表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/110

加入試験 04

「お」

 案内カウンターのバラッドがだらりとした姿勢を戻し、カウンターから首を伸ばした。

「ササヅカどうなった?」


 訓練所から出てきたムドウ部隊長は、鋭い唸り声を上げ、カウンターに手をついた。

「俺の部隊で、本部待機は誰だ」

「待機っつーと、ああ、ラックバレーがいたのは見かけたが」

「呼んでくれ。それと子供用の胸当てひとつ持ってこいってな」

 バラッドは手元の機械を操って、新兵部隊の駐在室と通信をつなげた。

「それで、アルルカ部隊長のは落ちたのか?」

 返事をする前に、ムドウ部隊長が背後を見た。ちょうど佐倉が訓練所から出てくるところだった。目が合ったので苦々しげに睨みつけ、ムドウ部隊長は佐倉に背を向けた。


 カウンターへと戻ったその目は、奇妙な輝きを放っていた。

「さすがはアルルカ部隊長の拾い物ってとこだな」

「あれ、あいつ落ちるんじゃねえの」

「わからん。俺もこういう阿呆は初めてなんでな」

「へえ。すげぇホメ言葉」


 バラッドは、ムドウ部隊長の肩越しに、近づいてきた佐倉に笑いかけた。

「お前、とんでもねえ馬鹿なこと言っているようだな。うわー、落ちたなゼッテエ落ちた」

「そんなに嬉しそうに言わなくてもいいじゃないですか」

 佐倉は顔をしかめた。ムドウ部隊長の視線が逸れる。カウンター左の階段から、小さな鎧を持った男が降りてきたからだ。


 ラフスタイルすぎる男だった。まるで今まで、寝てゴロゴロしてました、というような……。

 バラッドはにやりと口の端を引き上げた。ムドウ部隊長は、その乱れたシャツとぐしゃぐしゃの灰色の髪を見て、舌打ちした。

「ラックバレー。次、女と転がり込んだら、俺はもう諦める。てめえは三番部隊長にじきじきに叩き斬ってもらおう」

 目を剥いたのは、ラックバレーと呼ばれた男だった。

「勘弁ス。俺の生っちろい胴体が寸分されちゃうでしょうが」

 慌てて子供用の武具をカウンターに置いた。

「もういいスか。俺、女が待…仕事が、あるので」

「ラックバレー、その仕事はもういい。てめえはこれと付き合え」

 ムドウ部隊長のがっしりとした指が、佐倉を指差した。

「ええ?」

 ラックバレーというらしい病的に色白で、病的に痩せた猫背男の目が、佐倉の周辺で彷徨った。みるみるうちに憔悴し、鬼気迫る表情でムドウ部隊長を見つめる。

「俺、男色ではないので謹んでお断りしたいんスけど、部隊長がどうしてもと言うのなら……!」

 そう言うとこちらへ駆け寄り、佐倉の顎を掴むと顔を上げさせた。

「この顔なら、そこそこ耐えればいける……!」

 いや、いかれても困る。いや、耐えないでいけよ。いや、やっぱり耐えないでいかれても困る。呆然したまま顎を掴まれている佐倉の横で、ムドウ部隊長がラックバレーに容赦なく拳骨を見舞った。

「なんで、俺がてめえのムスコの世話をしなきゃなんねえんだ! 俺は! てめえに! こいつの! 試験に! 付き合えって言ってんだ!」

 ムドウ部隊長が怒鳴り、カウンターのバラッドが腹を抱えて笑っている。佐倉は言いそびれ、広がり続ける性別の誤解をどこで解けばいいのか悩み、そして拳骨を食らったラックバレーは、困惑した表情を浮かべていた。


「俺が実技の試験をするんスか?」

「違う。ササヅカの試験は試合じゃねえんだ」

「はあ?」

 ラックバレーが眉をひそめた。グレースフロンティアの試験は試合と決まっている。

 思案顔のラックバレーとは対照的に、佐倉の顔は輝いた。

 試合じゃないってことは剣技じゃない!


「じゃあ部隊長……!」

 筋肉ダルマのムドウ部隊長は、嬉しそうな佐倉を無視した。

 カウンターに置かれた小さな上半身分だけの鎧を叩く。

「ササヅカにはこの鎧つきで走ってもらう。それからこいつはラックバレーだ、入隊8年目、人一倍向上心のねえクソ野郎だが、それでも入ってもいねえガキに負ける鍛え方はされてねえ。――――ササヅカ、てめえの試験は、こいつに着いて日暮れまで走ること。これは実技もクソもねえ。馬鹿でもできる簡単なこと、そうだろ、ええ?」

「えええええっ!」

 愕然としたのは、佐倉ではなくラックバレーだった。

「俺に走れってんスか!? ちょ、マジ勘弁してくださいよ。こんなお天道様が出ている時間ずっと!?」

 ムドウ部隊長の拳がラックバレーの頭に直撃した。

「やかましい! これはてめえへの罰でもあるんだよ! 仕事中に女連れ込みやがって馬鹿野郎!」

「うおぉ、部隊長、いつもに増して拳にキレが……」

「昼街の本部周辺を一周だ。一周して表門に戻ったら10分の休憩。次の一周が始まるまでに、ササヅカが戻ってこなかったらその時点で、この試験は終わりだ。それを日暮れまで繰り返せ、いいな!」

 ムドウ部隊長がラックバレーの耳を引っ張って、がなり立てる。

 ラックバレーは耳を引っ張られている痛さからなのか、耳元の騒音のせいなのか、ぴょんぴょん跳ねてぎゃあぎゃあ騒いでいた。


「日暮れまで、かぁ」

 佐倉は窓の外を眺めて呟いた。

「水の中なら楽勝なのに」

「てめえは試験内容を変更してやっただけ感謝しろ!」

 うわ、叱責が飛び火してきた。佐倉はムドウ部隊長を笑顔で見返した。

「はい、それはもう感謝してます部隊長! あ、っと鎧ってどうやってつければ……?」

 返ってきたのは唸り声。

「そいつらに教えてもらえ! 俺は他の奴の試験があんだよ!」

 ムドウ部隊長はそう吐き捨てると、どしどし歩いて訓練所へと引き返していく。


「ありがとうございました!」

 その背中に佐倉は声をかけた。

 ムドウ部隊長は、振り返りもしなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ