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バカラ 10

 モントールは、こちらの背中をあやすようにたたいた。


「首括って死ぬぞボケ!」

 佐倉は目を瞬かせた。真正面の兜を見つめた。いや、兜兄さんの兜から漏れた言葉では断じてない。モントールではなくて、と佐倉は首を動かした。


 首を動かせば、円卓がなぎ倒された床で、昼街隊員に馬乗り姿勢のラックバレーが見えた。猫背男は背後から別の隊員に首を絞められていたが、目はこちらを向いていた。

 そしてこちらを、怒り狂ったように睨みつけている。

「加勢されるくらいなら、死んだほうがマシだ」

 ラックバレーは吐き捨てるように言った。

 佐倉は困惑した。何故、突然の拒否。さっき、やれ、やっちまえと行動を促すようなことを言ったのは、このオッサンだったはずなのに。


「ラックバレー」

 呆れたように呼びかけたのは、モントールだった。

「大勢に囲まれている時に、ひとりで戦うのを選ぶのは得策ではないと思う」 

「いらねえ」

「おい、何をそんな意固地に」

「いらねえって言ってんだろうが!」

「いや、ラックバレーあのな……」

「うるせえ! 帰れ!」


 いやいやいや。おかしい。この状況、おかしい。

「……救援対象が救援を拒否するとか、どういう状況」

 あきらかに多勢に無勢の状況。助けたい人が助けを拒否してくる場合、助けていいのかどうか。


 モントールがため息をついた。少しかがみながら、ぽんぽんと背中を叩かれる。『降りて』の合図だと分かり、佐倉は素直に従った。

「帰っていいのなら、ササヅカとそこに倒れている子を連れて帰らせてもらおう。そうしたら、いざこざの理由も無くなる。だが、そもそも、だ。ラックバレー、もう彼らは戦意を喪失しているんじゃないかな」

 モントールに言われて、佐倉は周囲を見つめた。確かに昼街隊員達は立ち尽くしていて、誰も身構えている様子が無かった。確かに先ほどまでのギスギスした敵意がない。なんだか、呆気に取られているようにも見える。まるで、佐倉の横にこの鎧兜の人がいるのが信じられないとでも言うように。


 ラックバレーも信じられないという顔で周囲を見回した。

「おいてめえら、まさかこの喧嘩引っさげようとしてねえだろうな」

 ラックバレーの言葉に、彼の首を掴んでいた男がゆるゆると離れた。

 馬乗りされた男が、首を振る。

「外遊のモントールに喧嘩を売るなんて馬鹿な真似、するわけないだろ」

 冷静な言葉だった。良かった。騒動を収拾できそうだ。

 佐倉は安堵の息を吐き、猫背男は、愕然、という顔をした。

「これで終わり? 外遊の兜が出てきたから? おい、そりゃあねえだろ昼街さんよ」

 ―――ちょっと、オッサン、何を言いだすつもり。

「認めねえ、認めねえぞ俺は」

 猫背男は佐倉達が立っている方を勢いよく指差した。

「あそこに、今日のお前らの敵がいる! さあやってしまえ! ぶち殺せ!」


 救援するはずの人が寝返りました。どうしたらいいでしょう。


「いやいやいや、ラックバレー、私たちを助けに来たんじゃないの!?」

「助けになんか来るか馬鹿野郎! 俺は―――俺は、喧嘩をしに来ただけだ!」

 えぇー。まさかの回答が返ってきた。最低だ。このオッサン、最低だ。数十分前にうなぎのぼりで上がり続けた株が下落した。もの凄い勢いで。喧嘩をしたかっただけとか。この人。マゾか、マゾなのか。集団に殴られたいとかそういう嗜好の持ち主か。

「ほら、行けって。さっきの気概はどうした。飛び掛れ、ぶちのめせ、玉砕してこい!」


 昼街部隊員を叱咤激励するラックバレーに、モントールは首を傾げ、こちらを見た。

「あいつ、どちらの味方として来たんだ?」

「最初はこっちの味方だと思っていたんだけど、どうやら思い違いだったみたい」

 おかしいな。どうしてこうなった。

「てめえらがやらねえなら、俺が―――」

 ラックバレーが立ち上がる。倒れた椅子の脚を引っつかんだ。何かを考える時間もなく、佐倉の肩をモントールが掴んだ。背後へと押し込まれ、そのまま数歩、後退する鎧。前に立つモントールが後退するから、佐倉も後ずさった。


「ラックバレー、危ないから椅子を置け」

 モントールがさらに後退する。広い背中で、全く前は見えない。鎧の背に手をあてていた佐倉も後退するしかない。

「俺はお前を殴りにきたわけじゃないんだが」

 返ってきたのは、喧しいとばかりの唸り声だった。さらに後退して、佐倉の踵が階段にぶつかった。これ以上、後ろへ逃げるには階段を登るしかない。三段駆け上がる。モントールは階段を登らなかった。嘆息する音が、兜から漏れる。

「ラックバレー、あのな」

 さらに数段上がれば、佐倉にも状況が見えてきた。鎧兜のモントールと少し距離を置き、猫背男が立っていた。鬼気迫る顔。椅子を引きずって近づくラックバレーの姿は、冗談ではなく本当に殴りかかる直前の様だった。


「てめえに助けられる程……」

 地を這うような声でラックバレーが呟いた。

「俺は落ちぶれちゃいねえんだよ……!」

 椅子が床近くから振り上げられる。息を呑む。危ない。鎧兜の男は避けもしなかった。まだ怪我しているであろう脇腹を狙う一撃は、肘と膝でガードされる。椅子の細い背もたれが折れて無惨な形で床に転がる―――どれだけ力が入った一撃か分かるというもの。本当に怪我させる気だ……!

「止むを得ないか」

 淡々と呟いたのは鎧兜の男だった。瞬きより一瞬で、ラックバレーの懐へと飛び込む。「クソ」ラックバレーの悪態。指先まで鋼の拳がラックバレーの左脇腹を突き上げた。ラックバレーの足が宙に浮く。そして追いうちの右腕がしなる。顔面を狙ったその一撃は床に向かって打ち下ろす軌道を描いていた。入った瞬間、体重が軽すぎた猫背男の身体が、サーカスの演目の一つみたいに華麗に一回転した。わぁ、凄いアクロバティック。


 凄いアクロバティック、とか言ってる場合じゃない。

「あ、しまった。加減を忘れた」

 さらりと危険すぎる発言した鎧兜の男の声。ラックバレーが床をごろごろと後転し、最後は伸膝後転の一回転した後みたいな形で崩れて止まった。いや、その形はまずい。「の」みたいな形で止まってるけど、絶対大丈夫じゃない。

「……ラックバレー!!」

 佐倉は床で「の」になった猫背男に駆け寄った。

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