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扉の先 04

 ベッドの上の生首を、佐倉は改めて見つめた。

 強気そうな眉も長い睫毛も紅いんだと、今気付いた。化粧っ気はないけれど、均整取れた顔立ち。右目が小さいとか片方の口だけつり上がりぎみとかがない。本当に綺麗に左右均等な顔だった。


「サクラ? あたしの話ちゃんと聞いてるのかい?」

 じれた紅の生首、ハルトが返事をせっついてきて、我に返った。いかん。生首の逃亡補助依頼にぶったまげすぎて、一瞬、魂が抜けていた。

「あのさ、ハルトサン?」

 佐倉は、自分の考えをまとめながら、ベッドにもう一度、あぐらをかいて座り直した。

「どうして、私が貴女の逃亡の手助けをする思うの?」

「どうしてって、――――そりゃあんたが、間違ったことは許せない、高潔な精神と正義感を持ったニンゲンだと思ったからさ」

 コウケツ。

 一瞬、聞きなれない単語で、漢字も思い浮かばなかった。

 高潔なんて通知表に一度も書かれたことない。つか高潔な精神って通知表に書かれるような子供がいたら、子供かどうか疑ったほうがいいと思う。


「つまり、ハルトは間違って捕まってしまったから、高潔な精神と正義感を持った私は助けたほうがいいってこと?」

「そう! そういうこと!」

 生首は勢いこんでそう言った。

「さすが見込んだだけあるねえ。話が早い。じゃあ早速この縄を」

「ちなみにハルトは、村の人達にどう間違えられて、捕まることになったの」

 眼前の生首が、一瞬口を閉ざした。

「それは、ほら。つまりだね。ほら、あんたみたいに夜遅くにこの村に訪れたら、夜盗かなんかと勘違いされちゃって、このザマってことさ」

「ああ。なるほど。夜盗と勘違いされた人が、道を開けなきゃ村の子供を殺すって脅してたわけね」

 再び沈黙。

 紅い生首は、一度瞬きをすると、皮肉気な笑みを口元に浮かべた。

「あんた、あたしを助ける気はないんだねえ」

 猫が虎に変わるくらい、雰囲気が変わった。うん。でも今のこの皮肉気な感じのほうがしっくりくる。


「高潔な精神も正義感も持ってないから、言うけれど」

 佐倉は目の奥が笑っていない生首を見つめながら、言った。

「ハルトを助けても、私、全然得にならないよね」

「得……?」

 佐倉はベッドの上であぐらをかいたまま、現状で思っていることを口にした。

「ハルトを助けるのってさ、デメリットだらけだと思うんだ。ハルトが逃げたら、逃がした私は間違いなく縄でぐるぐる巻きにされるよね。ただでさえ、今、ものすごく怪しい立場なのに、これ以上立場を悪くするような損なこと、するわけない」


 これが何かの物語なら、きっと主人公は困った人を救わずにはいられない病にかかっていて、縛られたハルトを逃がしてやるのかもしれない。でも現実。よく分からない世界に来てしまっていても、これは現実だ。困った人を救えなんて誰も言ってないし、佐倉もそんな聖人君主な所業をやるつもりは毛頭ない。むしろ、どうしていいか分からなくて、まだ自分の状況もはっきりしないのに、どうして他人の問題を抱え込むことができようか。


「打算的だねえ」

 ハルトは呆れるように言った。

「うん、自分でもそう思う」

「あんた、将来、性格が捻じ曲がって嫌な奴になるんだよきっと。友達も少なくて、きっと死ぬ時も独りだねえ。あーあ、可哀想なニンゲン」

「…………」

 何、その呪いみたいな宣言……!

「容姿が普通なんだから性格を良くするとか努力しないとさあ、あんた、ホント将来、どっかでノタレ死ぬんじゃない」

「な、生首め!」

 ちょっと顔が整っているからって。

 佐倉は即座に、相手の両頬を両手で掴み、親の敵とばかりに引っ張った。このまま、ほっぺた伸びて下ぶくれてしまえばいいんだ。むがむがと、ベッドの横でハルトは身体をうねらせたけど、佐倉は引っ張り続けた。

 そもそも、この生首だけには、打算とか性格が悪いとか言われたくない。少なくとも佐倉は人を殺しかけたり、逃げようと画策したりはしていないのだから。




「遅くなって悪かったな。本部隊が思ったより早く――――」

 戸が開く。入ってきた甲冑兜の男は、現状に言葉を失った。両頬を引っ張られて、身体をくねらせる紅い芋虫とあぐらをかいたまま、離すものかと必死の形相で相手の頬を引っ張る子供。待て待て、どうしてこうなった。この構図、どう考えても人間の子供が、憎き紅の女を襲っている構図だ。


 モントールは、不本意ながらも紅の女を助ける羽目に陥った。


 モントールは、ハルトの背後から佐倉の両腕を取った。バンザイさせる形で、佐倉の指を紅い女から離させる。ハルトはベッドから頭を降ろし、床に転がる形に戻って悶絶していた。よっぽど力強く引っ張られていたに違いない。


 モントールが床でうねる女を跨ぎ、片膝をベッドに載せた。

 興奮して顔が熱い佐倉にずい、と近寄り、


「はいドウドウ」

「あのね、馬じゃないんだから――――っぅわぁ!」


 佐倉の身体が浮いた。

 佐倉の腰を、モントールが掴んで持ち上げたのだ。腰を両手で掴まれたまま、ベッドから離されていく。何その腕力。佐倉が羽のように軽いわけではないのだから、相手の筋力が凄いのだろう。軽々と持ち上げられて、足をぷらぷらと宙に浮かせた状態を味わうことになった。


ベッドとハルトから離れた床に降ろされる。驚きすぎて大人しくなった佐倉の頭を三度目のぽんぽん。これ、この人の癖なんだろうか。



「本部隊が村に着いた。ササヅカ、家の外に隊の人間がいる。ウチの部隊長がササヅカの話を聞くことになっているから、悪いが同行してくれるか?」

「あ、うん」

 佐倉は素直に頷くと、モントールに背を押されて家の外に出た。外にいたのは、モントールと違って兜を被っていない男が二人。どっちも家から漏れる明かりでも分かる彫りの深い外人顔だ。

 戸を片手で押さえた状態で、モントールが佐倉に呼びかけた。

「すまないな。――――飲み物を用意するって言ったのに」

「ううん、大丈夫。ありがとう」

 モントールって律儀な人だなと思いながら、男二人に案内されて家を離れかけ――――


「あんた、気をつけなね」

 ハルトの愉しそうな声が、開け放ったままの戸の奥から聞こえた。

「そいつらの部隊長は、最高に厳格なクソ野郎だ。あんた、取調べをうまくやんないと、あたしと一緒に縛り首だか」

 ばんっと勢いよく音がして、ハルトの声が途切れた。振り返る。音を立てた戸は、完全に閉ざされていた。耳奥にハルトのゲラゲラ笑いが響いている気がした。



「…………シバリクビ?」

 単語と絵面が一致しなかった。いや、一致させたら負けだと思う。忘れようとする佐倉を、両脇を固めた男達が、有無を言わさぬ力強さで連行していった。

 

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