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バカラ 09


 思わず、拳銃、握っちゃった。

 なんて、言っている場合では断じてない。


 真正面の男に銃口を向けたまま、佐倉は凝固していた。

 咄嗟の行動とはいえ、人に銃口を向けるなんてどんな荒野のガンマン思考。

 ああ、つまり、そう。その場のノリってやつだ。そうノリ。向こうがラックバレーのことを悪く言おうとしたもんだから、ついつい―――ついついで、日本人が人様に銃口を向けるかバカぁ!

「あ、はは」

 佐倉は乾いた笑い声を上げて、ゆるゆると銃を下ろした。

 笑って誤魔化せ、笑って誤魔化せ!


 半笑いで銃を下ろした瞬間、隣の兜の男が怒鳴った。

「てめえ……!」

 はい、笑って誤魔化せ…ませんでしたー! ですよねー!!

 

 銃を盗られた兜の男が椅子を倒す勢いで立ち上がる。こちらの腕を取ろうと伸びてくるその手が、空を切った。男は足がもつれたように、前方に勢いよく崩れ倒れた。運悪く、兜を円卓の端に打ち付ける。突然の衝撃が円卓の端にかかる。佐倉には、スローモーションで、円卓が傾いていくのが見えた。そして一緒に緩やかに滑り落ちていく皿や瓶。


「やれ、ササヅカ、やっちまえ!!」

 ラックバレーの鋭い声がした。どこ。彷徨う目。猫背男は、随分と下にいた。床に転がり、兜の男に足技をかけていて―――ああ、だから兜の男は転んだのか。

 

 しかし、何をやれ、と。

 視界の隅を、白い皿がゆっくりと滑っていき……

 あ、お皿、落ちる。


 混乱した頭が、間違った答えをはじき出した。

 お皿が割れたら、弁償代、またぼったくられる。


 そうだ、お皿は、絶対、割っちゃダメだ……!!


 佐倉は銃を投げ出した。チロの短い悲鳴。卒倒する音が続く。佐倉の意識は白い陶器へと向かい、手を伸ばす。皿を空中で受け止めた。中を覗き込めば、白い皿に黒い塊がへばりついていた。良かった。息を吐く。肩から力が抜けた。お皿割れてない。

 佐倉が皿を受け止めたその真下で、倒れた兜の男が呻き声を上げて、うつ伏せから仰向けへ身体を反転させた。おー、兜の昼街部隊員にお皿が降りかかる所だった。うんうん良かったね! 無事で! 昼街部隊員に被害が及ばなかったことにも安堵し―――そこで、手の平に不吉な痙攣がはしった。


 それは、以前、食堂のお皿を落とした時と全く同じ痛みで……あああああ、ま、まさか。訓練のせいで握力の低下した手が、わなわなと震える。手の平の中のお皿が揺れて……無情にも、こぼれ落ちた。


 床に転がる、兜の男の上に。

 しかも陶器は、佐倉の手から離れる際に引っくり返る。


 兜の上に、黒い塊がぶちまけられた。

 兜の視界確保の為の空洞に黒いドロドロが滴り落ちていく。ぎゃあああああ。血の気が引いた。人様の顔面に食べ物らしきモノを落とすとか、所業が人デナシ、鬼畜生すぎる。

「ご、ごめんなさ―――っ」

「う、おおおおおおぉぉぉ!?」

 黒色の塊を兜にぶちまけられた男が、素っ頓狂な悲鳴を上げて佐倉の声をかき消した。しかもまるでブリッジでもするかのように仰け反った。いったいどうした。呆気にとられる佐倉の前で、黒いドロドロを浴びた兜の男がびくん、と身体を激しく震わせた。何これ、ホント怖い。

 

「ぐおぉぉ、沁み……すっぱ美味ぇぇぇぇぇぇ!!」

 そのまま、びくんびくんと全身で大きな痙攣を繰り返す。

 うん。あの黒いドロドロ、沁みるらしいよ。激しく痙攣しているけれど、酸味があって美味しいらしいよ! ―――あの黒い塊、食べ物って分類で合ってるんだろうか。 本当の分類は、最終兵器物とか、そういう類なんじゃないだろうか。

 ラックバレーが妙な痙攣を繰り返す男から、転がり離れた。

 

 猫背男は腹を抱えて笑っていた。

「ざまぁみろ、兜野郎は全員、死滅しやがれ!!」

 いやいやいや、それ、笑いながら言うセリフじゃない。病んでるな、あの人。確実に病んでる。

 ラックバレーの哄笑は、長くは続かなかった。昼街部隊員がラックバレーに飛び掛る。取っ組み合いになって、二人は床で転がった。


 ラックバレーと昼街隊員が殴り合い、佐倉の足元で黒い塊を浴びた男が痙攣を続け、チロはいつの間にか失神し、酒場にいた他の客は、突然の喧嘩に次第に野次の声を大きくし―――いや、野次じゃなくて、誰かラックバレーを助けるとか、助けを呼びにいくとかしないんだろうか。

 このままでは、ラックバレーが危うい。

 今や、猫背男は、大勢対孤軍奮闘の状態になっていた。それでも椅子を片手に応戦している。でも明らかに不利な状況だ。助けなきゃ……!!

 加勢しようと、昼街部隊員の背中に飛び掛かろうとした瞬間、背後から腰を掴まれた。

「ふぎゃっ」

 そのまま、床から足が離れて、ぷらぷらと足が揺れた。


「はい、ドオドオ」

 のんびりとした声。

 いや、だからね、私は馬じゃ―――


 顔を上げる。覗き込むようにして立っているのは、鎧兜の人だった。

 馴染みのある、鎧兜の人だった!


「モントール……!」

 佐倉は顔を輝かせた。こんなに頼りになる助っ人はいない。なんと言っても肋骨折れた四日後に長時間走ってもケロリとしている人だ。そして、噂のイカレ狂った三番部隊長の銃弾を回避できるような人だ!

 

 佐倉は暴れた。身をよじる。

 突然暴れだした佐倉に、モントールが声を上げた。

「ササヅカ、危ないから暴れるな」

「モントール、モントール、モントール!」

 それでも佐倉は暴れた。モントールに身体を掴まれ、足も地面についていない状態で、お互い向かい合う形になれるように身をよじり、その首に両手を回してかじりつくように抱きついた。慌てた鎧兜の男がこちらを落とさないように、背中に手を回し抱きかかえ直す。真正面に向き合って、その兜に佐倉は心の底から懇願した。


「ラックバレーを助けたい。だから協力して……!!」


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