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バカラ 03

 新兵部隊の仕事は、主には本部の雑務である。

 それ以外の時間は徹底して、訓練にあてられている。他の部隊は自主訓練を掲げているが、新兵部隊は昼から晩まで訓練所を占領し団体訓練をしていた。


 佐倉は非番日でも、アパートから訓練所へ連行されることが定番になりつつあって、日によって訓練所にいる顔といない顔があるのを知っていた。本部二階での駐在勤務者や非番者は団体訓練に参加していないし、先輩方はそれぞれ自分で調整して訓練に参加するので、この団体訓練で全隊員が集まることはなかった。



 それが最近、出席率がやけに高い。しかもだんだんと人数が増えている気がする。

 ラックバレーに担がれて訓練所へ舞い戻った佐倉は、改めてその人数に目を見張った。圧倒される人数だ。圧倒されるどころか、ちょっと怯える。

 想像してみてほしい。体格立派な若者から親父まで、とにかくむさくるしい男衆が、異常発生したバッタみたいに気が狂ったように訓練をしている図を。

 訓練所が大人数を収容できる所であっても、ひしめくように大男どもが腹筋しているサマは、繁殖期に陸に上がったトドの大群みたいで、大層怖い。ちっちゃな子供なら怯え泣いていいと思う。


「この時期はな」

 訓練所の隅に佐倉を降ろし、周囲と同じように寝転んで腹筋姿勢を取ったラックバレーが言った。こちらに足の上に乗っかれと指示する。

「白天祭の、準備が、始まる、いつお声が、かかるか、分からねえ、だろ?」

 佐倉を重石にして腹筋を続け、その合間に声が吐き出された。

「はくてんさい?」

「昼街の、祭り、夏は、昼街の、季節、だからな」

「祭りがあるんだ」

 ラックバレーが動きを止める。

「この時期が来ると、昼街部隊だけじゃ回しきれなくなる。準備に警備に違法出店の取締り、それから急増するスリや犯罪者への対応、昼街門で入国審査も強化しなきゃならねえし、入国した観光客のトラブルの解決なんかもある。王城の騎士団や他ギルドとの折り合いもつけなきゃならねえ―――他の部隊も季節ごとに祭りがあるんでな。開催時期とその準備期間は必ず俺らの手も借りてくる。だからそういう時期はいつでも動けるように、新兵部隊は訓練所とか本部に詰めていることが多いんだ」


 ラックバレーが身体を起こし、顔を近づけ小声で続けた。

「まあよ、俺らだって好きで他の部隊の手伝いがしたいってわけじゃねえよ。祭りが終わったら昇格試験がある。祭りの仕事ぶりで部隊長達のお目にかなえば、試験なんか受けなくても部隊入りが可能なんだ。チャンスを逃すバカはいねえだろ。だから皆、この時期は本部に居つく。推薦加入なんて滅多ねえが、前例がないわけでもない」

「モントールとか……ぁ痛っ!」

 何故かごちんと頭突きされた。なんなんだよもう。

「……外遊のアルルカ部隊長は、試験受けてみろと言いはしても、試験パスなんて公平じゃねえことは、絶対やらねえ」

 半月前のお団子奉行が思い出された。うん、確かにあの人は無試験加入なんてさせないだろう。試験は受けさせるはずだ。権力をこれでもかと振りかざす人ならば、佐倉だってここの加入試験を受けずに入隊できたに違いない。推薦書をもらえたけれど、試験は受けさせられた。ムドウ部隊長の温情がなければ、佐倉は今ここにはいない。


 このギルドに入り浸るようになって半月、佐倉にも外遊部隊がどんな部隊か分かるようになってきた。

 外遊部隊はグレースフロンティアでも別格扱いだ。新兵部隊を最下層として、昼、夕、朝、夜と番格が上がる。外遊部隊は夜街部隊のひとつ上で、エリート中のエリートの部隊だ。

 外遊部隊は街には居つかない。一年のほとんどを遠征に費やし、周辺地区の脅威の排除と辺境地の修復、そして村々の警護をする。街の傭兵団体というより、放浪の騎士団みたいなところだ。そんな誇り高き部隊を率いるアルルカ部隊長は、その名を知らぬ者はいないほどの部隊長だった。


 このギルドで一番尊敬できる部隊長は、と聞かれれば皆、アルルカ部隊長を上げるだろう。

 試しに、この目の前のいる人に聞いてみようか。

「ラックバレー?」

「ああ?」

「このギルドで一番尊敬できる部隊長って誰?」

「ムドウ部隊長」

 即答で違う答えを返す人がいた。

「……本当に好きなんだね。ムドウ部隊長」

「好……その言い方、やめろ。マジで、やめろ!」

「じゃぁ、このギルドで一番、まともな部隊長は?」

 佐倉も、ムドウ部隊長は、熱心に教育をしてくれる立派な部隊長だと思うけれども、あんな拳骨愛は全然、いらない。


「ああ? そりゃ、アルルカ部隊長だろ」

 そう。それだ。まともと言えば、アルルカ部隊長。

 だからこそ、佐倉はアルルカ部隊長を尊敬しているのだ。あのお団子奉行は、公正かつ正気を保った人だ。この喧嘩も殺しも個人の自由って言う頭のおかしいギルドで、アルルカ部隊長は侍のごとく己を律し、厳格に人としてのルールを守って生きている。半分以上イメージだけど、間違ってないと思う。

 何かと物騒な話ばかり出てくる三番隊のグリム部隊長のように、煩わしいから銃をぶっ放すとかそういうイカレ狂ったことをする人じゃない。もうそれだけで、アルルカ部隊長は佐倉の中で、尊敬と信頼できる部隊長だった。


 そこで佐倉は初めて、ある疑問に行き着いた。

 そういえば、このギルドの親玉ってどんな人なんだろう。噂の狂人グリム部隊長や人格者であるアルルカ部隊長、それに案内カウンターに引きこもるバラッドなんて、一癖も二癖もありそうな人たちをまとめ上げる人なんだから、グレースフロンティアの隊長はモンスターみたいな人に違いない。それなのに、今まで一度も話題に出たことがない。


「ねえ、隊長ってどんな人?」

「隊長? ああ、うちの?」

「話に出たことないよね」

「隊長は、俺らと距離がありすぎてなぁ。実は俺も二度しか姿を見たことがねえ。多忙を極めてる人だから」


 ラックバレーは新兵部隊員の中でも最古参だ。8年このギルドに在籍する彼が二度しか会ったことがないなんて。どれだけ多忙だ。隊長。

「隊長は、城や他ギルドの交渉を請け負っててな、二番隊隊長が隊長の補佐だから、実質、うちの中を取り持っているのは三番隊の部隊長ってことになる」

「三番隊って……『あの』グリム部隊長?」

 『あの』=イカレている、の意味で使ったのだが、ラックバレーにはちゃんと伝わったらしい。

「そう。『その(=イカレている)』グリム部隊長だ。三番部隊長が内部運営。隊長と二番隊長が外部との交渉。だから、俺たちにとっちゃ、外との交渉をしている隊長よりグリム部隊長のほうが何かと話題になりやすいんだ」

 そんな噂で聞く狂人が内部を任されているのか。本当に、大丈夫なんだろうか。ここ。


「それなら、グリム部隊長が隊長をやればいいじゃない」

 内部をまとめているなら、ほとんど隊長みたいな立場に佐倉は思えた。素朴な感想だったが、ラックバレーの反応は凄まじかった。

「お前……」

 戦慄するほど、真剣そうな表情に変わる。

「よく考えろ。グリム部隊長に内外すべての運営なんて任せたら、人類皆等しく死ねって宣告されたようなもんじゃねえか」

「……は?」

 どうしてそうなる。

「要求が通らないと、反対した人間を一列に並べて端から殺していくくらいやるかもしれねえ人だぞ。あの人に権限を持たせすぎたら、人類が滅亡すると思え」

「そ、そんな人には内部の運営も任せちゃダメだと思うんだけど!」

「誰も止められないからこそ、放り出すわけにもいかないんだ。どこかで敵に回られたらそれこそ厄介だろ。だから内部で飼い慣らせないかって、うちのギルドの苦渋の選択なんだよ」

 ラックバレーは驚く程、冷静に言い切った。それから彼は真上を見上げた。視線を追って佐倉も顔を上げる。あああああ、やばい。訓練忘れて、ラックバレーの話に夢中になっていた。


 そこにムドウ部隊長が立っていた。筋肉ダルマのオヤジは、苦虫を噛み潰したような表情だ。話はばっちり聞かれたらしい。

「確かに」

 がなり立てる低い声でムドウ部隊長が言った。

「うちのギルドが、あの人を抑えきれていないのが実情だがな。それでも昔に比べりゃ、ずいぶんとマシになったもんだ。眼帯付きになってからは、あの人もずいぶんと丸くなって心にゆとりが生まれた。気に入らない奴でも三日は生かしておけるようになった」

「四日目には殺すんだ……」

 それは根本的な心のゆとりの持ち方では、決してない。なんだかもう、グリム部隊長の話は、聞けば聞くほど人間離れしてしまい、佐倉の脳には、絶対会いたくない異世界人として刻み込まれることになった。


「俺ね、分かったッス」

 ラックバレーが突然、佐倉を指差した。

「こいつ、目標がねえんスよ。普通、うちに入る奴って、どこかの部隊とか誰かに憧れて入隊するでしょ。でもこいつはこの通り、何も知らねえのに入隊しちまった。だから入隊が最終目標でその後のこと、全く考えちゃいねえんスよ。そんな奴に、口で何を言ったって違いを理解するわけねえ。こいつ、特に馬鹿だから、直接、他の部隊を見せなきゃダメだと思いますよ」

 うわ、耳に痛い話だ。

 でもこの人の言うことは当たっている。佐倉に傭兵ギルドで目標なんてあるわけがない。強いてあげるなら、なるべくムドウ部隊長の拳骨をもらわなければいい。それだけだ。

 それをラックバレーにあっさり看破されてしまった。――――なんだかさっきから、ラックバレーがずいぶん賢く見える。内部事情の話とかこっちの分析とか、あれ、ラックバレーってこんなに頭良さそうな分析するオッサンだったっけ。


 年上の男に失礼すぎることを考えていた佐倉を、ムドウ部隊長も鋭く見つめてきた。

「そうだった。入隊試験の時もてめえ、成り行きって雰囲気プンプン醸してたよな」

「実際、成り行きだったんですよ。なんだか良く分からないうちに試験を受けることになっちゃって」

「なーんでこんな使えねえ奴、合格にしちまったんだろう俺」

 ムドウ部隊長が疲れたように、眉間を揉んだ。

「早くこの部隊から追い出すには、ラックバレーの言う通り、他の部隊を見せる必要があるのかもな」

 ムドウ部隊長の言葉を聞いて、ラックバレーがおや、という顔をした。

「ああ、今日からッスか」

「今日から……?」

 佐倉の質問には答えず、ムドウ部隊長は振り返った。そして野太い怒号を響かせた。

「てめえら、聞きやがれ! 昼街部隊から人員要請があったぞ!」


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