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ギルドの花 07

 ハーヴェストは、被害の無い位置に椅子を置いた。

 調理場からパンとハム肉を丸ごとひとつを持ってきた。そしておそらくアルコールであろう瓶を傾けている。

 佐倉があっちにこっちにと片付けるのを肴にしているのか、常に青灰色の目がこちらを追ってくる。片付けていても、視線を感じてしまうくらい相手を意識していたけれど、身に感じる怖さは軽減していた。こちらの意識の変化もあるけれど、大きな要因は向こうの意識の変化だ。

 椅子に座って長い足を投げた男は、こちらを興味深そうに眺めている。好奇心の目だ。扉を開けた時、彼は佐倉に興味も関心持っていなかった。それが、今、こちらの動きを追うくらいの関心は持ってくれているらしい。つまり彼の意識が好意的に変化しているから、身に感じる圧迫感が軽減しているのだ。


「見ていて、楽しいですか?」

 モップを箒代わりに、ちりとりにゴミを入れ、袋に移す作業を続けながら佐倉は訊ねた。

「一人で食うよりゃ退屈してない」

「手伝ってくれればいいのに」

 ハーヴェストは瓶の底で散乱したゴミを示す。

「それはお前の仕事で俺の仕事じゃない」

 佐倉は身体を起こし、腕を組んだ。

「私の仕事だけど、手伝ってくれればいいのに」

 彼は肩を竦めただけで、ちっとも動かなかった。全然、手伝う気がないのだ。思わず舌打ちする。すると彼は、少し目を丸くし、それから楽しそうに笑った。―――だんだん分かってきた。この人、刃向かえば刃向かう程、機嫌が上昇する。最初の不機嫌が嘘のようだ。

「ハーヴェストさんは―――」

「ハーヴェスト」

「……ハーヴェスト、はどうして裸なの」

 佐倉の質問に、彼は動きを止めた。

「裸?」

 瓶をテーブルに下ろす。

「裸」

 彼は自分の姿を見下ろした。

「ハダカ、ねぇ」

 そこまでしつこく言われると、こっちが相手の格好を意識しているだけのような気がして、ものすごく癪に障る。

「つまり、どうして鎧を着ていないのかなって思ったの」

 ちりとりの中身を袋に入れながら佐倉は言った。

「なら、どうしてお前は鎧を着ていないんだ?」

「私は服、ちゃんと着てるでしょ」

「俺だって着てるだろ」

 嘘付け。着てないだろ。やっぱり相手の格好をマジマジと見直してしまう。何も言わなかったのに、何故か、相手に伝わったらしい。爆笑だった。何故。


「四階に部屋がある。勤務時間外だから武具は放って来た」

 四階に部屋?

「四階って行ったことない」

 佐倉が行ったことがあるのは三階の大食堂までだ。三階までの施設は説明もあったけれど、四階からは全く聞いていない。

「宿泊施設になってるの?」

「違う。本部内の賃貸住宅だ。両隣は、一階の案内カウンターと地下一階の牢番長」

 全然住みたいと思わなかった。 

 ハーヴェストの言葉通りなら、案内カウンターのバラッドは本部っ子らしい。そもそも佐倉は、案内カウンターの男がカウンターの外にいるのをまだ見たことがない。


「ハーヴェストはどこの部隊の人なの?」

「自由部隊」

「じゆうぶたい?」

 その言葉も初めて聞いた。

「それ知らない」

「知る必要もない」

 周囲から出ない言葉だから、言われた通り、知る必要もないのかもしれないけれど。

「それ、どんな部隊なの?」

「俺のことが気になるのか?」

 愉快そうに問い返されて、素直に肯定できなかった。教えてくれてもいいのに。でも答えてくれないってことは、こっちに教えたくないのかもしれない。ぼんやり考えながら、佐倉は周囲を見渡した。床はあらかた片付いた。あとは水をつけたモップで何度か磨けば元通りだ。


「ゴミは食堂の外に出しておけばいいか」

 佐倉は袋を縛って、縛った所を片手で持ち上げようとした。昨日からの筋肉痛も相まって、全然力が入らなかった。めちゃくちゃ重い。両手で引っ張り上げ――――「ぁ痛っ」思わず手を離した。

 袋が落ちる。佐倉はそっちを見ていなかった。左指に鋭い痛み。左の薬指から血が垂れて驚く。

「ええ?」

 薬指の腹がぱっくり切れていた。ぽかんとして袋を見れば、尖った硝子片が袋を突き刺して飛び出していた。えぇー。

 反射的に、指の腹を口に含んだ。口の中に血の味。

「何してんだ」

 好奇心の混じる声でハーヴェストが言った。彼は椅子を軋ませ、立ち上がった。


「わ、分かんないけど、思わず」

 佐倉は指を口から離して言った。確かに口に入れるのはバッチィ。怪我したら舐めときゃ治るなんて言うけれど、絶対、洗ったほうがいい。

「ええと、ムラの風習?」

「傷口を舐めるのが?」

 彼はすぐ側に立っていた。手首をとられた。傷口を見つめる目はプロの目だった。ここの人間の怪我の治療は、きっと適正だ。

「傷口を舐めるって言うと、なんだかオオゴトみたいに聞こえる」

「でも実際舐めた―――問題ない。浅い切り傷だ」

 彼は、佐倉の手首をさらに持ち上げた。そして、まるで当然のように、血の流れる薬指を口元に持っていき

「っあ!」

 口に含まれかけ、ぞわ、と総毛立つ。すぐさま手を引いた。するりと手が抜けたのは、佐倉がこんなに早く手を引くと、向こうも思ってなかったからだろう。

 ハーヴェストは、唇にすれて残った赤色を、舌で舐めとった。

 青灰色の瞳が細められる。

「血、だな」

「き、気持ち悪いことすんなバカ!」

「気持ち悪いこと、ね」

「だって! 人の血なのに―――ぅぁあっ」

 言いかけて、再び手をとられた。薬指の根元をぐっと掴まれ悲鳴を上げる。心臓より高い位置に手を上げさせられた。


「退屈じゃあないなササヅカ?」

 彼は愉快そう。この人、やっぱりどこまでも獰猛だ。間違いなくドS。

 佐倉は相手を睨み上げた。でも目が合うとどうしていいか分からない。黙って、掴まれた自分の指を凝視するほかなかった。


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