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ギルドの花 02

 白い旗が掲げられた入り口には、ドアが無かった。

 蝶番はあった。ドア枠に二つ、しっかりついている。蝶番の残骸があるのにドアが無い。つまり壊れているってことだろう。

 その外れかけた蝶番を見ながら入った部屋に、テーブルに突っ伏した男がひとり。


 その背中を見た瞬間、佐倉は引き返そうと思った。

くすんだ灰色の髪に、白い首。病的に細い胴体。見覚えがある。たぶん身体を起こせば猫背だ。昨日、一緒に走った人。あっという間にバテバテで、モントールと交代してしまったけれど。

 

 ラックバレー。

 

 これは気まずい。

 佐倉はそっと後退した。彼を負かしたかったわけではないのだ。負けたくはなかったが、勝ちたかったわけでもない。

 部屋を見回す。まだ明け方。窓の外は明るいとは言えない。そこそこ大きい室内が見渡せるのは、大きめの燭台が一定間隔で壁に設置させているからだ。中ホールみたいな空間に、長テーブルが二列。部屋の奥に鎧や剣の置き場があって、壁には木枠の棚が並んでいる。おそらく部隊員がそれぞれ使用する個人棚だろう。

 部屋を見回して、この男以外に部屋にいる様子はなかった。ならば時間まで、案内カウンターにいたほうがいい。


 静かに後退する。そこへ声がかかった。

「別にいいだろ。いろよここに」

 テーブルに引っ付いていた身体が離れた。イテェな畜生……何やら呟きながら、彼が振り返る。

 佐倉は呆気に取られた。


 ラックバレーの顔は、目蓋が異常に腫れあがり、右唇は血がこびりついていた。試合の後のボクサーみたい。佐倉は息を呑んだ。まさか。


 まさか自分の試験のせいで、シメられた!?

「わああっ、ごめんなさいすみません、大丈夫!?」

 シメたのはあの筋肉ダルマの部隊長!?


 ラックバレーは腫れあがった眼を見開いた。勢いよく突っ込んでくる子供に恐れをなす。顔だけではなく身体中、痣だらけだ。今、飛び掛られたら俺が死ぬ。

「何に――――」

 ラックバレーは飛び掛ってくる子供の右腕を咄嗟に掴んだ。もう片方の手で左肩を押さえる。子供の腕から封筒が落ちた。


「何に、謝ってるんだてめえ」

「だ、だって、その怪我。試験のことでムドウ部隊長に殴られたんじゃ」

「ああ?」

 ラックバレーは顔をしかめた。

 腫れた顔に余計な痛みがはしる。それで自分の様子を思い出した。


「ああ成程。お前、これをムドウ部隊長がやったって思ってんのか」

「だって、走っただけで、そんな顔にはならないでしょ」

「そりゃ走っただけで、こんな顔にはならないわな」

 動揺しているらしい子供の黒い目を覗き込む。


「いいか。これは」

 ラックバレーは、自分の腫れた目蓋を指差した。

「これは、昼街部隊のバカの肘が当たった時のもんだ。で、これは」

 口の端を指差す。

「新兵部隊のアホが空振って、その拳が当たった。で、これが」

 前髪をかきあげる。

 額と髪の生え際が脹れて、大きなタンコブになっていた。

「これが、ムドウ部隊長に三回殴られた場所だ。一度めは昨夕、試験放棄してここで寝てたら、どつかれた。二度目は、説教中にもう一回。三度目は昨晩、昼街部隊と新兵部隊の喧嘩が部隊長にバレて、がつんと。どの傷よりもムドウ部隊長の拳骨が一番イテェ。しかも的確に、脹れてる所と同じ所を殴ってくるもんだから、悶絶級。で、俺が何を言いたいかっていうと」

 彼は顔をしかめて固まった。

 しばらく口を閉じる。

 舌打ちをして、がりがりと後頭部を搔いた。

「つまり、そう。新兵部隊のムドウ部隊長って男は、周りが怖がる親父だけど、筋の通らねえ拳骨も、拳骨以外の暴力もやらねえ人ってことだよ! ――――うわ、何これ。何で俺、新兵部隊の部隊長への愛を語らされてんの」

 

 いや、勝手に語ったのは、ラックバレーだけれども。

 でもラックバレーの妙な言葉のおかげで力が抜けた。つまり、ラックバレーの愛のある説明によれば、彼の顔は、ムドウ部隊長がシメたからってわけではないらしい。


「昨晩、喧嘩が?」

 さっき、ラックバレーは昼街部隊と新兵部隊の喧嘩と言っていた。

「いつものことだ」

 真っ赤になった顔を片手で擦りながら、ラックバレーは言った。ムドウ部隊長への愛を語った上、頬を染めてる彼を見て、本当に好きなんだなぁと佐倉はぬるい目を向けた。


「いつものことって、喧嘩、いつもなんだ」

「日常茶飯事ってやつだな。お前も気をつけろよ。うちのギルドはな、殴り合いも殺し合いも自由って気風があるが、本部の備品を壊すと処罰が下るから」


 何、その頭のおかしい気風と処罰の箇所。


 佐倉ははたと気付き、入り口の蝶番を指差した。ドアが無い理由が分かった気がした。

「まさかこれも?」

「それは二週間くらい前だ。新兵部隊内で喧嘩があって、勢い余って壊しちまった。案内カウンターの請求額がぼったくりだって、壊した奴が嘆いてた」

 なるほど。頭がおかしいギルドという認識で間違いがないようだ。


「ま、喧嘩はグレースフロンティアの花って言葉があるくらいだ。血気盛んで威勢のいい証拠って、容認されてるよ」

「入るギルド、間違ったかもしれない」

「入れただけでも奇跡なのに、文句つけんなクソガキ」


 そこでラックバレーが突然、佐倉へ手を伸ばしてきた。

 無遠慮に胸下あたり。

 はっとして、佐倉は相手の手を掴んだ。


「な、何だろう!?」

「怪我どうなった。ちゃんと治療したのか」

 手を伸ばそうとしているあたりは、胸当ての擦れていたあたりだった。どうやら、ラックバレーも気付いていたらしい。しかし、これは昨晩のモントールとの再現か。

 佐倉は懸命に頷いた。

「した。めっちゃ治療した。薬塗ってるから大丈夫」

「なんの薬。クイの軟膏か」

「いや、よく知らないけど、軟膏塗ったよ」

「よく知らんもん塗るな馬鹿。ちょっとお前、状態見せろ」

 ラックバレーの手に力が入る。うわ、うわ! 佐倉はラックバレーの手を両手で止めた。

 

 続く、無言の攻防。

 見上げる佐倉と、ラックバレーの目が合う。

「何してんのお前」

「いや、何してるっていうか……」

 佐倉は言葉を濁した。

「本当に大丈夫。よく分からない薬だったけど、モントールから貰ったものだし」

 さらに沈黙が落ちた。

「モントール、だぁ?」


 ラックバレーの声が一段低くなった。持久力で勝てても、大人の男の力に勝てるわけがない。片手を防ぐのもやっとなのに、ラックバレーはもう片方の手を伸ばしてきた。そのまま佐倉の脇を掴む。指にぐっと力を入れてきた。

「痛っ……!」

 ひん剥かれるどころか、傷口掴まれている。毛穴が開いて汗が出る。

「な、何を」

「いや、なんかだんだん猛烈に腹が立ってきた」

「はあ?」

「そう、そのとぼけた顔。うわ、腹立つ。めちゃくちゃ腹立つ。こんな奴せいで俺、ムドウ部隊長に殴られたわけだろ。三発も!」

「いやいやいや……」

「つか試験前にも二発殴られてたよなクソ」

「いや、試験後の最後の一発は、喧嘩がどうのって言ってたじゃない!」

「うるせえ!」

 キリキリと掴まれて、佐倉はぎゃあああああと口から言葉を垂れ流した。


 ラックバレーはモントールではなかった。いや、当然なんだけども。

 モントールは素直に治療してくれる気満々だったけど、ラックバレーがやっているのは治療ではない。これは単なる傷口を抉るような行為だ。

 てか、昨日のことをまだグダグダ言ってくるこのオッサン――――


「器、小っちゃいなあ!」

「ああ!?」

 佐倉は相手の顔に手を伸ばした。拳を固める。

 ラックバレーは眼前の小さな拳を見つめた。そして佐倉の行動の意味を読み取った。

「ちょ、お前、何する気」

「目には目を、的な?」

「待っ」

 待たなかった。

 佐倉は、ムドウ部隊長の腫れた拳骨痕に向かって、拳を振り上げた。

 タンコブに佐倉の拳が当たった瞬間、ラックバレーはもんどり打って倒れた。


 

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