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バカラ 06

 昼街部隊では、レナ部隊長は神様と同等でいらっしゃる。

 

 女王様に暴言を吐いた佐倉は、盛大に嫌われた。

 駐在室を出た後、新兵部隊員は数名ずつに分けられた。昼街部隊員と組んだ先輩達は、本部の外へと出て行った。その背を見送り振り返れば、佐倉には六人の昼街部隊員が待っていた。佐倉ひとりに昼街部隊員六名――――絶対、故意に決まっている。



 炎天下、昼街部隊員が、露店の店主に白天祭の注意事項を伝えている。

 その横で、佐倉は歩道に手をついた。頬をつたう汗が、顎先から地面に落ちた。その水滴の跡に向かって、顎を下ろす。腕力で再び、頭を起こした。


「その次は、腹筋なー」

 声が落ちてきた。

 忌々しいったら無い。仕事に借り出されたはずが、やっているのは炎天下での腕立て伏せだった。それなら、訓練所でラックバレー達がやっていることと同じだ。熱い石畳、砂利に悩まされながら筋トレさせられているだけ、絶対、損。だからさあ、こういう子供じみたことがくだらないって言ってるのに!


 仰向けになる。腹筋を猛然とこなしながら、意地になってきた。

 こうなったら、筋肉モリモリつけてやろうじゃない。


 ニーホールドクランチ(超過酷な腹筋)を、くたばれ昼街って念じながらやった。そのまま新兵部隊のトレーニングメニューに切り替える。

 隊員達の説明が終わって、次の露店へと向かう時には昼街部隊員の六人を、匍匐前進で追尾した。

 そして、再びオルタネイトプッシュアップ(超過酷な腕立て)を、死滅しろ昼街って呪詛の言葉を吐きながらやり続けた。また移動。勿論、匍匐前進。

 次のシッシー・スクワット(背骨が折れるかって思うくらい反り返るスクワット)は、目をひん剥いて露店の店主の顔を見ながらやるのがポイントだ。


 ―――すぐに効果は出た。昼街のオッサン達は、行き交う観光客に奇人の仲間として見られてドン引き、露店商達からは商売客が逃げると苦情が相次ぎ、そして佐倉は、ハイスピードで切れの良い筋トレを見せすぎて、著しく体力が消耗した。ふはははは、誰も得してない。さあ、早く仕事をさせろよ、昼街。



 その三十分後、佐倉は最初の勇ましさはどこへやら、後悔しながら腹筋を続けていた。すみません。調子こきました。マジつらい。なんでこんなこと始めた自分。

 昼街部隊のオッサン達も奇人の仲間って目で見られて、居心地は相当、悪そうではある。だが敵もさるもの、白い目で見られているのに止めてくれない。

 

 うう、ここで自分からやめるのは、ものすごく癪。やめてくれって、お願いされるまでしつこくやり続けて……


 説明を終え、逃げるように次の露店へ移動する六人を、執念と根性で佐倉は追いかけた。もはや匍匐前進というより、路上を這いずっているだけだった。実は、その鈍い動作で向かって来られると、最初の威勢の良い匍匐前進より鬼気迫るものがあって、大層怖いのだが―――本人が知る由も無い。



「何やってるんだ、てめえ」

 再び、腹筋作業に戻った佐倉に影ができた。

 地面に寝転がったこちらを覗き込んできたのは、新兵部隊の先輩達だった。作業が終わった数人が、本部に戻る所のようだった。

「何って仕事ですよ。昼街部隊の皆さんは、私の素晴らしい筋トレを観賞したいそうです」

「ふうん。それじゃあ、その素晴らしい筋トレを手伝ってやろう。おい、誰か上に乗ってやれ」

「いやいやいや、昼街の人達の愛情で、お腹一杯なんですってば」

 先輩のひとり、チョビ髭のオッサンは聞き入れなかった。

 笑いながら佐倉の腹に乗る。佐倉も疲れすぎて感覚が崩壊した。なぜか一緒に笑えた。このギルドのオッサン達は、いつでも要らんことを重点的に嬉々として、ねちねちとやるのだ。


 その時、腹に乗った男とは別に、小柄の若い男が佐倉の頭を押さえた。

 固定されて、動けなくなる。

 佐倉は笑いを引っ込めた。

「何―――」

「昼街部隊の奴ら、かなりカッカしてるぞ」

 頭を押さえる先輩隊員が、声を落として言った。

 笑顔だが、声は全然、笑っていない。


「通りの向こうでチロ・デイシーが、しごかれてる」

「チロが」

「どーも、先刻の暴言だけじゃあねえな」

 と、腹の上の男。

「別の理由ってこと?」

「ハヅィの件じゃねえの」

 ミカエル?

「どうして、ここでミカエル」

「優秀なミカエル様の同期が、正規の加入試験じゃないおこぼれ合格者二人ってのが、信望者達の神経に障るんだろうよ」

 なんだそれ。

「信望者って、ミカエル、そんなものいるんですか」

「てめえ、今まで何見てきたんだ。いただろうが。ハヅィ、めちゃくちゃ取り巻かれていただろうが」

 その呆れ声で、思い出した。

 ああ、あのミカエルの背後をうろつく金魚の糞たちのことか。


「信望者にとって、同期がこんな無能と」

 腹に座るチョビ髭のオッサンは、固定された佐倉の額を指で突いた。

「それから、あんな泣き虫っていうのは、認められねえってよ」

「目障りだから潰しておこうってところだな」


 何、その物騒な発想。

 そりゃ、正規の試験では合格してないから、そこを批難されても仕方ない面はある。だが、正規試験じゃないおこぼれ合格でも、それでミカエルに面倒をかけた覚えはない。

 同期入隊になってしまったのは偶然だし、あの美童自身がこっちを同期だなんて思ってもいないだろう。あのすまし顔の美童は、佐倉達と空気を同列として考えている。

 佐倉も佐倉で、拳骨から逃亡するのに必死で、ミカエルを気にする暇なんてない。


 入隊してから、接点はほぼ無い。

 それなのにミカエルの信望者に、出来の悪い同期は死ねと思われるなんて、理不尽すぎる。


 言いがかりに、佐倉はチロが心配になった。

「チロ、大丈夫ですかね」

「そりゃあ勿論、すげえ泣いてた」

「号泣号泣」

 だろうな、と思った。チロが泣かない日は一日としてない。よく泣くし、怖がりだし、悲鳴を上げるし、失神する。それでもチロは、全てを帳消しにするくらいにいつだって一生懸命だ。空回り気味だけど。


「ま、そういうことだから気張れや」

 頭を押さえていた小柄の男は、あっさりと手を離した。

「あっさり、だなあ。先輩として、どうにかしてやろうって気はないんですか」

「あるわけねえだろ。俺らは次の昇格試験、昼街って決めてるんだよ。可愛くもねえ後輩の為に、なーんで、そこまでやらなきゃならねえんだ」

「薄情者!」

 笑って取り合ってくれなかった。

 佐倉は助け起こされた後、先輩兵達が本部へと戻るのを見送った。


 ぼんやりと見ていたその肩に、突然、腕が回される。

 肩を組まれて、横を見上げた。昼街部隊員と思わしき鎧兜が立っていた。

 先程から奇人の仲間として、散々白い目で見られた昼街部隊員だった。


「ササヅカ新兵部隊員」

「はい?」

「せっかくだから、仕事の後で飲みにでも出かけるか?」

「いや、丁重にお断りしま」

「―――チロ・デイシー隊員は、もう同行するって言ってくれている」


 佐倉は黙って、昼街部隊員を見つめていた。

 しばらくして、口を開いた。

「いいですね。ご一緒します。二度と無いだろうから」

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