扉の先 05
「縛り首だから」
言い切るか切らないかあたりで、戸を閉められた。
残ったのは、ハルトと戸を閉めた鎧の男。あの感情が全部、顔に出る子供は、この部屋にはもういない。空気は一変していた。ハルトは常に嘲笑を口元に貼り付け、傭兵は嫌悪感を隠そうともしない。
「なーにが、飲み物を持ってこれずごめんなさい、なんだか」
距離を置いて立つ傭兵は、先程、ハルトと子供を放置して部屋を出た。傭兵は飲み物がどうのと言っていた。けれど、それを信じる素直な心はあの子供しか持っていなかった。
「戸口で聞き耳、立ててた癖に。やーらしーの」
ハルトの耳には届いていた。もちろんそれは、この男も分かっていただろうけれど。
「疑ってたんだろう? あの子があたしの仲間じゃないかって」
「無関係と証明したのは、貴様自身だがな」
男は悪びれもせず言った。温かみもへったくれもない。さっきまでのコイツのほうが面白味があって良かったのにねえ。そして男のそんなニンゲン臭さを引き出していたのは、あの子供だ。
ハルトは先ほどまで部屋にいた子供の姿を思い返した。
アンバランスな子供だった。
見たこともない肌の色と素直すぎる黒の目を持った、くるくると表情の変わる子供。純真と言えば聞こえの良い、頭の軽い馬鹿なのかと思いきや、ちゃんと自分を守る術も持っている。かといって時折、まるで何も知らないかのような顔をする。
どう育てば、あんなアンバランスになるんだか。
普通なら、あたしの頬をつねるなんて、幼稚なことをするニンゲンはいない。
あたし達を見れば、ニンゲンは恐怖する。特に、ハルトは分かりやすい同一カラーだ。紅の目に紅の髪。カスタマイズで白い皮膚を手に入れる前は、紅の皮膚をしていた。つまりニンゲンとは違うもの。それがハルト達だ。
ニンゲンから、あんなに真っ直ぐに見つめられたことはなかった。ハルトは子供と話しながら、途中で気付く。――――こいつ、あたし達の事を知らないんだ。
黒の瞳には恐怖も嫌悪も浮かんでない。ただ珍しそうにこちらを見ていた。
いいねえアレ。
欲しいなあ。
時々、ハルト達の中にはニンゲンを飼うような悪趣味な連中もいた。今までは気が知れないと思っていたが、今なら分かる気がする。いいなあアレ。連れて帰り――――
寝転がって背を丸めていたハルトの眼前に、剣が突き刺さった。剣が鏡になって、ハルトの紅の目を映し出す。その目は爛々と紅く輝いていた。
剣は木目に刺さっていた。そこから上へ上へ視線を上げれば、鎧の男に行き着いた。
「何を考えているか知らないが」
何の感情ものせずに、男は警告してきた。
「次に光らせたら、尋問前に潰すからそのつもりで」
「縛り首を待たずにってことかい。物騒だねえ」
剣の刃に映るハルトの目は、瞬きとともに輝きを失った。
音も立てずに剣を抜くような傭兵は、お縄にかかった状態では相手しきれない。
大人しくしているのは、今だけだ。覚えてろよ若造。
ハルトは目を閉じて感覚を遮断した。