蝶のはばたき 9
大粒の雫が一粒、熱せられた石畳に落ちた。
それだけでむせ返るような雨の匂いが辺り一面に立ち込める。
激しい夕立の訪れを察したのだろう。
通りを歩く頭が、駆け足で散っていく。
窓から見下ろし、呟いた。
「まだ大丈夫なのに、ねえ?」
激しい雷雨までには、まだまだ時間があるというのに。
まるですぐに豪雨に見舞われるとでも思っているかのように、通りの彼らは逃げていく。
窓に手を当て、通りを見下ろせば、ひんやりとした硝子窓が心地良い。手の平の熱を逃がしながら、顔にかかる髪の感触を煩わしく思った。指は涼しさをもとめ、顔は髪がかかるのを煩わしく感じている。大層困ったことだった。手が二つあれば、たいした問題ではない。片手で涼み、片手で髪を掻きあげればいいのだ。
何の問題も無い。
手が二つ、あれば。
「ああ、ああ、嘆かわしいねえ」
結局、頭に手をやった。
髪をかきあげ、急速に流され近づいてくる重雲を見つめた。
丘陵の上に建つ白壁の城を飲み込み、自分の真上も通りすぎ、街全体へと広がっていく。
心が躍った。
ああ、でも。
「まだ、だねえ、あともう少し」
ニンゲン共より鋭敏な感覚が、嵐の時を正確に伝えてくれる。
ほら、もう、すぐそこだ。
女の口が弧を描いた。
爛々と輝きを増す瞳の色は―――シャミラセスの水蝶の羽を連想させる色だった。