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加入試験 05

 初めて手に持つ鎧は、やはりずっしりと重かった。

 渡されたものは、胸当てと呼ばれる胸部だけを覆うような軽量防具だという。軽量と言われて着込んでみたら、肩にもずっしりきた。首を傾げたくなる。どこが軽量なんだ。

 脇の止め具を装着しながら、ちょっと跳ねてみた。重すぎるランドセルを背負っている子供みたいに、ワンテンポ遅れて鎧の重さが肩にかかってくる。何これ、すごく動きにくい。


「これで走るのかぁ……」

 飛び跳ねる佐倉を、着方を教えていた案内カウンターのバラッドが、カウンターに頬杖をついて眺めている。

「剣も鎧もないのか、お前の田舎は」

「まあ、そうですね」

 飛び跳ねるのをやめて、佐倉はストレッチを始める。その身体の柔らかさは、周囲にとってちょっとした異質だった。全然関係のない傭兵たちが、お、と目を見張って足を止める。バラッドが、散れとばかりに煩わしそうに視線を投げればそそくさと去っていった。

 気付いていない子供は、首をまわしてからバラッドを見た。

「そういう田舎の出なので、あのまま実技試験だと絶対落ちるなあって」

「それで直談判ねえ。試験変更の要求なんて前代未聞。普通なら落ちてっぞ」

 まあ、結果はこの通り。前代未聞の要求を、あのムドウ部隊長も面白いと思って受諾した。バラッドは、怒鳴りながらも機嫌が良さそうだった筋肉ダルマを思い出した。――――このギルド、座れ、と言われて素直に座る奴より、座れ、と言われて立ち上がる馬鹿を好む傾向がある。眼前の子供は、偶然、それが当てはまったのだろう。


「でも私、試験変更してくれって言ったくらいでは落ちないんじゃないかなって、実はちょっと思ってました」

 佐倉は、硬い胸当てに触れながら言った。

「ああ?」

「推薦書があるでしょう? ムドウ部隊長は、推薦書が誰のものでも落とす奴は落とすみたいなこと言ってましたけど、でもやっぱりアルルカ部隊長の推薦書ってそれ相応の効力があるんだろうなって」

 あの細面のお団子奉行を思い出す。あのお奉行様はいい加減な人じゃないし、威厳の塊みたいな人だ。言葉に重みがあるし、部下に慕われている。そういう立派な人の推薦書ならば、あの筋肉ダルマのオッサンだって完全に無視するわけにはいかないだろう。


「せっかく、あのアルルカ部隊長が推薦書を出してくれたのに、実技試験を受ける前に口答えしたから落としたなんてことになったら、アルルカ部隊長、絶対、説明を求めますよね」


 佐倉が初めて出会った時のように、あのどこまでも厳しい表情でムドウ部隊長と対峙するに違いない。団子奉行と対峙する筋肉ダルマを想像する。静かに眉間の皺を一本増やすお団子奉行と、今にも怒鳴り散らしそうな筋肉ダルマ。絶対その場に居たくない。


「アルルカ部隊長への説明が大変になるのは、ムドウ部隊長じゃないですか。落とすなら試験をきっちり受けさせて、ちゃんした理由で落とすはず――――だから、試験を受ける前なら何言っても、大丈夫なんじゃないかなって」


「ムドウ部隊長が、試験変更の要求をはね除けたら?」

「その時は、仕方ないです。ムドウ部隊長に蹴られて、床に這いつくばりながら不合格を言い渡されるつもりでした」

「なるほどねえ」

 バラッドは、身体を引き椅子の背もたれに体重をかけた。そうしてマジマジと佐倉を見つめる。バラッドの目にうつるのは、肌の色が黄みがかった他はこれといって特徴のないニンゲンの子供だった。あえて誉められそうな特徴を探すなら、若干、のっぺりぎみの異国人めいた顔立ちと、黒の大きな瞳ぐらいしか上げるものがない。至って普通。外見がこうも平凡なのに、まあ、なんて阿呆なことを抜かす子供だろうか。


 新兵部のムドウ部隊長と言えば、泣く子は大泣き、笑っている子も大泣き、立派な大人も失禁するぐらい恐れられた存在だ。あの豪腕で鍛えられた傭兵達は、新兵部隊を出てもその怒鳴り声を聞くと、びくり、と肩を震わせる。


 そんな男に直談判なんて、実行する輩のほうが珍しいのに。ちっとも解していない子供は、のんびりとしたものだ。

「無知ってすげえのな」

 バラッドは感慨深げに呟いた。相当の田舎育ちでなければムドウ部隊長の噂のひとつやふたつ、聞いていてもおかしくはないのだが。


 案内カウンターの呟きなど、聞いてもいない佐倉は肩をまわして武具の重さを確認し深呼吸。

「試験変えてもらったのに、うわー、ついて行けるかなー」

 体力には自信があるけれど、でも大人とマラソンって難易度、高くない? 佐倉はホールの入り口で、苛々と立っている色白の痩身猫背の男を見つめた。ついていけば合格なんだから、やるしかない。


 近づけば、悪態をつく声が聞こえてきた。彼――ラックバレーは、面倒ごとに巻き込まれて文句タラタラだった。


 佐倉が近寄ってきたことに気付くと、彼はくわ、と目を見開いた。何その鳥的な威嚇方法。その後、こっちの眼前に、びしっと指を差してくる。

「いいかてめえ」

 猫背の男が佐倉に覆いかぶさるように、ぬっと顔を出し睨みつけてきた。

「俺が、てめえをきっちり落として、入隊できなくしてやる」


 思わず、にやりとしてしまう。

 ラックバレーは佐倉に比べれば充分大人だ。ムドウ部隊長や案内カウンターのバラッドよりは若いかもしれないが、それでもいい歳こいたオッサンだ。

 そんな男が子供相手に、本気で勝負しようとしている。狭量すぎるラックバレーが愉快だった。こういう分かりやすい人のほうが、あの人を見下している白鎧の美童よりずっと好き。


「私、負けません。絶対受かって、ラックバレーさんの優秀な後輩になりますよ」

 

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