表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/110

加入試験 03

 眼前で剣がはじかれる。

 持ち主のチロも蹴り倒された。蹴った筋肉ダルマのオッサンは、息も乱さず、汗ひとつかいてない。壁際で順番を待っていた佐倉は、チロと一緒に呻き声を上げた。鎧を着けたチロがああなんだから、全く武具なしの自分はどんな目に合わされるのか。骨、2、3本折れるんじゃなかろうか。

 お相手のムドウ部隊長は、刃を潰してある模擬訓練用の剣を使ってくれている、らしい。でも刺されたり斬られたりしなくても、めった打ちされて撲殺って可能性がある。


 これじゃ絶対ダメだ。絶対、受かりっこない。

「剣道でもしておけば良かった」

 水に浸かって、タイムがどうの、泳ぎのフォームがどうのと言っている場合ではない。もっとさ、異世界で役に立つスポーツってのをどうしてやってなかったんだろう。部活を選ぶ時に、誰か言ってくれれば良かったのに。「佐倉、あんたこれから傭兵ギルドの試験を受けなくちゃいけないんだから、剣道とか柔道とか弓道とかにしといたほうがいいよ」って。そんなアドバイスをくれる素敵な友達がいたら、間違いなくその子の頭の調子を疑うけれど。


「君」

 呼ばれて顔を上げた。例の白い鎧の子だった。性別がどっちか、結局まだ分かってないけど、それでも綺麗な顔をしている。

 でも、こちらを見る相手の目が、やっぱりなんだか……嫌な視線。

「何」

「僕はミカエル。ミカエル・ハヅィだ」

 僕。僕ね。つまり男の子。


 彼は勝手に名乗って、その後奇妙な数秒の間を空けた。こちらからの何らかの行動を待っているかのように。自己紹介をしろってこと? でも、このミカエルという少年は、佐倉とムドウ部隊長のやりとりを聞いていた。だから佐倉がササヅカであることはすでに知っている。自己紹介なんて必要だろうか。

「えっとどうも?」

 佐倉は、顔をしかめながら、当たり障りのない返答を返した。だが、ミカエルは首を一振り。どうやらこの返答は正解じゃなかったらしい。どうでもいいけど、髪サラサラだなあ。地毛だろうか。縮毛矯正をしている異世界人って、あんまり想像したくない。

「君、田舎から来たんだってね」

 オカッパ少年は、再びこちらに向かって話しかけてくる。

「どこの地方の出身なんだ?」

 一瞬言葉につまる。どこ、と言われてもどこも知らない。

 佐倉は、にっこり笑って小首を傾げた。

「実は、名前もないくらい田舎の辺境のさらに最果てのそのまた奥地なんだ」


 彼はどこまで信じていいか迷ったようだ。でもあんまりつっこんだ質問はしないで欲しい。絶対に、ボロが出る。

 ミカエル少年は、幸いそれ以上の質問はしてこなかった。ただし、こう言った。

「まあ、それだけ田舎なら、僕の名前を知らなくても仕方がないね」

 何その大物アピール。

 ようやく、こちらを見るときの視線の意味が分かった気がした。こいつ、あからさまに私やチロを馬鹿にしてる。佐倉は壁に預けた背を起こした。顔がどんなに綺麗でも、こいつ、嫌いだ。

「うん、ごめん。知らないんだ」

 佐倉はそう言うと相手を無視して、チロの試合に視線を戻した。


 チロは腹を抱えて、背を震わせ泣いていた。ちょ、前髪パッツンオカッパボウヤのせいで見逃したじゃないの! ムドウ部隊長が首を振っていた。

 今にも、もう下がれ、と言われそうなチロ。ああ、ああ、このままだとチロ、落ちちゃう。


「あ、あの部隊長!」

 佐倉は声をかけた。

「ああ?」

 その声は割って入った野郎にうるせえとばかりの声。怒鳴られるの覚悟で話しかけてるんだろうなあ、という脅しが含まれていた。

 佐倉は手の汗を膝で拭いながら、唇を湿らせた。声をかけてしまったんだから、もう後戻りはできない。さあ、四日間、ずっと考えていたことを言ってしまおう。


「あの! ですね、見りゃ分かると思うんですが、私、丸腰なんです。どうしましょう」

「ああ?」

 今度の『ああ』はなんだこいつ意味分からんの『ああ』ですね。分かります。

「私、鎧もつけたことがなければ、剣を握ったことすらありません。チロ君の試合を見ていて気付いたんですけど」

 本当は、もっと前から気付いていたけれど。

「剣を振ることも、鎧をつけたこともない私じゃ、この試験、到底無理です」 

「…………てめえ、受ける気あんのか」

 ムドウ部隊長も呆れ顔。でも、剣先が床方向に向いて、無意識にしろ話を聞いてくれる姿勢を取ってくれた。

「私は受ける気ありますよ。もちろん、受かる気もあります! でもこの試験じゃダメです。こんな初心者の実技に合格出したら、そっちの目と推薦書の効力を疑いますよ」

 じろり、と筋肉ダルマのオッサンに睨まれた。

「つまり、何が言いてぇんだお前」

「つまり」

 佐倉はぐっと身を乗り出した。

 それは、四日間、ずっと考えていたことだ。とりあえず、ここで安定した生活をしたいと思った。だから、なんとしてでもこのギルドに入らなくてはならない。そのためには、この実技試験をどうにかしなくてはならない。なぜ実技試験だと困るのか。それは剣を握ったことがないからだ。そのまま素直に剣を持ち、振り下ろして合格できるのか。いや、間違いなく不合格になる。ではどうすれば良いのか。


 簡単だ。剣を握らなければいい。傭兵ギルドの加入試験を受けに来ておいて、その結論はどうかと思うが、剣柄、握ったら負けだ。絶対落ちる。


 だから佐倉は、ムドウ部隊長に挑むように言った。

「実技試験の、内容の変更を要求します!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ