扉の先 08
思った通り。
ハルトは黒煙に自ら飛び込み、逃亡を謀った。
「ハルト!」
仲間の声。一瞬で身が楽になる。束縛は、黒煙から脱出する頃には焼き切れていた。
万歳、自由の身! 歓喜が全身を巡ったのもつかの間、左腕に衝撃が奔った。しまった。こっち向きに逃げるんじゃなった。よく考えずに駆けたから、警戒しなくてはならない男の前に自ら飛び込む形になったようだ。結果、自分の左腕が、自分の視界で飛んでいくのを見守った。最低、最悪の気分。
「人形――どこへ、行く」
体制を立て直し、間合いを取って向かい合う。
今、こいつの相手は絶対にしたくない。
――グレースフロンティアの五番、アルルカ。
ハルトの鋼鉄の腕を一刀両断した男は、獣のように立っている。両断って、普通のニンゲンじゃあり得ないことやっちゃうんだからまったく。
「やだねえ五番、そう、いきり立ちなさんな」
砲撃で、地面が激震をし続けている。白兵戦は、奇襲が功を奏してこちらが有利。
村の一件では、こちらが完全に出し抜かれた。まさか村を囮にして外遊部隊が村の周囲で待機しているとは思っていなかった。ハルトが勝手に暴走して、単独で村に飛び込まなかったら、一網打尽だっただろう。
だがハルトが捕虜となったことで、仲間たちはハルトの身体に埋め込まれている通信機を利用し、絶好のポジションから奇襲を開始できた。
――こんな状況だってのに、眼前の男ときたら平然としてやがる。
「あんたの相手をしてるほど、暇じゃあないんだよねえ」
じりじりと後退する。
幸いにして左腕を失っても、痛みは全く感じていない。ハルト達にとって、身体は変更のきくものだし、痛覚は遮断ができる。腕を失ったら、新しい腕へ修理すればいい。しかし状況が壊滅的にマズイのは、変わっていない。このままでは、ハルトはこの人間に潰される。
ハルトは身を翻した。怖かった。本物の恐怖だ。やばい、あたしとしたことが、人間ごときに本物の恐怖を味わってる……!
背後のアルルカがハルトの背を追った。一瞬で間合いを詰める。一閃――
ハルトの首を狙う一撃は、空を切った。
「た、すかったぁ!」
アルルカの横に爆撃が落ちていた。回避にまわった男は、ハルトの背を追いきれなかったのだ。
ハルトは歓声を上げた。砲撃手に投げキッスを送った。ものすごく不評。脳内に組み込まれた通信装置が作動して、悪態をつかれるほどに。
ハルトはそのまま戦場を駆け、戦線からいち早く離脱をはかる。
左腕を失ったままじゃ、役に立たない。
その時だ。
混迷する戦場を走り抜ける1頭の馬を発見した。上に乗るのは、鎧兜の男と、男の腕の中にいる子供。ハルトは目で追い、ゆるやかに、にんまりと笑った。
「見ーっけ」