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扉の先 07



 谷底の村から出発したのは、まだまだ周囲と影が同化した時刻だった。岩壁地帯を抜け草原地帯に入る頃に、太陽が顔を覗かせて、ようやく佐倉の目にも周りが映るようになってきた。


 太陽が上昇するにつれ、『本部隊』の全貌が明らかになる。

 岩壁地帯で、集団から遅れ始めた佐倉は、岩壁下の草原を横断する集団を見下ろす形になった。


 それは甲冑と兜の大群だった。見下ろし、佐倉は物凄いオオゴトなんだと思った。事情は知らないが、こんな大群に連行されるハルトは隕石級の問題事を抱えているに違いない。

 そのハルトは、今、草原を進む軍隊の中にいる。きっと武将アルルカのすぐ側に。馬にも乗らず、歩かされているのだろう。


「私のせいで、皆から遅れてるよね」

 佐倉は申し訳なく思って、背後の人物に言った。

「いやいや、大丈夫」

 そう答えてくれたのは、甲冑兜のモントール。

「きっとアルルカ部隊長は、行軍に休憩を入れるだろう。その間に追いつけるよ」

 モントールだけなら、こんなに遅れなかったはずだ。こんな距離、馬で駆ければたいした距離でもないのかもしれない。そう馬である。


 佐倉は今、馬の上にいた。

 乗馬たるもの、日本の女子高校生の基本……なんてことは絶対ない。颯爽と乗りこなし、軽快にお馬さんを闊歩させてやりたいけれど、馬なんて乗れるわけがない。まず、騎乗から完全に腰が引けた。佐倉を手伝ってくれていたモントールは、佐倉ひとりでは乗れないと判断を下した。賢明な判断だと思う。そうして佐倉はモントールが乗る馬に跨ることになったのだが。

 二人で乗ったからと言って、安心なんてことはない。

 手綱を握る両腕の中にすっぽり収まっているとはいえ、慣れない馬上。独特の動物の臭いと息遣い、視界が見たこともないくらい上にあり、地面が遠い。何より、太腿や膝の内側に広がる温かさが怖かった。生き物って温かいのだと、昨今の自然に触れる機会の少ない子供は実感した。


 自分でも分かるくらい、身体ががちがち。モントールが馬を速歩させるだけで、ほぎゃーと奇妙な声を上げる始末。これでは団体から遅れないわけがない。


「ササヅカの国には、馬がいないのか?」

 モントールは集団から遅れても焦っているわけではないようで、佐倉の様子をどこか珍しげに聞いてきた。馬上で会話ができるくらい緊張が取れる頃を、見計らってくれていたのだろう。

「少なくとも私の周りにはいなかったかなぁ」

 馬と車を置き換えて想像する。頭の中で、低燃費! と、テレビで馬の紹介がされていた。全然、欲しいと思わなかった。

「だから、そんなに驚いてるってわけか。随分と文化の違う国から来たんだな」

「うん。この国のことは、まったく知らなくて」

 佐倉は小さな声で言った。厳密に言えば、この世界のどこの国も佐倉は知らないだろう。でもモントールは佐倉のことを遠方の国の人間と勘違いしてくれた。ああ、そうか。こういうふうに誤魔化せばいいのか。

何も知らないことを、文化が違う他国から来たことにしてしまえば、相手にも不自然じゃない。異世界の人間ですなんて突拍子のないことを言うより遥かにマシだ。


「ねえ、モントール」

 この機会に、と佐倉は疑問を口にした。

「ずっと疑問に思っていたんだけど、ガイユウって何?」

 お団子ヘアの壮年の男は、グレースフロンティアの外遊部隊長と名乗っていた。正直、自己紹介が全部カタカナで聞こえた。ちゃんと記憶に残っていたのが奇跡なくらいだ。

「外遊? 外遊っていうのは、グレースフロンティアの一部隊のことだ。こうして街の外で動いている」

 モントールは親切に答えてくれた。

 残念なことに、答えと聞いた人間の理解力に隔たりがありすぎたけれど。


「グレースフロンティアって騎士団みたいなもの?」

「いやいや、騎士団なんて」

 モントールは笑って否定した。

「そんな上品なものじゃない。うちの本部なんて、タチの悪すぎる悪徳業者みたいな……いや、うん。うちは、城の騎士団がやらないような、警備の仕事をする街ギルドなんだ」

 頭の中で騎士団が自警団へランクダウンした。

 それにしては、先を進む集団は統率の取れた軍隊のようだと思う。

「警備のお仕事かぁ」

「まあ広く言えば」

 背後の人が、内情をオブラートで包み、さらには包装して、その上、箱に入れたくらいに、やんわりと言ったことに佐倉が気付くわけもない。


 警備、というよりどちらかと言えば、とモントールは思った。小さな子供を腕の中に収めながら、自分の所属するギルドを思い返した。グレースフロンティアは警備を装った居直り強盗みたいなものだ。もちろん、五番隊、外遊部隊ではそんな野蛮なことは断じてない。そんな蛮行に及べば、アルルカ部隊長が文字通り首を刎ねてくれるに違いない。

 だが街でのグレースフロンティアは、大手傭兵ギルドという権力をこれでもかとばかりに振りかざし、フォンテインの内政にも口を出し、しれと自分達の利益を追求している。武力によって発言権があるから、城の人間たちにとっても相当に凶悪で厄介な存在だろう。


「そうだ、ササヅカもうちのギルドに入ればいい」

 モントールが突然、提案した。

「今、グレースフロンティア本部は、新兵部隊の4次募集の最中だろう。4次募集の頃になれば、大人達の加入試験は済んでいるし、ササヅカくらいの年齢の若者が集まることが多い」

 背後の鎧兜の男は、ちょうどいい時、と朗らかに言って続けた。

「うちは昼街一の団体だ。格も高いし、給料もいいし、部屋も手配される。当面の生活に困っているなら、うちに落ち着くといい」


 その提案は魅力的だった。

 佐倉にすれば、短期的計画にもかなりの不安があった。街へは連れて行ってもらえることになった。ではその後は? あの武将が、街に連れて行って放りっぱなしということはないとは思う。でもだからと言って永久に養ってもらえるわけではない。お金も住む場所も安定すると言われれば、それに縋りたい気持ちが強かった。


 でも、モントールの魅力的な提案は、すぐに色褪せた。

「でも、加入試験、あるんだよね?」

「もちろん。身分も罪歴も問わないが、試験に合格しなければ先は無い」

 ほら、うまい話は、トントン拍子に進むわけがないのだ。

「加入試験って何をするの」

「実技だけだよ。簡単なものだ」

「実技ってやっぱり」

 佐倉は顔をしかめた。鎧と兜の人の実技ってひとつしかないと思う。

「剣を、ていやって振る?」

 言い方が変だったのか、背後が吹き出した。背中に当たる硬い鎧が揺れている。落ちそうで怖いから、なるべく振動は控えてほしい。

「まあ、武器はなんでもいいけれど。得意なものってことだ」

「私、刃物で触ったことがあるのは包丁とカ」

ッターと言いかけて、言葉を飲み込む。カッターはないよね。たぶん。

 笑いがぴたりと止まった。

「じゃあ今、完全に丸腰なのか?」


 信じられないというふうな声に、またしても異文化を感じる。そういえば、村でも全員、武器を持っていたっけ。ハルトと一緒に取り囲まれた時を思い出す。今日のことなのに遠い記憶のようだ。でも彼らは確かに武器を持っていた。

 治安の悪い国なのか?

「私の国は、刃物を持って往来に出たら、捕まると思うよ。その、ギルド、みたいなものに」

「へえ、土地が変わればってやつだなあ」

 他国説万歳。すんなり会話できる。

「そうすると、ササヅカには、うちの試験はダメだろうな」

「うん……」

 先が見えなくて不安がよぎる。励ますように、モントールの手綱を握る右手が、佐倉の膝を叩く。

「大丈夫。アルルカ部隊長なら、他のギルドに推薦書を出してくれるよ。そうだ、お腹すいていないか?」


 彼は簡単に片手を離した。だからさぁ。そういうアクロバットな動き、ホントやめて欲しい。

 再びガチガチになった佐倉の顔の前に、割り箸を割る前の太さくらいの棒状の物が差し出された。ジャーキーっぽい乾燥した何か。しかし、馬の上で佐倉が手を離せるわけもない。話すより、絶対難しい。馬の上での食事なんて無理だ。

 モントールは、差し出したものを取らない佐倉に、ああ、と言った。そして佐倉の唇をジャーキーっぽい何かで優しくつつく。なんぞ、食えとおっしゃられてますか。


 口に含んでみた。結構柔らかくて、容易に噛みきれた。塩味風味のなんとも言えない肉の味に、味覚が歓喜した。ナニコレ。異常にウマイ。

 モントールに持ってもらいながら、むしゃむしゃと食べていく。だんだんと短くなる肉っぽいもの。すると次が差し出され、唇をつつく。2本目もむしゃむしゃ。さらに3本目。ちょ、ピッチ早すぎませんか4本目。まだ嚥下できないままの5本目。何この新手の拷問。6本目にキレた。

 頬いっぱいに食べ物を溜めたまま、唸り声で拒否すれば、背後で吹き出す音。

 笑ってる。背後の奴ぁ、この拷問に笑ってますぜ旦那!


「すまない、なんだか餌付けをしているようで」

 ぶはと、笑いながらモントール。

 佐倉はもぐもぐしながら、唸って抗議した。

「きっとこんな感じなんだろうな。年の離れた弟がいたら」

 面白そうにモントールが言った。


 うん、弟?

 もぐもぐが止まる。

 口に食べ物がいっぱい詰まっているから、話もできなくて。

 でもようやく飲み込み、


「あの、モントール――――っぅあ!」

 馬が嘶き、前脚が高く上げた。

 身体が浮きかけたのを、モントールが支えてくれる。驚いて見開いた目に、眼下の草原にあがる黒煙が飛び込んできた。鎧の人波が、ばらばらに散っている。再び地面が抉れた。黒煙が上がる。遅れて爆音が鼓膜を揺らす。


「しまった、襲撃か!!」

 鋭い声。馬が跳ねた。尻も跳ねた。跳ねる胴を抱えて巻きつく腕。佐倉は舌を噛まないように顎に力を入れた。

 駆けて下る馬が行く先は。

 

 これは、つまりあの黒煙の中に突っ込もうってことだよね!?

 口を閉じているしかない佐倉に、反論の余地はなかった。

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