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加入試験 02

 案内カウンターに落ちると断言されたことも、頭の中で胴体切断されたことも幸いに感じずに、佐倉は訓練所の扉を開けた。


 訓練所の天井は吹き抜けで高かった。入り口の反対側は半円型で、外の庭へそのまま出て行ける。その窓が開放され、心地よい風が入ってくる。グレースフロンティアは建物がお洒落だ。そしてそのお洒落空間のどこにでもいるのが鎧の人。


 ここにもひとり、鎧兜の人がいた。でもこれは?

「んん?」

 訓練所に立つその姿の人間は、あきらかにいつも見かける猛者達とは違っていた。

 その後ろ姿は、どう考えても子供だ。佐倉よりも低そうな背丈と着込んだ鎧が死ぬほど重そう。兜もぐらぐらしていて、首、折れるんじゃないだろうか。ハラハラと心配するうちに、やっぱりよろけて派手に転んだ。

「だ、大丈夫?」

 駆け寄って起こす。兜が取れて、ごとんと鳴った。ごとんて。

「あ、ありがとう、ございます」

 兜が取れてこちらを見た顔は、やっぱり佐倉よりも幼い子供のようだった。下がり眉がいかにも気弱そうだ。相手の手の中に受験者のネームプレート。と、いうことはお仲間さん。


「ササヅカっていうんだ。同じく受験生」

 佐倉は嬉しくなって自分のネームプレートを見せた。

「あ、ぼ、僕はチロ」

 見た目同様、名前まで小型犬っぽい。

「初めましてチロ君。今日はよろしくお願いします」

「あ、はい。こ、こちらこそ、です」

 お互い座ったまま頭を下げあって、なんとなく受験生という意識を共有した。チロが部屋の隅へ移動するのを手伝って、再び腰を下ろす。何気なく隣を見たら、チロの顔は真っ青だった。

「もしかして、鎧重過ぎるんじゃない?」

「や、そうじゃ、なくって……いや、やっぱり、そ、そうなのかも」

 この子本当に大丈夫だろうか。

「でも、これを着ていきなさいってお母様が……」

 すでに涙目で少年は訴えた。お受験ママに強制される子供って感じ。緊張して哀れなくらいガチガチで、これで実技試験を受けたら、佐倉と一緒にほぼ間違いなく落ちるだろう。じゃあ、ちょっと緊張をほぐすお手伝いでもしてあげようか。


「チロ君、チロ君」

 顔面蒼白の少年の顔を覗きこむ。

「顔上げて、ちょっと声を出してみよう」

「え?」

「あー、でもわー、でもいいから。腹から声を出すの。声を出すって運動前にはいいんだよ。一緒にやってみる?」

「え――――わっ」

 無理やり、一緒に立ち上がる。

「いくよ、あー、だからね。せぇの、あーっ!ってやれよ!」

 ぽかんと口を開けたまま不動のチロに、笑ってその鋼の腕を叩いた。

「今度こそやるからね。そら、せーのーでっ!」

「ぁぁぁ「あああああああっ!」」

 チロの小さな声は佐倉の腹から出した声にかき消された。でも声を出しているんだから良しとしよう。

「じゃあ、もう一回ね」

「え、え、もう一回?」

「うん、せいのーでっ!」

 佐倉が息を吸い込み、……口を閉じた。

「あああああってー、ササヅカ君ずるいよ!」

 自分だけひとりで大きな声を出したチロは、顔を真っ赤にして訴えた。でも血色はだいぶ良くなった。うん良かった。良かった。これで、チロがリラックスして試験を受けられれば言うことはない。

「ごめんね」

 佐倉は笑いながら謝った。

「でもあのさ、私は『君』じゃなくって」


 そこで気付いた。観察されているような視線。顔を上げると、佐倉も通ってきた入り口に、二人の対照的な人間が立っていた。

 ひとりはどっしりとした男。身長はこの街で見かける屈強な男達の標準よりちょっと低い。縦に大きくはないが、その分横に重厚な筋肉を纏っている。

 もうひとりは、隣の男と対照的に美しい子供だった。白と金の鎧を着込む美童は、濃金の髪をオカッパにしている。女の子、いや男の子? 白磁の肌に、中性的な顔立ち。でもその表情が気に入らなかった。――――蔑むような目でこちらを見ている。

 佐倉が黙り込んだことで、チロも観客がいたことに気付いたらしい。びくっと身体を揺らして凝固した。せっかくリラックスできたのに、見事に元の木阿弥ってやつだ。


「何やってんだ」

 野太い声は、美童の隣の筋肉ダルマからだった。年齢は随分高そうだ。この人が試験官で間違いはないだろう。

「えっと、声出しです」

「声出しねえ」

 佐倉は顔をしかめた。ここの国って声出ししないんだろうか。中学校時代も高校時代も水泳部だった佐倉にすれば、ウォーミングアップのランニングは声を出しながらが当たり前だった。運動部だった人は誰でも経験があるのではないだろうか。「某~ファイオファイオファイオー」的なあれだ。発声はスポーツには欠かせないものだし、それは水泳部でも同じだ。小学校に入る前からスイミングスクールに通っているような佐倉にとっては、発声は全く恥ずかしくない。


「うちの……あー、ムラ? そう村の習慣で、運動の前に声を出して身体を温めるんです」

「ああ、お前がササヅカか」

 佐倉は名前を言われて、きょとんと相手を見返した。ああ、そうか。アルルカ部隊長の推薦書。

「ああ、はいササヅカです」

「妙なところから、推薦を戴いてるな。どういう関係だ」

 関係といわれても。

 佐倉は言葉に窮した。関係なぞ何もない。アルルカ部隊長は街の手続きを全て終わらせると、佐倉と先日の奇襲戦の怪我人を街に置き、そのまま外遊部隊へと戻ってしまった。きっと今も荒野を、部隊の皆とともに行軍しているのだろう。

「関係と言われても、それが私もよくわからなくて」

 なんでここの推薦書をもらって、加入試験を受けているのかさっぱりだ。

「なんだその要領を得ん答えは」

「じゃあ、好意と成り行きの結果の推薦書です」

 一瞬の沈黙。腰に手を当てた立派な体躯の男は、小首を傾げた。

「妙な野郎だな」

 いや、野郎ではない、のだが。

 アルルカ部隊長の推薦書、いったいどんなふうに私を紹介しているんだろう。女っていう基本事項が抜けているとか、いや、まさか男の子って書かれていたらどうしよう。


「まあなんだ、この推薦があっても俺はイロはつけねえからな。ここに入りたきゃ、這いつくばってでも登ってこい」

 そこで彼は全員に言った。

「てめえらもだぞ!」

 馬鹿でかいこれぞ声出しの声だった。窓が共振し、腹の中がビリビリするくらいの大きさ。

「俺は新兵部隊、部隊長のムドウだ。――――これよりグレースフロンティアの加入試験を行う!」


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