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扉の先 12

 涙腺が馬鹿になっているらしい。

 大粒の涙が再びこぼれた。


「モントール、だ、大丈夫なんだ……」

「大丈夫。肋骨が何本かイッただけだし、後は鎧の損傷とか――ササヅカ、ああ、ごめんな。もう泣かなくていいから、な?」

 モントールが言った。担架に乗せられかけたくせに割と元気そう。

 彼は地面に腰を下ろし、鎧上部の止め具を外され、治療を受けていた。でもそこはモントール。なぜか兜を脱ぐのを拒否した。結果、兜被っているのに、上半身裸族という奇抜な怪我人が誕生した。他の人は兜もちゃんと取っているのに、モントールだけ断固拒否。何そのこだわり。でもモントール、見事な痩せマッチョの身体つき。いいモノ見れたなと、佐倉は鼻をすすりながら思った。


「本当にすまなかったな」

 彼は自分の首の付け根を揉みながら言った。マッチョ綺麗な筋肉の動き。筋肉フェチではなかったはずだが、涙より涎が出そう。

「つい、仲間の所に、と、気が急いてしまって、ササヅカに怖い思いをさせてしまった」

 佐倉は言葉に詰まって首を振った。もういいから、何か着て欲しい。

 そんな佐倉の横に、アルルカ部隊長が立った。途端、モントールが立ち上がろうと無理をして、周囲に押し止められる。

「申し訳ありませんでした! 同行者の保護を優先すべきだったのに――」

「いい。ササヅカはこの通り無事だ」

「ですが」

「くどい」

 モントールは腹に力が入った低い声で、

「ハッ申し訳ございません!」

 いや、肋骨何本かイッた人が、腹に力入れてどうする。


 アルルカ部隊長が、佐倉に目を向けた。

「ササヅカ、悪いが街まで私の隣を歩いてくれ」

 細面の日本鎧のアルルカ部隊長は、隊の人間を見回した。

「モントールも含め、重傷者は馬車で先に行かせる。君と私は最後尾だ」

「あ、はい。了解です」


 その後、佐倉は重傷者を運ぶ準備に奔走し、最後の最後に出発した。

 埋葬のための盛り土を見て、また涙がこぼれた。話したことがある人があそこに埋まらなくて良かったと思った自分が恥ずかしかった。でもモントールやハルトに土をかけられるのは見たくない。

「ハルト、逃げちゃいましたね」

 アルルカ部隊長の横で、佐倉は顔を曇らせた。

「あの……アルルカさん、大丈夫ですか。これ、任務失敗なんてことには」

「そうだな」

 肯定されて、ぎょっとした。

「えええええっ大丈夫なんですか!?」

「私は報告をして、上の指示を仰ぐだけだ」

 何そのカッコよすぎる潔さ。やっぱり武将だと思った。潔さが侍だ。素敵なお団子ヘアも侍のチョンマゲヘアに見えてきた。


「それよりも君に訊ねたいことがある」

 武将アルルカは佐倉の隣をゆっくりと歩きながら言った。

「先ほどのモノは、君に仕業か」

 目線がすいと落ちてきて、こっちの視線を掬い上げる。

 先ほどっていうのは、もちろんあの空から現れた指のことなんだろう。

 佐倉は、困って眉根を寄せた。自分の仕業と言えるかどうか。何故あんなことができたのか、いまだに説明がつかない。でも、素直に帰ってくれたということは、やっぱり自分が呼び出したということになるだろう。

「呼ぶつもりはなかったんですけど」

 佐倉は言葉に詰まりながらも口にした。

「私、家を出る前に祖母の本を読んでいて、それでその本に書いてあったことを思い出して……」

 他に何が書いてあったのか、今はもう思い出せない。でもドラクロワは忘れられない単語になりそうだ。

 

 佐倉は自分の家のことを思い出していたが、心が恐怖に震えることはなかった。衝撃と涙が洗い流してくれたようだ。気分は前向きだった。

 それは『祖母の本』のことを思い出せたからでもある。自分が何故ここにいるのか全く原因も分からずにここにいる時よりも、遥かにいい。ほんの少しなのかもしれないが、ここにいる理由が分かった。救われた気分だ。原因があるということは、いつか家に戻れるかもしれない、と希望に繋がった。


 気持ちは落ち着いていて、戻れるよう努力しながら異世界と向き合ってみようという気持ちにもなってきた。向き合う手始めは、あの紫の指だ。

「あんな変な指、初めて見ました。あれってなんだったんでしょうか」

「ドラクロワは疫を拡げるものと伝えられてる」

「エキを拡げるもの?」

「古代神のひとつだ。先ほどのように、上空の裂目から顔を出し疫病を広げるとされている」


 エキって疫病の疫ですか!

「よ、良かった。素直に帰ってくれて! 間に合わなかったら大変なことになってましたよね」

 胸を撫で下ろし、そこで再び不安がよぎった。

「あの、私、街に入ってもいいんでしょうか。どう考えても私、怪しすぎますし。街の真上にまたあんな騒ぎを起こしちゃったら」

「では君は今後、どうするつもりだ」

「う」

 痛い所、突かれた。

「計画も立てずに話すのは止めたまえ。一時の感情で言われてもその言葉を鵜呑みにはできない。君の存在は確かに危険だ。だが放って置く方がさらに危険だ。紅の人形は、君があれを呼び出したのを見ていた。このままここへ置いていったならば、君は人形に拾われる」

「ううう」

 言い返せない。ハルトから勧誘を受けていたのも事実。でもこうもお奉行様に理路整然と言われると、論理的思考なんてない子供は、もう平伏してなんでも言いなりだ。


「それから、街へ着いたら、君は力のことも素性も隠したほうがいい」

「え?」

「厄介ごとを自ら吹聴すれば、厄介ごとが増えていくだけだろう?」

 ご、ごもっともですお奉行様!

 きっとこの奉行、名裁きで市井の者たちに慕われているに違いない。

 お奉行様の助言に従って、佐倉は自分の素性は隠すことに決めた。と、いっても異世界から来ましたなんてお奉行様にもさらっとしか言えないけれど。とりあえず、他国のド田舎からやってきたってことでいいだろう。

 コクコクと何度も頷く佐倉をアルルカ奉行は確認し、ゆっくりと頷いた。

「では、街に着いたら住まいを手配しよう」

「本当ですか!」

 佐倉はぱっと目を輝かせた。良かった。やはり、アルルカ部隊長はこの先のことも、ちゃんと考えてくれていたのだ。さすがお奉行様だ! いや、もう名裁きは軽く越えた。これは征夷大将軍ぐらいの称号を与えても――――


「ただし条件がある」

 なんぞ言い出したかこのお団子野武士。

「条件、ですか?」

「推薦書を渡す。それを持ってグレースフロンティアの試験を受けなさい」

 なんぞ言い出した! この団子!!


「……えーっとですね」

 佐倉は相手をマジマジと見つめた。

「モントールにも言ったんですけど、私、剣に触れたことすらなくてですね」

「実技試験は確かに技量も見る。だがそれだけではない。一番大事なことは、実技中に己を失わないことだ」

「はあ」

 発言が侍だと思った。

「そうすれば、自ずと己の本領を発揮できる」

「本領って、ドから始まる、疫を拡げる奴を呼ぶ、とか?」

 半笑いの冗談だったが、返ってきたのは沈黙のみ。その沈黙、何。

 目線を跳ね上げたら、殺気立つ凍視線とぶつかった。

 重圧。簡単に心が折れた。

「嘘です嘘ですよ嘘ですから! 絶対にそんなことしません! 誓います!」


 暫くして、アルルカ部隊長は、静かに、ゆっくりと、佐倉の方へ言葉を落とした。

「君には、街を潰すような行為を、自粛するよう、求める」

 抑えの効きすぎたその声音に、あの名前は二度と口に出さないと心に決めた。

 そうじゃないと、この人に殺されかねない。そう思った。本当に。


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