扉の先 09
ハルトさんが、目の前に現れました。
モントールの腕の中で、佐倉は呆気に取られて、紅の女を見つめることしかできなかった。そう、ハルトは目の前にいた。馬の首の付け根に、佐倉と向き合うように跨っている。どうしてこうなった。
本当に一瞬のことだった。馬の首に誰かの手がかかったと思ったら、紅の色が飛び込んできた。あれ、おかしいな。お馬さん、めちゃくちゃ走ってるんだけどな。どうやったらそんな奇抜なことができるのか。
「紅の……!」
モントールの声に緊張が走る。一頭の馬の上にハルトと佐倉とモントール。
モントールの手が手綱から離れた。彼は剣の柄に手をかける。即座、ハルトが靴裏でその剣の柄を押さえこんだ。ハルトの足のせいで、モントールは剣が抜けない。アクロバティックすぎる馬上。紅の女は右足で、モントールの剣の柄を押さえ、左足と右腕で危うい馬上のバランスを取っている。そして彼女は左腕がなかった。何それ。
「あんたはいーの。大人しくしてな」
ハルトは薄く笑うと、ずいと佐倉に近づき、顔を覗きこんだ。
「ねえ、サクラ」
佐倉にしか聞こえないような小声で彼女は囁いた。
「あたしと一緒に行こうよ。あたし、あんたのことが気にいったよ? あんたはここのニンゲンじゃないから、仲間もきっと生かしておいてくれるさ」
ぱあ、とハルトは最高の笑顔を浮かべた。均等の取れた顔は笑顔になると美しさが増す。
「ねえ、そうしなよ」
「くたばれ」
あ、もちろん私の発言じゃない。
佐倉の耳近くで、殺気立つ低い声がそうおっしゃられた。そのまま背後から抱きすくめられた。頭と腰を掴む腕。背後の人の力で横後ろに引きずられる。まさか。
「ちょ、モンぬぁっ」
モントールが故意に落馬した。死ぬと思った。でも硬い鎧のクッションに守られて、地面に転がる。痛いとは感じなかった。衝撃はあった気がしたけれど。抱きしめられたまま、地面を転がって行く。ごろごろと転がり過ぎてわけが分からなくなる。止まった時、佐倉は暫く動けなかった。
「……大丈夫かササヅカ、怪我ないか」
道連れにした貴方が言いますか。
佐倉は呻いた。はっとしたのは抱え込んでいたモントールだ。ごろりと佐倉と体勢を入れ替える。覆いかぶさって佐倉の顔を覗きこむ。
「怪我したか!?」
全身を隈なく触られかけ、腹から上へ上がっていく掌――ちょ、ちょっと待った! 佐倉は慌てて、相手の二の腕を掴んだ。
「だ、大丈夫! 問題ない!」
「そうか……」
安堵したような声が、突然、堪えるような呻き声に変わった。モントールが崩れ落ちてきた。はわわわわ、押しつぶされる……! しかしモントールは佐倉を圧死させることなく、佐倉の横に転がり倒れた。
「モントール?」
兜のモントールは、表情が分からない。だから彼の呻き声を聞いて、何か異常があるんだと悟った。身体を起こし、気付いた。モントールの鎧脇の継ぎ目から赤黒い不吉な色。
「モントール!」
佐倉は叫んだ。