バカラ 05
その人は、紛れも無く『本物』の女性だった。
「協力、感謝するわ」
金髪のポニーテールのその女性は、周囲の男達とは違い、武具をひとつもつけていなかった。だからこそ、より分かる。男ではあり得ない、出るとこ出た見事なプロポーション。睫毛が恐ろしく長い。黒のアイラインが入った切れ長の翠の瞳、口紅は鮮烈な紅だった。どこか色香が漂う、これぞ、大人の女性。腰の下げた細身の剣がなければ、このギルドの人だとは思わなかっただろう。
このギルド、女性もちゃんといたんだ。
二階の昼街部隊の駐在室へとやって来た佐倉達は、そこで昼街部隊員数十名と顔を合わせた。新兵部隊員達より、質の良さそうな鎧を着込んだ隊員達の前にその女性は立っていた。
鎧は着ていないけれど、隊員だと思う。初めて見た女性隊員に、佐倉は心から安堵した。女だと言えずにいたのは、タイミングや案内カウンターの強烈な脅しのせいだけではない。もしかしたらこのギルド、女性は入隊禁止なのではないか。そんな心配をしていたのだ。
数は少ないけれど女性も入隊可能なことを、この眼前の女性が証明してくれた。これなら、周囲が佐倉を女と気付くことがあっても、追い出すことはないはずだ。……というか、なんで皆、女って気付かないんだろう。
佐倉は、昼街部隊の駐在室でその女性をマジマジと見つめた。特にその谷間のできた美しい乳ラインをガン見だった。続いて、自分の足元に視線を落とす。靴先がなんの障害もなく見えた。うん、サラシもどきを巻いてるからね! そりゃ靴先だってすんなり見えるよ!
「昼街部隊のレナ部隊長だ」
この知らない土地に投げ出されたことより、切実に落ち込みかけていた佐倉は、そのせいでムドウ部隊長が言ったことを理解するまでに、数秒を要した。
レナって女性の名前っぽいけど……と、いうことは。
女の人がいる、どころか、この女の人が部隊長か!
「で、こっちが新人のチロ・デイシーとササヅカだ」
「あら、掲示板のササヅカ新兵部隊員ね」
金髪ポニーテールのレナ部隊長の背後で、昼街隊員達が関心を示す首の動きをした。ぐさぐさと視線がささってくる。い、居心地が悪いなぁ。
レナ部隊長は嫣然と微笑んだ。
「ササヅカ新兵部隊員、掲示板のHは、私の所の隊員ではなくて?」
「え……?」
どうして昼街の隊員だって思うんだろう。
困惑する佐倉に、答えをくれたのは背後に立つムドウ部隊長だった。
「昼街部隊も新兵部隊も本部を拠点にしている部隊だろ。他の部隊だとそれぞれの支部勤務になって、滅多に本部に顔を出さねえ。お前は支部に行ったことがないだろうし、差出人がここの掲示板を使うんだから、本部駐在者の可能性が高い。加えて掲示板でやりとりってことは、お前と階級が違うんだろうと予測もつく。同じ新兵部隊なら、わざわざ掲示板を使う必要もねえ―――よって、昼街部隊の人間じゃねえかって考えに至るってわけだ」
「はぁなるほど……」
「俺もそこら辺が妥当じゃねえかと思ってるわけだが。で、そうなのか?」
おお、意外。ムドウ部隊長、何も言ってこないから、掲示板のやりとりを見ていないのかと思っていた。しかし振り返って見れば、割と興味ありそうな顔している。
「いや、たぶん、ここの部隊じゃないかなって」
昼街部隊が別名、自由部隊というのであれば、別だけれども。
佐倉は昼街隊員達を見回した。たぶん、いや、絶対ここにはいないと思う。あの人がこの部隊っていうのは全然、しっくり来なかった。あんなに怖い人が、ここで普通に団体行動をするとか考えられない。
「興味あるわね」
綺麗な声が佐倉の思考を遮った。
昼街のレナ部隊長が小首を傾げてこちらを見ていた。くい、と片眉を上げ、
「どこの誰なのかしら?」
「それは―――」
レナ部隊長の問いに危うく言いかけて、はっとした。
改めてレナ部隊長を見つめる。この人……。
女王様だ!
くい、と眉を上げる仕草や全身から発する空気が気位の高い女王様みたいだった。知り合いの女王様がいないから想像でしかないけれども、女王様の魔法にかけられて、思わず例のH氏の名前を告げる所だった。
うわぁ、ある意味、怖い。
何が怖いってこの女王様に名前を明かしたら最期、威圧感の権化である獰猛種が噛み千切りにやって来るのが頭に浮かんできたからだ。佐倉は目を見開いたまま、ただただ押し黙った。
その様子にレナ部隊長は肩をすくめた。
「こうして掲示板のやりとりは、さらに注目されるってわけね」
すい、と視線はそれ、佐倉の背後のムドウ部隊長へと向く。
「ミカエル・ハヅィを期待していたのだけれど」
それは、佐倉達は期待外と暗に示す言葉だった。
「あいつは今日、非番で本部に来てねえんだ」
「本当かしら。朝街のために出し惜しみしているのではなくて?」
ムドウ部隊長が押し黙った。
しばらくの沈黙の後、嘆息する。
「アホらしすぎる」
と、一刀両断だった。その直後、レナ部隊長の背後が凄まじい反応を示した。椅子に座っていた者まで立ち上がり、剣柄に手を置いた。室内の空気が張りつめる。
ムドウ部隊長が再び嘆息した。
「なんだその手は? 俺と殺りてえのか。俺の部隊を出た後で、俺に向かって構えるってのは、そういう意味だぞ」
それでもレナ部隊長の背後の隊員達は、剣から手を離さなかった。
なんだこれ。
佐倉は状況に呆気に取られた。こんなに簡単に剣に手を伸ばすなんて、まさにムドウ部隊長が言っていた通り―――
「アホらし……」
言いかけてぶち切った呟きは、予想外に大きく響いた。
佐倉自身が目を丸くする。
ワンテンポ遅れて、一斉に視線がこちらへと集中した。
ぎゃ、あああああ。
助けを求めて真横のチロへと顔を向ければ、逆に青ざめてこちらを見ている少年と顔を見合わせることになった。何言い出したのこの子って顔していた。頭がおかしい子供って目で見てた。あああもー、そうじゃない、そうじゃないのだ。
佐倉は弁解しようと口を開いた。
「ご、ごめんなさい。どうも、最近、妙な言葉を口走る病にかかってしまったみたいで―――ええと、私が言いたかったのは、ですね」
唇を舌で湿らせた。どうにかこの場を収めなくては、と心に決めた。
「私が、言いたかったのは、そう。もっと皆さん、冷静に話し合いをして、ですね。こんな小競合い、くだらないし、私達、仕事をしに来ただけで、殺し合いの観戦にきたわけじゃなくて……そんなにミカエルが呼びたかったなら、カウンターのバラッドさんに連絡を取って、事前に呼び出しておけばいいと思う―――だから、その、要は……頭、使えよと」
ぎゃああああああ。
弁解という言葉の背中にチャックがついていて、チャック開けたら、暴言が顔を出してきた……!!
くべたね自分。見事にくべた。一触即発のこの状況、鎮火するつもりが薪をせっせとくべてみせ、足りないとばかり灯油をかけたぐらいの勢いだった。いやいや頭おかしい。弁解して場を収めるつもりが、自ら火種を投じてどうする。そりゃ、隣の少年が狂人を見るような目で見るのも無理はない。
後悔して、振り返った。
筋肉ダルマの部隊長がこちらを見下ろしていた。
言い訳は諦めた。
潔くムドウ部隊長を見上げた。
彼は、満足そうににやり、と笑った。
「ササヅカぁ」
「はいどうぞ」
「よしイイコだ」
頭のテッペンに思いっきり拳骨が落ちた。
再び悶絶だった。