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PSYCHIC CLUB  作者:
第三章:新たな生活を壊す者
7/20

3-1

 綺羅はすっかり新しい環境を楽しんでいた。心地がいいと言うのも語弊があるが、何もないのは平和だ。

 不気味がられているが、誰もが報復を恐れているようだ。誰がやったか特定されると思っている。

 だから、図書室にも気兼ねなく入れる。何か小説でも読んでいこうかと綺羅は物色していた。

 本当は寮のラウンジでダラダラと漫画を読む方が楽なのだが、光翔とは微妙な対立状態が続いている。

 潤のことで、彼が一方的に納得していないだけなのだが。


 寮で綺羅がやることは少ない。当番制にはなっているが、はっきり言えば邪魔だと判断されたのだ。まともな料理をしたことがなければ、味覚も破壊され気味だった。

 大抵は同じように料理ができない上に片付けをすれば皿を割り、あげくにスプーンやフォークを懐にしまい込む光翔のお守りを命じられる。


 適当な棚を見ては本を取ってみて、何となく戻す。実際はそれほど読みたい気分ではない。

 素直にラウンジに行けばいいのだ。少しずつ優月や星南に料理を教えてもらえばいい。

 けれど、食事の時には光翔とも顔を合わせることになる。空気次第では、潤のことを話さなければならないかもしれない。

 これは自分なりに前向きに行動した結果なのだと言い聞かせる。


 ふと、本を手にしようとして綺羅は気付く。突き刺すような視線、これは悪意だ。

 殺意にも似た本物の悪意、ナイフのようなイメージが浮かぶ。

 なぜ、ここで、誰が、頭で考えるよりも早く耳はその音を拾い、体全体が反応していた。

 カタカタと音がして、綺羅はとっさに近くにいた女子を突き飛ばしていた。非難の眼差しを見たのは一瞬だった。その後ろに笑みを見た気がした。けれど、本当に見たのかも怪しい。

 次の瞬間には全てが黒く染まっていた。叫び声が聞こえた気がした。



*****



 目を開けて、頭が痛んだ。起こそうとした体にも痛みが走る。


「あ……」


 小さな声に顔を向ければ優月がいた。その表情は暗く、明るかった彼女とは思えないほど疲れが顔に出ている。目の下には隈ができ、何があったのか、あっと言う間に老けてしまったようにも見える。


「顔色悪いよ」


 その瞳にじわりと雫が浮かび、彼女はフラフラしながら部屋を出て行ってしまった。

 何かまずいことを言っただろうか。

 綺羅が考えていると足音がいくつも近付いてくる。


「ぞろぞろと何?」

「お前、わかってないのか?」

「ん? 何かあったっけ?」


 なぜ、こんなことになっているのか、さっぱりわからない。


「本の下敷きになったんだぞ?」

「そうだったっけ」


 綺羅は思い出そうと努力してみる。


「そう言えば、百科事典が落ちてきたこととかあったなぁ……あれって凶器だよ。後ろから急襲されたこともあったし」


 反射神経が悪くなくて良かったと思った瞬間だった。

 それなのに、なぜ、今回は避けられなかったのだろうか。


「……お前の人生は凄絶すぎる」


 光翔は溜息を吐くが、綺羅は聞いていなかった。


「そうだ。女の子……誰も巻き込まれなかった?」


 突き飛ばしてしまったあの子は無事だっただろうか。そのせいで怪我はしなかっただろうか。


「おう、お前だけだってよ」

「良かった」

「ったく、自分の心配をしやがれっての」


 そう言いながら光翔は安堵したように見えた。彼は本当に自分のことも仲間だと思ってくれているようだ。星南に支えられながら優月も涙ぐんだ目で頷いている。けれど、すぐにその涙を拭う。


「えっと、お腹空いてます? お粥がいいですか? すぐに作りますから」


 この子は無理をしている。綺羅にはすぐにわかった。


「今何時?」

「十時です」

「十時以降に食べると太るんだよ」

「太った方がいい奴が言うな」


 光翔は呆れているようだが、彼の表情にも疲れが見える。


「あんたが食べた方がいいよ。それに、良い子は寝る時間だ」

「優月はお前を心配して、ずっと……!」

「完全に痛みを消すことはできないんですけど……」


 確かに意外と痛みはないかもしれないと綺羅は思う。和らいでいる。本当はもっと強い痛みですぐには起き上がることができなかったかもしれない。


「ありがと。でも、もし、また同じようなことがあったとしたら、その時は放っておいて。あたしのために、あんたがそんな風になるのは見てられない。あたし、痛いのは全然大丈夫だから」


 痛みなど和らがなくていいのだ。穏やかさは要らない。綺羅にとって痛みは友人に似ている。歓迎すべきものではないが、あしらい方はよく知っている。そういうものだ。


「お前、ほんと慣れすぎ」

「うん。ハードな人生だったからね。ここじゃ油断してたけど」


 たった数日で平和ボケしたものだと綺羅も感じている。

 だが、今までのものと性質が違うのも事実だ。今回のことは、いじめとは全く別だと感じている。


「でも、大怪我にならなくて良かったですよ、本当に」


 流は皆の気持ちを代弁しているかのようだった。優月だけでなく、星南や叶多も頷いている。


「心配かけてごめん。でも、これがあたしの日常だったんだよ。だから、騒ぎ立てないでほっといてくれると嬉しい」


 仲間として扱ってくれているのはありがたいと思う。だが、それがくすぐったいのだ。どうしていいかわからなくなる。

 綺羅にとって親しんではいないものの慣れたことにいちいち反応されるとギャップを感じずにはいられなくなる。そもそも、誰かと長くいることにはいつまでも慣れられない。


「では、私達はもう出て行った方がいいですね」


 流は空気を察したようだった。優月はまだ残るとでも言いたげだったが、星南にそっと促されて渋々立ち上がった。


「光翔。あんただけ残って。大事な話がある」


 綺羅は最後に部屋を出ようとした光翔を呼び止める。彼自身も何かを察していたのかもしれない。黙って頷き、扉を閉めた。



「変な誘惑しないから、そこに座りなよ」


 扉の前に立つ光翔を呼び寄せれば険しい表情が見える。大きな声で喋るだけの気力もなく、誰かが聞き耳を立てるとも思えないが、声が隣の部屋にできるだけ漏れない方がいい内容の話をしなければならない。


「別に、んなこと思ってねぇよ」


 彼は良くない話だと感じているからこそ、無意識の内に聞くことを拒否しているのかもしれない。

 光翔が優月の座っていた椅子に腰掛けたタイミングで綺羅は口を開いた。


「あのさ、教えてほしいんだけど、潤の他にも出てったサイキックとかっているの?」


 問えば光翔の険しい表情が怪訝なものに変わる。予想通りの反応だった。


「何でそんなこと聞くんだよ?」


 答えたくないというよりは、潤のことで全てを話していない綺羅に彼のことを口にしてほしくないのかもしれない。

 仲間だと言いながら、結局サイキックでないことで多少の差別があり、彼も仕方ないと思っている部分があるのは否定しようもないことだろう。

 結局のところ、本当の意味でわかり合うのは困難なことだ。わかり合わないままの方が幸せなこともあるのかもしれない。


「あたしの質問に答えてくれたら潤のこと、教えてあげる」


 無条件に開示してほしい情報を条件にすることに彼は嫌悪を感じているのかもしれない。少なくとも、潤絡みでは綺羅を信用していない部分が光翔にはある。

 だが、綺羅は口先だけだと彼を責めるつもりもない。そういった人間は綺羅にとって当たり前の存在だった。今更、偽善を大声で暴き立てたいとも思わない。そんなことには何の意味もない。

 逡巡するように、間を置いて、それから光翔は言った。


「……いねぇよ。潤を入れて全員だ」


 あくまで光翔は潤がサイキッククラブの仲間だと主張するつもりらしい。


「他にも保護されてないサイキックがいる可能性は?」

「ねぇとは言えねぇな……」


 まだ自分を守る手段が少ないこの歳でサイキックであることを自ら明かす人間は少ないだろう。マイノリティが虐げられるこの世の中で、隠し通して生きられるのなら、それこそが幸せかもしれない。

 光翔に関してはマジックとして他人に見せていることから少し事情が違うのだろうが、流達に向けられる他の目は綺羅が経験したことのあるようなあまりにも冷たいものだった。


 たとえ、サイキッククラブを作ってもそれは狩られる魔女達を寄せ集めただけにすぎない。標的にわかりやすく的を付けただけのことだ。それが救いであるかは彼らに委ねられるものだろう。

 それを影で笑っているサイキックがいる可能性は光翔としても否定しきれないようだった。どうやらサイキック同士見ればわかるというものでもないらしい。

 そして、サイキックが霊能力者も含むものだとしても、多少の霊感がある人間はわざわざ彼らと同列に並びたいとは思わないだろう。傷の舐め合いなどしようとは思わないだろう。


「あんたさ、離れた物を動かすとかできる? 念力で」

「いや、俺はそんなに遠隔操作はできねぇ」


 図書室での落下事件、綺羅はサイキックによる犯行と見ていた。

 本棚が倒れるような要因はなかった。否、本だけが音を立てて落ちてきたのだ。周囲にふざけているような人間もいなかった。

 つまり、あまりにも不自然な事故だった。けれど、他の誰も信じないだろう。綺羅だけが気付いた。それも、とっさのことで正しく認識できていないと思われるだけだろう。綺羅が庇った生徒に関してもそうだ。

 光翔にできるならば可能なことだと綺羅は考えていたが、彼にはできないようだ。

 念力について少しばかり調べているが、綺羅にはどうにも区別が付かないことがあった。

 だが、綺羅が黙っていると光翔が口を開く。


「テレキネシス使う奴がいるのか?」


 光翔の表情はこれまで以上に険しく、空気がビリビリするほどだった。


「わからない。でも、あたしがこんな目に遭ったのは事故じゃない」


 確信している。あんな事故が起こるはずがない。潤が現れたこと、彼の宣言、きっと何かが始まる。


「んだと?」

「いじめとも違う。これは、あんた達への当て付けかもしれない」


 サイキッククラブのメンバーでありながらサイキックではない綺羅を傷付ければ彼らが動くとでも思っているのだろうか。

 これは始まりに過ぎない。デモンストレーションに過ぎないかもしれない。

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