白天祭 ― 公平な決議 4―
副隊長席に座る糸目の男は、眉根をよせた。
「アルルカ部隊長、あたしが小耳に挟んだ話によれば、街に戻ってきてからもずいぶんとまあ、そこの人使いの荒いカウンターと、あなたの上司にこき使われていたらしいじゃない? ただでさえ外遊ってほぼ無休、ギルドの奴隷みたいな部隊なのに、街に戻ってきても容赦無く仕事をぶちこむこの鬼畜ギルド。そりゃあ、ストレスで家の二、三軒、潰したくなるよ。うん分かる。理解できる。あたしも時々、隊長とか
グリムの家、更地に戻してやろうかって思う時、あるし。―――うん、でもね?」
糸目の男は、自分の顔の前で両手の人差し指を交差し、×を作る。
「焼き討ちは勘弁して」
事情を知らなかったであろう各街の部隊長の顔に緊張が走った。―――何の話だ。複数の視線が錯綜する。焼き討ちなんて、聞いてねえぞ、と。
知らなくて当然なのだ。違法ドリンクの取締りを依頼したこちらは、『本部は、クソ忙しい。他の奴の手を煩わせずに済むよう、すべて消してくれ』と補足した。だから任務を受けたアルルカ部隊長は、依頼に忠実に証拠となる物も、家も、人も、燃やしたのだ。
つまり、知らなくて当然で、さも当たり前のようにアルルカ部隊長の焼き討ちの話を持ち出した男のほうが間違っているのだ。バラッドはムドウ部隊長の説教たれそうな視線を避け、脂肪の塊を注視した。
俺、副隊長にもこの話、漏らしてねえはずなんだが、な。
いったいどこでどうやって、この話、小耳に挟んだのか。
「火は、他に燃え移ると、迷惑がかかっちゃうでしょ」
こちらの視線に気付かぬまま、副隊長はそう言った。
焼き討ち禁止令の出された男も、頷く。
「すまない。以後、考慮する」
掠れた低い声でそう告げた。
お願いね、副隊長は軽やかにそう付け加え、この話を終わりにした。物騒な奴ら。淡々とした会話を聞きながら、バラッドは思う。今の会話、つまりはこういうことだ。『他に被害が出ない方法なら、対象の家を破壊しても構わない』とたるんだ四肢の副隊長が言い、『じゃあ、今度から焼き討ち以外の方法にします』と独特の鎧を着込んだ外遊部隊長は答えたわけだ。
周囲を見れば、全員、アルルカ部隊長と同じく神妙に頷いている。口元が歪む。こいつらもまた物騒な奴らだ。
「アルルカ部隊長にも、精神の病まない健やかな長期休暇を取らせたいんだけどねえ」
嘆くように副隊長が言った。各街の部隊長を眺め、嘆息した。
「貴方の代わりがいなくって」
その言葉は各街の部隊長への苦言でもあった。
四人の街管理の部隊長達は、副隊長の発言に様々な様子を見せた。
昼街は挑戦的に鋭く副隊長を一瞥し、夕街の鎧兜の巨躯は微動だにせず、朝街はM字に秀でた頭部側面の血管を浮かせて殺気立ち、夜街は酷薄な笑みを浮かべて「そら、すんません」と肩をすくめた。
各街の部隊長達は、力で部隊長へとのし上がってきたツワモノ達だ。しかし、その能力はアルルカ部隊長にはるかに及ばない。街の部隊長は入れ替わりが激しい。いつまで経っても、新兵部隊のムドウ部隊長、外遊のアルルカ部隊長というように、安定しない。この四人も、祭後の昇格試験で他の隊員に負けてしまえば、部隊長の座から引き摺り下ろされることになる。
だからこそ街部隊の部隊長は、常に自分の地位を誇示する必要があった。
白天祭のパレードの先頭は、内外に自分が部隊長である、と拳を掲げて声高に主張できる絶好の機会と云えた。
「隊長は、例年のごとくパレード欠席よ。それで、誰が上を張る?」
副隊長のこの一言から、今年の決議は始まった。
「隊長が欠席となれば、副隊長が上を張るのが妥当だろ」
と、ムドウ部隊長。途端に、副隊長はしかめ面をして見せた。
「あのさ、あたしに街を練り歩けって言うなら、半年くらい前に言ってくれる? あたし、あんた達と違って、計画的に身体を絞るって作業が必要なの」
副隊長は自分の二重顎を引っ張った。
「アルルカ部隊長が先頭歩いたら……まずいわよねえ」
真っ先に、ムドウ部隊長が不快そうな顔をした。そもそも新兵部の部隊長は、外遊部隊長が部隊を離れて街にいるという事実に納得をしていない。パレードの先頭なんて目立つ行為を外遊部隊長にやらせることに、賛成するわけがなかった。
当事者もまた、淡々と首を振る。
「これまで私が祭の陣導指揮を執っていたわけではない。不相応だろう」
掠れた低音は、静かに辞退の言葉を述べた。
「と、いうことは事前から指揮を執っていた私でよろしいかしら?」
涼やかな女の声が、割って入った。
挑むように周囲を見回す女―――昼街部隊長だ。
「事前から指揮、ね」
バラッドは口元を綻ばせてレナ部隊長の言葉を繰り返した。バラッドは見ることが叶わなかったが、聞けば本部一階は阿鼻叫喚の地獄絵図だという。
「事前から、指揮、ねえ」
誰に聞かせるでもなく再び呟けば、黙れとばかりの殺気で睨まれた。勿論こちらは微笑み返した。
「賛成できねえなあ」
明確に異議を唱えたのは、彼女の味方であるはずの夜街部隊長だ。
「昼街の部隊長がパレードで上を張るなんて、俺、隊員達にどう説明すればいいんだよ。格下部隊のケツ見て歩くなんて聞いたら、うちのアホども暴動を起こすぞ」
歪な耳の男の嘲笑混じりの言葉に、昼街部隊長がかすかに顔を歪めた。
それは昼街の部隊長として、格上の部隊長に自分の部隊を貶され、怒りを覚えたからだったのか。それとも、女として、自らの男に自分を貶され、痛みを感じたからだったのか。
バラッドには昼街女王を分析する時間はなかった。
夜街部隊長が話の流れを奪い取っていったからだ。
「番格で言えば、よ? 五番の外遊の次は六番だろうが?」
夜街部隊長が笑う。
「五番までが辞退してんだから、次は俺、だろ?」
「確かに貴様が、六番、だがな」
夜街部隊長の言葉に『待った』をかけたのは、夜街と円卓を挟んで対峙する小柄な男だ。M字に秀でた頭部は、以前と比べ、Mの角度がより鋭角になってきている。顔と呼ばれる面積がじりじりと拡がっている様子を見ると、部隊長という立場も大変なんだなと、ふ、と思う時もある。その小柄な男は、部隊長になってからというものその頭部だけでなく、胃もおかしなことになっているらしい。
今も、円卓の下から高速の靴音が聞こえる。足を揺する癖が出ているのだ。その男は、ストレスを身体全体で表現するなんとも器用な奴だった。
「貴様が上になど立ってみろ。グレースフロンティアの品位を疑われる」
対峙する位置に座るM字頭部の男の発言に、夜街部隊長が目を瞬かせた。
ゆっくりと隣の新兵部の部隊長へと顔を向ける。
「オヤッサン、俺、朝街が何を言ってんのかよく分かんねえんだけど―――品位って何だ」
「品位ってのは、気高さとか上品さとか気品のことじゃねえの」
「グレースフロンティアが気品に溢れた所なんて、あったっけ? 俺、確実に気品なんてもん、持ってねえや」
「俺もねえよ」
ムドウ部隊長はあっさりと肯定した。
「気品なんてもんは持ちあわせちゃいねえが、街一番の傭兵ギルドにいるっていう気概はしっかり持ってろ」
夜街部隊長がまじまじと隣の男を見つめ、しばらくして頷いた。
「なるほど。俺、今、初めてグレースフロンティアの気品に触れた」
納得したように言い、円卓に対峙する男へと視線を戻した。
夜街は、首を傾げた。
「あれ、朝街、何の話してたんだっけお前」
「……私はムドウ部隊長やグレースフロンティアの品位は疑っていないが、貴様には記憶力も欠落していることは理解した」
小柄な男―――朝街部隊長の足元の高速の靴音が、さらに速度を上げた。
夜街部隊長は、朝街部隊長に何を言われても全く気にした素振りが見られない。むしろ歪むその口を見れば夜街の性格の悪さがよく分かる。朝街部隊長は『よく忘れられている』。自分の部隊長―――三番のグリムは、人を覚えるという努力をほぼしない。部隊員なのにしばしばその被害に遭って「誰だっけお前」と言われ続けている朝街にとっては、『忘れられる』ことは何よりも神経に障ることなのだ。それを分かっていて、夜街は話を混ぜっ返している。
今もそうだ。夜街は故意にとぼけて、朝街を苛つかせている。堅物の朝街は、それに全く気付いていない。真面目で融通の利かない男が素直にかっかしているサマを、嗤っているのだ。
性格悪ぃ奴。
ふ、とムドウ部隊長と目が合った。
何故かこちらを見て、しかめ面をした。ムドウ部隊長の口が動く。声に出さないが、口の動きで何を言ってるのか分かった。笑ってる場合か。バラッドは口元を親指で拭った。確かに口が笑っていた。
こちらが手の甲で口を拭って笑いをごまかしたことに、幸いにして朝街部隊長は気付かなかった。
神経質な男は、副隊長に訴えていたからだ。
「こんなゴロツキと変わらないような男に、パレードを任せるわけには行きません。何よりも夜街ですよ? 夜街なんて汚らわしい貧民地下街の部隊長が、国王陛下もご覧になる復路のパレードを務めるなんて言語道断―――」
夜街部隊長が、菫色の瞳をぐるりとまわすのが見えた。
「はいはい分かった分かった。朝街サマの選民意識に基づくウゼェ主張は、細胞にしみこむくらい分かってるから黙れっての」
朝街部隊長の下から聞こえる足を揺する音がさらに大きくなる。こめかみに浮き出た血管が、びきり、と動いた。
副隊長へと向けられていた顔が、真正面へと戻る。
「貴様の、そういう、態度が」
室内に、殺気が充満した。