表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/110

扉の先 10

 どうして、どうしてこんなことになって――――。


 モントールは動かない。鎧のせいで、彼がどうなっているのかも分からない。風に流れた黒煙が、佐倉の視界を一瞬覆った。流れる黒煙が去った後、佐倉は周囲を見つめ、硬直した。


 それは、初めて見る光景だった。地面が捲れ、煙と火に包まれて叫ぶ声、倒れる人。普通じゃないと思った。それは佐倉にとっては普通ではない光景だ。普通ではないことが、ここでは普通のことなのだ。


 

 ここは自分のいた世界ではない。せり上がる恐怖に、心臓が大きく鼓動を打った。

 ついに佐倉は自覚した。


 村の誰かの生活のような些細な違いが、佐倉にここが異世界であることを認識させた。

 そして、今、受け入れられない光景が、佐倉の心に異世界であることを自覚させた。


「わからな……」

 涙で視界がぼやけた。怖かった。とにかく怖かった。心に守る薄い膜がなくなり、無防備になった感情に普通ではない光景が噛み付いてくる。封じ込めていた感覚の箱が開く。目を逸らし続けた『答え探し』がついに始まった。

「わからない…!」

 ここは、どこだ!


「うちにっ……」

 お母さんの背中が浮かんだ。プールへ行くと声をかけ、気をつけてねと言葉が返ってきたあの背中。お母さん。お母さん。お母さんどこ!

「帰りた……ぃ…!」

 涙がこぼれて、訳が分からなくて、でも爆音も地響きも続いていて、誰かの叫び声が耳から離れなくて……!


 不意に、泣きじゃくる佐倉の上に影が落ちる。いつの間にか、紅の女が傍らに立っていた。

「やっぱりニンゲンなんだねえ」

 ハルトは屈んで、佐倉の顔を眺めた。

「目から水が出てる」

 そういうハルトは人ではないのだと、佐倉は実感した。腕がないのに、血も出ていない。それは絶対に人ではない証だ。


 人形と、彼女は何度か呼ばれていた。この紅の人は、確かに人の形をしている。でも人ではない何かだ。佐倉にとって知らないもの。佐倉の世界にいないもの。それがこちらを見ている女だった。薄ら笑いを浮かべているハルトが信じられなかった。


 佐倉はハルトの服を掴んだ。彼女のその表情を変えてやりたかった。そうじゃなきゃ。そうじゃなくちゃ、倒れていった人達があまりにも……!

「何でこんなこと!」

「何でって」

 ハルトは小首を傾げた。

「人形とニンゲンは変わらずこうだ。お互い、滅亡を望んでる」

 佐倉の知る現実からはかけ離れた言葉。佐倉は誰かを殺したいと思ったことはない。そして誰かに殺されると思ったこともない。でもここでは誰もが身近に感じている。武器を持たなくては、誰も生きられない。

 それがこの世界なのだ。


「どうして」

 それでも訊ねずには入られなかった。声が震え、大粒の涙がこぼれる。

「どうして、ハルトと」

 佐倉は倒れているモントールを指差した。感情が爆発した。

「――――この人達が殺しあわなくちゃいけないの!」

 そして、掴んだままだったハルトの服を乱暴に引っ張った。

「私は……っ!」

 佐倉は怒鳴った。

「ハルトが好きだ!」

 ぽかん、とハルトが口を開けた。そんな彼女を押し退ける。佐倉に押されて、ハルトはよろけた。

「同じくらいに、モントールも好きだ! アルルカさんだって、凄い人だって思ってて……!」

 大粒の涙がぼろぼろこぼれた。

「どっちもこの意味のわかんない場所で私のことを見てくれて、なんで、それなのにどうして!」

 佐倉は涙を拭った。ぐっと顎に力を入れて、ハルトの先に見える惨状を睨みつけた。立ち上がる。今や佐倉は感情に流されるまま、動いていた。何かしていないと気が狂いそうだ。完全に「無謀な人助け病」にかかっていたのは心の隅では分かっていた。でもがむしゃらに動いていないと、心が壊れてしまいそう。


「サクラ?」

 ハルトが横を通り過ぎた佐倉を呼んだ。

「何するつもり」

「何って決まってる。私にはどっちも大事なの。だから、助けるし止める。こんなの馬鹿げてる!」

「いや、馬鹿げてるのはあんただから」

 ハルトは後を追った。『変なニンゲンだな』――脳内に言葉が流れ込む。おっとぉ、通信機、切り忘れていた。どうやら全員聞いていたようだ。

「だよねえ。何にもできないよサクラ。あんたじゃ無理」

 後半部分は、変なニンゲンの子供に向かって言っていた。

「ニンゲンの御伽噺の勇者サマか、はたまたニンゲンの聖典の救世主サマサマでもご登場しない限り、こんな泥沼な状況を何とかできるわけがない」

 ハルトは笑うように言った。もちろん、この子供は聞いてないと思ったのだが。

 何故か佐倉は、目を見開いて、振り返った。


「なんで気がつかなかったんだろう……」

 呆然と呟く子供は、側で見ていて普通ではなかった。ハルトは眉をひそめた。

「昼街とか、人形とか、グレースフロンティアとか、あの時読んだ――――」

「サクラ、あんた――――ちょっと?」

 佐倉はハルトの問いかけも聞こえていない。彼女の言った『救世主サマサマ』が記憶の鍵。

 物事が一瞬で綺麗に収まっていく。


 祖母の本!


 記憶がぶわ、と蘇り、思わずハルトの服を掴む。ええと、なんて書いてあった。あの本には、なんて。

 ――――危険で、素敵な救世主。場所は選んで呼べ。

 その名前は。そう、その名前は。


 佐倉は顔を上げた。

「ドラクロワ……?」


 呟いた瞬間、天が割れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ