白天祭 ― 幸福な時間 2 ―
佐倉は、その復路のパレードを見たいと思っていた。
そして、多くの人に、見てほしいとも願っていた。
「……見てほしい、とか願ってる場合じゃなかった……」
真下の状況に掠れた声で呟いた。
ああ、なんて。
佐倉は、心中、罵った。
これは、なんて、酷いパレードだろう。
皆、ホールケーキが差し出されると思っているのだろう。
生クリームたっぷりのまぁるく大きく立派なケーキ。甘くて、美味しくて、子供も大人も目にハートマークを浮かべて涎を垂らすやつ。眼下のパレードを待ち望む観客達は、差し出されるパレードをそんなケーキだと思っているに違いない。
この晴天によく似合う、甘くて、楽しい、陽気な、夢のあるパレードだと。
佐倉だってそう。
まさに平和ボケした脳マジックだった。
パレードというから、漠然と晴れやかなものをイメージしていたのだ。
それは昨日、見逃しつつも耳で聴いていた、歓声の往路パレードのイメージだったのかもしれない。
昨日、佐倉が耳にした往路のパレードは、見ている人から祝福の黄色い声が飛び、王城騎士団の一糸乱れぬ行進の足音と軍楽隊の朗々とした演奏が盛大にどんちゃかしている――そんな華やかなパレードだった。
なぜ、と、佐倉は本部四階から大通りを見下ろし考えた。なぜ、そんな単純なパレードだと思っていたのだろう。
パレードジャックが成されたパレードなんて、楽器音が盛大にどんちゃか、わあわあ拍手喝采、なんてことには、なるわけがないのだ絶対に。
でもきっと真下のパレードの観客たちは、昨日のようなパレードを楽しむつもりだったのだ。
パレードジャックなんて不穏すぎる予備知識がある人間は、そこにはいなかったのだから。
予備知識があって、その犯行を計画の段階で止めることが可能だった佐倉だって、聞いて「ああそう、パレードジャック……」、見て「ああそう! パレードジャック!」という状態なのだから、本部真下で、唐突にあまりにも酷いケーキを差し出された人々が、差し出された異物を飲み下せずにいるは全く彼らの責任ではなかった。
むしろ、率先して止めるべき新兵部隊の部隊長は多いに盛り上がって計画に参加していたし、実行犯の男がこちらに目を向けて、『お前も来るか?』と訊ねた時、佐倉は、自分の身の安全のことしか考えてなかった。
『どうしよう、こんなに行きたいと思わないお誘い、なかなか無いよね』
こちらのそんな返答に、あちらは何故か不満そうな顔をした。いや、うん、逆に問い質したい。喜んで行くなんて返答が、どうして返ってくると思っているんだろうこの人は。
佐倉は全力でNOを宣言し、向こうは向こうで面白くなさそうだった。このままだと強制連行に押しきられかねない危機感と、平行線を辿りつつある会話に痺れを切らし、佐倉は声を張り上げた。
『これはあなたの仕事であって、私の仕事じゃない! ってやつだよね?』
いつか言い返してやろうと思っていた言葉を投げれば、彼は数拍後に、
『――俺の仕事かもしれないが、手伝ってくれればいいのに?』
と、切り返す。
全然、手伝わせる気なんかないくせに、『あの日』の佐倉の言葉を引用してきた。つまり、ちゃんとこちらが投げた言葉が、もともと誰の言葉だったのか、理解しているということだ。
パレードジャックのお手伝いって何をどうお手伝いするの、と反論しそうになったけど、あの日、最初に出会った食堂で、彼はそんな反応を示さなかった。だからあの日をなぞらえるように、佐倉はだんまりを決め込んで、手伝う気がないことを態度で示してみせたのだった。
断固拒否、と口を固く結んで沈黙する。思い通りにならないこちらに、機嫌はさらにさらに下降したかもしれない。だが自分の命が一番大事。佐倉も絶対譲れなかった。
パレードは出ない、絶対! 以上、話おわり!
そんなこちらを彼は真顔で見下ろした。不機嫌そうではなく真顔とか、逆に怖すぎて肝が冷える。彼は一歩分、顔を寄せて間近で覗き込んできた。あまりにも至近距離、がぶりと噛まれでもするんじゃないかと慌てて顔を引きかける。だが、男の顔が横を向くほうがわずかに早かった。見透かすような青灰色の瞳が伏せぎみに逸れると、ゼロ距離に近いほど間近でも呼吸が楽になることを佐倉は初めて知った。彼は顔を軽く背けたまま、八重歯をなぞるように舌で舐めとり、次の瞬間、堪えられなくなったように声を殺して笑った。あ、なるほど。佐倉はここに至りようやく気がついた。この男、今この瞬間を、いたく面白がっている。この一連の過去を揶揄するような言葉遊びを。
急激な機嫌の上昇。
男の瞳がこちらへ戻ってくる。その瞳は、獰猛な輝きを放っていた。視線を絡め取られたまま動けない佐倉に、彼は重低音で言い放つ。
『――なら、見てろ』
そんなやりとりのせいで、なんだか妙にぶち上がった心拍数とテンションで「よし、じゃあ見ててやろうじゃんかよ!」と意気揚々と思っていたわけだが、よくよく考えると、見ててやろうじゃんかよ、じゃない。絶対そこで意気揚々としている場合じゃない。そもそもいつか言ってやろうと思っていた言葉を思い切って言い放ったわけだが、「パレードジャックはあなたの仕事」ってどういうことなんだろうかあの時の自分よ。しかもその答えが「パレードジャックは俺の仕事かもしれない」というまさかの肯定。いやいやいや、仕事じゃない。そんな仕事あってたまるか。
――と、いうことで、真下の人々にはすごく申し訳ないのだが、あのパレードジャックの計画の場で最終決定段階において、パレードジャックを反対する人間は誰もいなかった。新兵部隊の部隊長は賛同していたし、その部下は、最初は「頭がおかしい!」と反対したが、早々に事態収拾を諦め、そのうちに自身の身にこの惨事が降りかかりそうになった頃には、実行犯に向かって「パレードジャックはあなたの仕事ですよ!」と念押しする始末、いやもうホントなんだこれ。
その結果が、これだ。
喰い散らかすような荒々しさが、ついにこの場へ到達した。
それは遠くから地鳴りのような音とともに、祝福が漂う明朗とした空気に噛み付いた。
誰かが異質な音に耳をそばだて、誰かが口噤み、誰かが動きを止め、誰かが「彼」を見つけて、そうして、皆の顔からぽっかりと表情が消え失せる。
規制によってひらけた大通りの中心、先導する男がひとり。
隻眼用の左全体を覆う黒革のマスクに、この炎天下、軍服のようなコートを肩に羽織り、平和とは相反する長剣と長銃を片手でまとめて掴んだその男は、そのパレードを体現してみせた。
まるで、夢のように鮮やかだった彩色を、その瞬間を境に白と黒に、塗り替えてしまうように。
まるで、期待と興奮の嬌声をあげたその咽喉元に舌を這わせ、狙いを定めて噛み千切るように。
まるで、人々が思い描いたホールケーキに機関銃で弾倉が空になるまで撃ちこみ、クリームとスポンジの残骸を群衆の頭上に降り注いでやるように。
先導する男は、頭を動かして周囲を見回すような仕草は一切しなかった。
ただ前を見て、一歩、常と変わらない歩みを続ける。
誰が見ていようと、誰がおのれの背後について歩こうと、気にも留めていないようだった。
男が気に留めていなかろうと、その場にいた人間全てが、彼を、見ていた。
ああ、いつものことだ。
佐倉がいつも彼から目を離せないように、その場にいた人間全てが、彼から目を離せずにいる。
きりきりとした胃の痛みと咽喉が張り付いて呼吸と言葉を忘れて、そして、
心臓を鷲掴みにされて、全てを持っていかれる。
人々が息を呑む。
往路の時にはあれだけ騒がしかった歓声が波が引くように息の根を止め、そこにあるのは、
静 寂 、
……――怖いほど、耳が何の音も拾わない、無音の世界が姿を現した。
人々の視線が、パレードを支配した男にだけ注がれる。
目で追うこと、それだけがその場に居合わせた者達に許諾された、唯一の行動だった。
彼らは表情をなくしたまま、彼だけを見ていた。
その場の支配者が、視界外へと姿を消すまで。
やがて、誰かがぶるりと身震いをした。息を吸い込むと同時に張り詰めた何かが崩壊し、誰かが異質な音を耳にした。野蛮な地鳴りのような咆哮だった。誰かが、その音を発しているのが自身の咽喉だと気がついた。
うねり上がる「声」の渦。
引き切った波が戻ってくるように、世界の音は息を吹き返す。
グレースフロンティア本部前は、群衆の爆発的な熱気に包まれた。
差し出されたケーキに毒された群衆の怒号の中、パレードを体現する男を追ってグレースフロンティアの隊員達が歩いていく。
その中に、先頭の男を射殺さんばかりに睨みつけ、上がらない腕で細身の剣を引きずる女がいた。女は額から血を流し、すでに首も胸元も自身の血で濡らしていた。
その女を、本部前で、パレードの行列から連れ出そうとする鎧を着込んだ巨躯の姿があった。
どちらも、目立つ二人ではあったが、その様子を目に留めたものは少なかった。
血まみれの女は、腕を掴もうとする男の手を荒々しく払いのけた。誰よりも巨大な男の漆黒の外套から青光りする特注の鎧が見えたのはこの時だ。誰の鎧よりも重いであろうその特注の鎧は、パレード開始直前の『ちょっとした争い』に関わったせいで激しく損傷していた。しかし巨躯は気にする様子も無く、払いのけた女の腕を再び掴もうと手を伸ばす。女は、巨躯の男を殺意の塊のような瞳で睨みつける。視線はすぐに外れた。彼女は自分を追い越して行く男に気づくと、邪魔をした巨躯にはもう目を向けなかった。再び歩きだす。その女の姿は、いつもの威厳に満ちた女王のような昼街部隊長の姿ではない。髪を振り乱し土によごれ血まみれたまま歩む姿は、何かに取り憑かれているように狂気じみていた。
女を連れ出せなかった巨躯の男――夕街部隊長は、本部前で、狂気のパレードへと戻っていく彼女と二人を飄々と追い抜いていった夜街部隊長の背中を兜の奥から見つめていた。群衆の怒号を聞きながら、彼は本部内へと踵を返した。
――そんな一幕は、熱に浮かされた群衆の目にも、本部四階から真下を見つめる新兵部隊員の目にもほぼほぼ映ってはいなかった。
特に、真下を見つめる新兵部隊員、佐倉は、それどころではなかったのだ。
佐倉もまた、身震いをして我に返った。群衆のように叫ばずには済んだが、真下の爆発的な怒号には共感できた。身の内で反響して鼓舞される感覚がどんどんと膨れ上がり、声を上げずにいられない。とんでもないものを間近で見せ付けられて、生まれてこれまでの生活で培ってきた価値観をぐちゃぐちゃにされた気がした。
もはやこれは群衆を洗脳する宗教か何かか。
晴れやかな歓声を静寂へ、静寂を狂気の怒号へ。
その場の観客を、一瞬で信者に作り変えて。
ああ、なんて。
佐倉は、心中、罵った。
これは、なんて、酷いパレードだろう。
佐倉は、お得意の突飛な脳内変換に逃げこもうとした。
あーはいはいキタコレ異世界事案! 異次元すぎる高度テクニックが使用された宗教勧誘の現場に居合わせたね! そんなふうに脳内変換で思い込もうとして、行き詰った。
心の均衡が保てる自信が無い時は、無意識に、自分自身が知る世界とは異なる世界の話です、と物事を切り離して考えていた。心の柔らかい部分に触れられる前に壁の中に逃げ込んでいたのだ。どんなに流されても、どんなにとんでもない事案にぶつかっても、それは異世界だから、と盛大に驚嘆して蹴っ飛ばす。
だが、今回ばかりは、行き詰る。
紙を持つ指先が震えていた。
まだ何も記入されていない白紙の紙は、未来につながっている。
この世界に放りこまれてから、ずっと考えるのが怖かった未来につながるもの。
昨日と一言一句、同じ言葉を書くだけなのに、昨日の紙とは全然、意識のあり方が違う紙。
今まで、佐倉が暮らしてきた世界と放り込まれたこの世界は交わらないものだと思っていた。
だから、この世界の未来につながるものなんて、絶対、考えたくもなかった。
でも、今は違う。
生まれたあの場所も、今いるこの場所も、どちらも両腕に抱えていていいのだと、佐倉は知っている。
ちゃんと帰れるという事実にばかり意識が向いて、その裏にある大きな幸運に気づくまでには時間を要した。なんだ、帰れるだけじゃないじゃないか。またこの場所に戻ってくることができるのか。その事実にはまだ全然、心が慣れていなくて、その事実を思い出すたびその幸運に心が揺さぶられた。ここは二度と来ることができない場所じゃない。何度も、気軽に、日常の一部として、戻って来る場所なのだ。
なんと幸福な事実だろうか。
内側に入れないように、過度に心を許さないようにと、張り巡らされた心の壁に亀裂が入る。
そうだ。
全部、大事にしていいのだ。
流されているだけじゃない。
ちゃんとここにいることを噛み締めて、帰ることばかりに集中しなくてもいい。
今いるこの場所の、一分一秒を、そしてこれから先、未来のことを大切にしていってもいいのだ。
大事にしたいから、自分で、この紙を書き直すって決めた。
ここでも、ちゃんと生きるって決めたのだ。
だから、佐倉は、この場所で生きるという宣誓の紙を持っている今はなおさら、このパレードが心の柔らかい部分に触れてきそうな予感に恐れ慄いてはいたが、お得意の自分の脳を騙しにいくような突飛な行為で逃げることが出来なかったのだ。
――いまだに、彼の残した群衆の声が、ここに渦巻いている。
だから、ああ、なんて。
佐倉は、心中、罵った。
これは、なんて、酷いパレードだろう。
『見てろ』なんて言っておいて、こんなにもこっちの心を奪っておいて、そのくせ、全然、見向きもせずに通り抜けていった。一緒に来ないことに不満そうだったのはあっち、でもいまや目で追いすがるのはこっちだ。
ああ、もう。
だめだ、これはもう認めるしかない。
ぞくぞくするほど荒々しくて、どこまでも無責任に人を魅了してきて。
魅せられ続けたパレード――真下の暴動一歩手前の群衆と大通りに連なるパレードから、目を離す。
ほんともうヤダなんなのあの人、と、罵りながら、本部四階、一点の曇りもない青い空を見上げた佐倉は、首まで真っ赤に染め上げて観念した。
最高か。
かっこよすぎか!
最高に、かっこよすぎか……!
観念した佐倉の心の中に、そっと思い当たる感情が転がってきた気がした。
それは、いつぞや、すっ転ぶ前に自ら蹴っ飛ばして心の隅へと追いやった厄介極まりない不都合な感情だった。気づけば、すぐ横にあるような気がした。そして、いつもなら盛大に全力で忘れ去るその感情を、佐倉は今回、心の中に見つけても蹴り飛ばさなかった。
耳も首も赤く染め、それでもその感情を否定しない。
育ってきたあの場所も、大事にしたいと思うこの場所も、この両腕に抱えていいのなら、わざわざ芽生えた感情に制限をかける必要はない。
だから、うん、その感情を抱えても、きっと困らない。
――恋をしたって、許される。
澄み切って広い空、開け放たれた窓に一瞬の風が優しく吹き、熱くなった頬を撫でていく。その気持ちよさに佐倉は目を閉じた。心の中に存在していた感情に手を伸ばし、大事に抱え込み――「それにしても、派手にやってくれるよなぁ、グリム部隊長」という言葉が、横から流れてきた。
「え?」
音を拾って反射的に横を見た。痩身猫背の病的に白い男がそこにいた。そりゃそうだ。さっきからいた。でもラックバレーもラックバレーで無言でパレードを見てたから、気にもしてなかったけど。
「…………え?」
待って、え、待って。
ラックバレー、今、なんて言った?
ラックバレーはこちらを見ていなかった。先ほどまで佐倉がしていたように、続くパレードの狂乱に視線を落としている。
「荒れるだろうなぁ昇格試験……」
面倒臭そうに呟く声。いや、そんな言葉はどうでもいい。いやなんかやばそうな内容な気もするけど、今はどうでもいい。そうじゃなくて、え?
ラックバレーの呟きは佐倉の耳には全然入ってこなくなる。佐倉は呆気に取られて真下を見下ろした。パレードは続いている。暴動の一歩手前みたいな「信者の声」は、彼が所属するグレースフロンティア本部に向かって投げかけられるようになりつつあった。
「グリム、部隊長――?」
咽喉から出てきた声は、自分でも驚くほどざらついていた。
ラックバレーがこちらの声の異変に気付いたのか、こちらを見た。
こちらの様子を推し量るような無表情。
「グリム部隊長って、」と、切り出して言葉に詰まる。大混乱をきたした頭では、言葉もままならない。「グリム部隊長って、あの?」
「その、グリム部隊長だな」
あっさりと首肯。
ごくりと飲む唾は、砂の塊みたいに異物のように感じた。
「え、思い通りにならないと、人を並べて端から撃ち殺してもいいと思ってる、あのグリム部隊長?」
「まだ端から並べて人を撃ち殺した噂は聞いてねえけど、人様の身体に風穴開けて、斬新な整形を提案するのが得意な、そのグリム部隊長」
「待って、グリム部隊長って、え、眼帯付けてるって話じゃ、」
佐倉は言いかけて言葉を失う。
付けてるね、今、あの人、なんかのプレイみたいな眼帯を左に、付けてるね……!
ぐるぐるとあの男との記憶が駆け巡る。その全てが、嫌になるくらいグリム部隊長という人物と一致していくわけで――佐倉はものすごく感動した。すげえ! 噂に、尾びれも背びれもついてない! あああああああどうしよう一切脚色なく、酷い噂が酷い事実と一致していく……!
「ラ、ラックバレー、あの、ラックバレーさんや……つかぬことを訊くけれど、自由部隊ってなに」
駆け巡る記憶と情報の精査に懸命になっている佐倉は、茫然自失で訊ねた。
「自由部隊? お前、よく知ってるなそんな部隊。自由部隊ってグレースフロンティア創立時の部隊だろ。俺も名前しか聞いたことねえけど、あの人が創立の頃、いろんな所でありとあらゆることをやらかしてくるもんだから、とりあえず自由部隊の部隊長って肩書きを作って、全責任を本人負わせとけって本部で決めた名前だったはず」
さすが長年、新兵部隊員。ものすごく分かりやすくて、誤解も曲解もできない、まさしく今、真下でパレードの先頭をしていた人のことだろうなって答えが返ってきた。
「創立期って、グレースフロンティアって本部と自由部隊しかねえから、まあ、グリム部隊長の火の粉の被害を最小限にしようっていう本部の考えがモロ分かりだよな」
ラックバレーは、鼻で嗤って続けた。
「グレースフロンティアの本部にかかる火の粉を最小限に済ませるための措置ってことは、別の所で、誰かしらが絶対、最大級の炎を浴びてるって話だよな?」
「…………」
佐倉は、へえそう、と、頷いた。
考えが追いつかなかった。
まとまらない心で、佐倉はひとつ頷いた。
とりあえず、と混乱した頭で、佐倉はやるべきことに手をつけた。
いや、手というか足だけど。
すなわち――佐倉は、大事に抱え込もうとしたその感情を、思いっ切り、蹴っ飛ばしたのだった。