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白天祭 ― 公平な決議 1―

 扉を開けると、『ここにいるはずの無い男』が席についていた。


 ムドウ部隊長は、室内に一歩踏み込もうとした足を引っ込めた。かわりに今、歩いてきた薄暗い廊下に目を向けた。日も落ちた。夜も深まるこの時刻。どこかの窓が開いているのだろう。地上からここ―――グレースフロンティアの最上階に届く音は、依然として騒々しい。

 祭の間はずっとこうだろう。むしろ夜が深まるごとに酔いと眠気で判断力の失われたアホどもが引き起こす厄介ごとが増えてくる。

 今から行われる白天祭恒例の決議が終わったら、一階の阿鼻叫喚の地獄の中に身を投じ、ほぼ死んでいそうな新兵部隊員を仮眠室の廊下に転がしてこようと思っていたのだが……。

 ムドウ部隊長は、通路から室内へと顔を向け直した。


 室内の中心には、重厚な漆黒の円卓が置かれている。

 グレースフロンティアにはあまり似つかわしくない名匠の作品だ。

 円卓はこの辺りではお目にかかれないほどの巨木一本から造られたものだという。隊長が昔、王城騎士団を追放された時にかっぱらってきた一品だ。彼曰く「嫁、押し倒した円卓が、俺のいない騎士団にあるってどうよ」とのこと。だが、こちらから言わせてもらえれば、隊長の三番目の嫁だったか四番目の嫁だったかも曖昧な女が、過去に押し倒された円卓が『ここ』にあるのもどうか、と思う。今もその嫁が隊長の横にいるなら、この円卓の話も、微笑ましい話だっただろう。大変、微笑ましくないことに隊長は今、離婚調停中だ。……八番目の妻と。


 そんな女運をガタ落ちさせる呪詛がこびりついていそうな円卓に、平然とついている男を見つめ、ムドウ部隊長は声を発した。

「いいのか、決議に出席すると―――ばれるぞ」

 ぎしり、と椅子の背が軋む音がした。

「緘口令を布いた覚えは」

 ない、とばかりに首を振る男に、ムドウ部隊長は棒読みに「へえ、そうか」という相槌を返した。

「それにしちゃ、けっこうな雲隠れだったと思うがな」

 自分の定席は男の隣だ。だが室内に二人しかいないのに、隣に並んで座るのも窮屈だ。入り口に程近い『料理長』の席へと腰を下ろす。どうせ、あの女はこの決議を鼻で嗤って蹴るに決まっている。腰を下ろして、男を眺めた。


「姿を見せず、裏門を使っていただろう。妙に裏の門番が本部を徘徊していると思っていたが、外遊部隊長の帰還中なら、と納得した」

 ムドウ部隊長は、円卓の男へと厳しい視線を投げた。

「納得してしまったのが問題だと思わんか」

 それは以前から思っていたことだった。

「この時期、外遊部隊長が街に戻っているのが、暗黙の了解になっているよな」

 無論、見たとしても、誰も口にしたりはしなかった。

 その男が、『ここにいるはずのない男』だからだ。

 だが今年は『ここにいるはずのない男』が、常とは異なる行動を見せている。

 それがこちらの神経を逆撫でていた。


「今年はよ、モントールが街にいるから、特に私用任務のやり方が派手になっているように、俺には見える」

 療養中の外遊部隊員の影に立ち、街に戻ってから数多くの私用任務をこなす男。表立ってはリャノン・モントールの名前が出回る。祭開催の少し前、少々のボヤを起こしたらしい商売人の取締りもそうだ。モントールの私用任務として片付けられているが、あの『少々のボヤ』は明らかにやり口が異なる。


 モントールは有能だ。

 だが、まだ若い。対、人の事柄においてまだまだ若いこの男が、そこまでするとは思えなかった。―――あの『少々のボヤ』は、モントールも協力しているだろう。だが本当の実行者は明らかに別人だ。見る者が見れば一発で分かるえげつなさ。


 あの派手なやり口は、対人間に慣れたグレースフロンティアの隊員のやり方ではない。

 対人形に慣れたモントールでも、その気性を考えれば合致しない。

 すると、対人形に慣れすぎて対人間の加減を忘れた百戦錬磨の男の姿が、容易に脳裏に浮上する。

 『少々のボヤ』のせいで、『いるはずのない男』の存在が浮き彫りになる。

 ムドウ部隊長は、眉間に皺を寄せた。


「外遊部隊長のこれ以上の私用任務は、控えるべきだ」

 遠く離れた地の、隊員達の為にも。

 今まで部隊長の不在時に外遊部隊が敵の襲撃を受けていないのは、運が良かっただけだ。毎年、毎年同じ時期に不在というこの危うい事実、もう敵が気付いてもおかしくはない。

 敵は気づいたらどうするか。

 勿論、こちらを殲滅しようと動くだろう。


 ひりつくような感覚に襲われる。

 敵―――忌々しい人形どもにみすみす餌をくれてやっているようなこの状況が、ムドウ部隊長は気にいらなかった。

 拳をきつくきつく握り、怒りをおさえて円卓の先にいる男を見据えた。

「これ以上、私用任務は、控えるべきだ」


 『ここにいるはずのない男』は、こちらの繰り返した言葉を黙って聞いていた。

 男は、ゆっくりと頷いた。


 そして―――笑う。

 笑い上戸の男が、心底、愉快そうに笑いながら言った。


「それ、俺に言ってどうするんだ。アルルカ部隊長に言え」

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