ギルドの花 01
覚悟はしていたが、翌朝の身体の痛さは、相当のものだった。
翌朝、と言ってもまだ太陽も顔を出していない時間に、佐倉は重たい身体を引きずってグレースフロンティアへと戻ってきた。全身痛い。そんな状態だった。筋肉痛の症状に、胸当ての傷。身体を動かせば、どこかが悲鳴を上げる。
胸当ての擦り傷は、昨夜モントールから貰った薬を塗っていた。これが効くのか不明だけれど、傭兵に貰った軟膏ってめちゃくちゃ効きそうだ。もちろん背中が塗りにくいと思っても、薬は『一人』で塗った。――――あの時、モントールは鋼の指先をわきわきさせていたけれど。治療してくれそうな気配に、断固、お断りした。昨日、アパートまで送ってくれたモントールを思い出して、佐倉は顔をしかめた。あの鎧兜の兄さん、弟の世話は自分がやると思っている節がある。どこまで世話する気だろうか。ひん剥かれそうになって……いや、あのことは未遂で終わったんだから思い出すまい。
ホールの案内カウンターには、昨日と変わらずバラッドがいる。変化があったのは、シャツの色くらいだ。白に青ストライプから、紺色に変わっていた。
「おはようございますバラッドさん」
そして変わらず、新聞と煙草タイムで待たされる。
「おう来たな――――って、お前、四時に集合じゃなかったっけ」
バラッドは時間を見て小首を傾げた。確かに少し早い。佐倉はゆるゆると身体を動かした。
「筋肉痛が酷くて、間に合うか自信がなかったので」
通い慣れた道でもないから、少し早めにアパートを出たら予定時間より早く着いたというわけだ。
佐倉の理由に、バラッドは口の端を皮肉気に上げた。
「筋肉痛ねえ。新兵部隊なんてほぼ毎日、訓練だぞ。筋肉痛なんて言ってちゃ、お前、やってけねえんじゃねえの」
それから彼はカウンター内のファイルを開き、封筒を佐倉の前に置いた。
「少し時間がかかっちまったが、この封筒の中にお前の国籍変更申請書と住民証、それから昨日発行したギルド証が入ってる。特に住民証は観光用のと違って、ちゃんとこの国の人間って証明だ。絶対に紛失させないこと。再発行なんて俺の手ぇ煩わせたら、ギルドから放っぽり出すぞ」
「うあ、はい気をつけます」
放っぽり出されてはたまらない。
佐倉は封筒を受け取った。封筒は資料が大量に入っているらしく、分厚くて重かった。でも、その重さがこの世界にも居場所があることの証明のような気がして、大事に抱え込んだ。帰ったらちゃんと資料を見て、保管しなくちゃ。そう思いながら、怖さを味わった。ここでは、自分のことは自分で管理をしなくちゃならないのだ。両親はここにはいないし、過保護なモントールにだって、そこまで頼ることはできない。急に大人になれとせかされた気がして、怖くなる。でもやるしかない。
「とりあえず二階に行ってろ。新兵部隊の駐在室は、二階の右手通路、入り口横の白い旗が目印だ」
バラッドが案内カウンター横の階段を示した。
佐倉は心許無い気持ちになりながら頷き、カウンターから離れた。手を引いて案内してほしいなんて、そんな甘ったれたこと言えるわけもない。言うつもりもないけれど、一瞬頭によぎったのも事実だ。
階段を上がる一歩で、気持ちを引き締めた。分厚い資料を抱えなおす。
――――よし、やろう。
ここにきて、何度目か分からない気合を入れ直し佐倉は階段を駆け上がる。
勢いで駆け上がって、すぐ後悔した。身体、マジ痛い。