入ったボールのことだ。

 腹の中で笑いの虫が跳ねるのと、ムドウ部隊長が呻くのが同時だった。

「くじを引くってわけか」


 副隊長は、ギルドが傾きかけたこの騒動の全責任を負う者を、くじで決めようと言っているのだ。

 なんてアホな話。


 バラッドは吹きだした。頭がおかしい話すぎて、面白くなってきた。

「よしやろうじゃねえの。今すぐ、くじ引きだな!」

「うぉい、駄目だ!」

 ムドウ部隊長が慌てたように立ちあがって、状況の悪化を食い止めようとした。

「なんだよベイデン、てめえは自分の隊員を棺桶つっこんでおいて、責任がねえって思ってるのか」

「そうじゃねえ! そういうてめえは、くじを引く頭数を増やしたいだけだろうが! ―――いや、待てバラッド、てめえは黙ってやがれ! いいか、俺はくじを引くことに文句をたれてるわけじゃねえ!」


 円卓に手をついた新兵部隊の部隊長は、がなり立てた。

「ナイルだ! ナイルを参加させろ! この騒動を計画したのは奴だろう。あれがその木箱に手をつっこまねえってような状況、納得ができねえぞ!」

 日常、新兵部隊員達を震え上がらせるその恫喝するような声の主は、そう怒鳴った。

「俺も、あの馬鹿ったれがいないのは、さすがに納得できねえなあ」

 こちらも加勢する。

「それに隊長も知ってたわけだろう? なら、隊長にも責任あるんじゃねえの?」


 副隊長は小首をゆっくりと傾げた。その仕草は、バラッド達の主張に、何を馬鹿なことを、と言っているように見えた。

「当然でしょ。あの無鉄砲な馬鹿共のいない決議なんて、やって何の意味があるのよ」

 ふ、とその目線が動く。こちらを見ていたはずの糸目がそれた。バラッドには、明確にそれが分かった。

 線のような目の動きが追えたからでは、断じて、無い。



 逃走本能に訴えかけてくるような圧迫感が、自分の背後から―――戸口から、襲いかかってきたせいだ。



 戸口前に立つバラッドの背に、尋常ではない圧迫感が突き刺さる。

 室内の空気を鋭く一変させる気配に、ムドウ部隊長が首を巡らし、盛大に嫌そうな顔をした。

「隊長からの伝言です」

 副隊長の声が耳に入ってくる。だが、バラッドはそちらを見ていなかった。無防備な背中にあたる圧迫感を取り除こうとするように、身体が無意識に戸口へと向きを変えかけていたからだ。

「余りモンには福があるっつーから、俺は最後のもんでいい。俺が罰の対象者になったら、飲んだ後、ついでに真っ裸で逆立ちして昼街から夜街まで行進してやるよ―――いや、あたしとしてはさ。どこでも脱ごうとする筋肉馬鹿な裸族野朗は、夜街に行く前に牢番にぶち込むつもりだけど」

 副隊長がぼやくように言う言葉は、ほぼ耳には入っていなかった。

 背後に、完全に気を取られていたからだ。


 背後、戸口に立つ男は―――左顔を隻眼用の黒革で覆う男だった。

 威圧感で他を圧倒する男は、呑気に欠伸をしている最中だった。緊張感の無い仕草で、他人を圧迫してくるってどれだけ器用な男なのか。


「隊長は来れないけれど、貴方達ご指名のナイルは、ちゃんと呼んでおいたわよ」

 副隊長の面白がるような声音に、目線を円卓へ向けかける。だが目は戸口から離れなかった。呑気に欠伸をするような男でも、この男から視線をそらすことは容易ではない。どうやら今は非常に眠そうな様子だ。だが眠そうだからといって、この男が突如こちらの首に手をかけないとは、バラッドには言い切れなかった。長年の付き合いだからこそ分かることもある。こいつが部屋にいる時は、最大限用心しておけば、被害は最小で済む。

「それで、ムドウ部隊長? 決議を始めていいかしら」

 のんびりとした副隊長の言葉に、ムドウ部隊長が呻いた。

 やはり、新兵部隊の部隊長もまた、戸口の男から注意をそらさなかった。

 ムドウ部隊長が投げやりに怒鳴った。


「なんだこの不公平なケツ決め―――ああクソ、役者が揃っちまったんなら、やるしかねえだろ!」

 そんな殺気立つ声にも、戸口前の青灰色の目の男は、呑気な欠伸をしただけだった。

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