2-2
「あれ? 二人とも、ここで逢い引きですか?」
とぼけたことを言って現れたのは流だった。
「ちげぇよ、バカ! ほんとマジでお前は何してんだよ?」
くるっと光翔が流を見て、それからまた綺羅を見る。
「えーっと……」
「また忘却したとか言うのかよ?」
じっと光翔が睨むように視線を向けてくるが、今回は忘れたわけではない。言い淀んだのは非常に言いにくいことだからだ。
「いや、ラウンジで見ちゃいけない物見た気がして……」
「は?」
言うことの全てがわからないと思われているのだろうか。
けれど、理解されないことには慣れている。理解されることの方が戸惑うくらいだ。
「ここって、寮内恋愛あり?」
「それって……もしかして、叶多と優月のことだったりします?」
遠回しに言ったつもりだったが、流は鋭かった。彼も見たのだろうか。
「あ、うん、抱き合ってたから、思わず」
邪魔をするような無粋な真似はしまいと、さっと気配を消して逃げたのだ。覗き見の趣味はない。息を殺すのは得意だった。
「簡潔に言うと叶多のサイキック的な問題を優月が治していて、二人は従姉弟です。どうせ、興味がないって聞いていただけないと思ったから誰も言わなかったんでしょうけど」
つまり、邪推するようなことは一切ないということだろうか。
「でも、従姉弟って結婚できるじゃん」
「姉弟だと思ってあげてください」
本人達に恋愛的な気持ちがないからラウンジでそういうことができるのか。
「たまに、急に寝たと思ったら、叫んで起きたりするかもしれねぇけど、頭がおかしくなったとか言い出すなよ?」
「こういう言い方は仲間としてどうかと思いますが、叶多は私以上に深刻なんです」
「重症ってことね、はいはい、わかった。わかったことにしといて」
詳しいことを知りたいとは思わなかった。
彼らとの間には隔たりがあり、理解できるとは思えない。だから、初めから聞かない。
「適当だな」
「あれは日常風景ということで、よろしくお願いします」
流に頭を下げられれば納得するしかない。
「わかったよ」
理由さえわかれば、きっと次からは漫画だって読める。ラウンジには光翔の私物の漫画が積まれて、放課後やることのない綺羅はそれを読むことにハマっていた。
綺羅が納得したことで安心したのか。流は一礼して自分の部屋へと入って行った。
「あ、光翔、漫画貸して」
ここまで来て手ぶらでラウンジに行くのも何だか格好がつかない。
ついでに新しい漫画を持っていこうと思ったのだが、彼の表情は妙に険しい。
「今度、潤に会ったら、俺に連絡しろ」
すぐにだ、と強い口調で言われる。鋭い眼差しで命令されたところで萎縮するような綺羅ではない。
「それ、あたしの自由じゃない?」
「俺らは仲間なんだぞ!?」
かつてはそうだったかもしれない。
だが、今もそうだとは綺羅には思えない。事情は知らないが、出て行ったのなら、それは潤の意思だ。
「だから? どういう事情があったかなんてどうでもいい。戻りたきゃ戻るだろうし、戻りたくなきゃ戻らない。それだけのこと」
光翔の眉間の皺が濃くなり、何かを言いたげにしているが、綺羅は続けた。
「会いたくなれば会えるし、会いたくなきゃ会わない。それをあたしが引き合わせようとしたって無駄」
人の意志に他人が介入すべきではない。彼は訳あって人を寄せ付けないようにしている。孤独になりたがっている。
「くそっ……」
納得しただろうか。光翔は壁を殴って、自分の部屋へと戻って行ったようだ。
*****
翌日、綺羅は一時間目の授業が始まる前に教室を抜け出した。
行き先は屋上、やはり赤い先客がいた。
呼びかけるまでもなく、扉の音に振り返り、彼は顔を顰めた。またお前か、という顔だろうか。
「今日は紙飛行機投げないの?」
「何しにきたんだ? 不良女」
隣に座れば面倒臭げに問われる。何か言わないと余計に面倒だとでも思ったのだろうか。
「あんたほど不良じゃないよ」
中身は不真面目だが、髪を真っ赤に染め、だらしなく制服を着ているような男には言われたくない言葉だ。
「発育不良の不良だ」
視線を向けられて、綺羅は自分の体を見下ろした。
棒のような体だと自分でも思うが、それを受け入れている。
「仕方ないじゃん、あたしのご飯、賞味期限切れの弁当とか生ゴミ同然のっていうか、ぶっちゃけ生ゴミだったんだから」
三食食べられるかも運次第だ。給食があった時でさえ、いつも綺羅の分はぐちゃぐちゃにされた。
「って言うか、潤、あんたもサイキッククラブだったんじゃん」
潤は何を言えばいいのか迷って、結局これ以上口を開かないことに決めたらしかったが、綺羅は今日の本題をぶつけてみることにした。
思い返せば、綺羅がサイキッククラブに入ったことを知っていた。それは彼自身の古巣だったからなのかもしれない。
「……昔のことだ」
表情を更に陰らせ、彼はぽつりと答えた。肯定だった。
やっぱりあのマサルだったのか、と綺羅は内心納得した。
彼がサイキックならば、他人を寄せ付けない理由がそこにあるのだとわかる。
「いつでも戻れるよ?」
彼を連れ戻そうとは思わない。光翔に連絡するつもりはない。
昨日の夕食後、光翔は皆を集めていた。潤のことで話があると言った瞬間、他のメンバーが戸惑ったのがわかった。
けれど、綺羅はその話を聞かなかった。自分には関係のないことだと言い張った。サイキックのことはサイキック同士で話せと。
「誰が戻るかよ」
「でも、あんた戻りたいんじゃないの?」
サイキッククラブの名を出した時、彼に動揺が走ったのを感じていた。彼は感情を隠すのが上手だが、完璧ではない。
「まさか。馴れ合いなんて、うざってぇだけだ」
「光翔、あいつが、またあんたに会ったら連絡しろって言ってたけど、あたし、しないよ」
「そうかよ。そんなこと言いにきたんなら帰ってくれ。それとも、昨日みてぇに俺を追い出すか?」
怒りを見せられても帰る気はない。
光翔の名を出した時、また彼が動揺したのがわかった。目が揺れている。それは仲間を思っているからなのか。
「戻りたいって顔してる」
「してねぇよ」
彼が強情になればなるほど、綺羅にはわかる。
やはり、彼は今でも仲間なのだと、彼自身がそれを切れずにいるのだろう。
「あたしには戻れる場所がないから。ちょっとだけ羨ましいよ」
簡単な問題ではないとわかっている。それでも、彼の心の奥にあるものが知りたかった。
自分とは違うが、同じ匂いを彼が持っていると思っていた。けれど、彼には帰れる場所も仲間もいることが、少し寂しい。
「誰が戻るかって言ってんだよ!!」
潤が激昂する。
その瞬間、彼の傍らに置かれていた鞄の表面が燃えた。
どこからともなく火が出たのである。
潤は呆然としたまま動かず、綺羅は慌てて叩いて消火にかかる。熱さなど感じなかった。押し当てられる煙草の熱さに比べれば大したことはない。
「くそっ……お前、もう帰れよ。帰ってくれ四。俺が消しちまう前にいなくなってくれよ……!」
両手で頭を掻き乱し、弱々しい声で潤は言った。懇願だった。
そこで合点が行く。
「えーっと……こういうのパイロキネシスって言うんだっけ?」
「不動から聞いたんだろ?」
「ネットで調べた」
昨晩、会議が終わった後の流を捕まえて、綺羅はインターネットのやり方を教わっていた。
尤も、パソコンの電源の入れ方もマウスの動かし方もろくに知らない綺羅だ。携帯電話は主に伯父との連絡用に無理矢理持たされているが、電話以外の機能を使うこともない。
調べる以前に面倒臭くなり、結局、目当ての情報が乗っているページを出してもらい、その上、途中で目が痛くなってプリントアウトしてもらったのだ。
それを部屋で必死に読んで、超能力と言われる物にどんな物があるかを覚えた。
その中にあったのが、パイロキネシスという発火能力だった。
そして、潤の反応は肯定なのだろうが、先ほどのは彼が望んで出したものではない気がした。今の彼の態度は興奮によって出てしまったからこそに思えた。
「あたしは魔法が使えない魔女だからさ、正直あいつらと一緒にされて迷惑ってところもあったけど、悪い奴らじゃないんだよね」
光翔は口こそ悪いが、誰よりも仲間を思う。冷静で思慮深い流も彼に負けないくらい、それこそ一家の長のような存在だ。
生意気な叶多も心は弱いところがあり、優月は他人の痛みを放っておけない。星南は彼らにしか心を開けないが、本当は人と触れ合いたいと思っている。
「人生ほぼ冤罪だったけど、でも、ここは悪くない」
最後という言葉を受け入れようと思った。だからこそ、綺羅はサイキックについて少しは理解してみようと思ったのだ。
自分がそうでないことを証明するという意味もあったのかもしれない。
「そう思うなら、俺にはもう関わるな」
「もう関わっちゃったじゃん。それにあんたなんか怖くない」
彼は突き放してくる。もう遅いと言うことをわかっているだろうか。
光翔と出会ったことと同じように、これも運命かもしれないと綺羅は思う。
馬鹿馬鹿しいとは思うが、これまでとは違うのだ。まるで夢のように。
夢ならば何があっても不思議ではない。
「あんたがあたしを消し炭にしてくれればいいのにね。でも、あたし、あんたに罪を着せたくないな」
それは、やはり死にたくないということだろうか。
ほんの少しぼやを起こしただけで彼は苦痛に満ちた表情を見せるのに、人を燃やすということができるはずもない。
「誰にも言わない。あんたを一人にしてあげる。それでいい?」
自分がここに留まっても、たとえ、黙っていても彼は苦しむだけだろう。それこそ、一人にして紙飛行機を投げさせた方がいいのかもしれない。
綺羅は立ち上がろうとするが、その手は掴まれた。
「何、側にいてほしいの?」
綺羅は笑ってみる。潤の表情は険しいままだ。
「……神藤、俺と来るか?」
思ってもない言葉だった。綺羅は首を傾げる。
「何で?」
「お前が……神藤だから」
「わけわかんない、何それ」
答えになっているとは言えない。引き留めて何を言い出すかと思えば、彼は何を考えているのか。
「サイキックじゃねぇから、巻き込みたくないとでも言えばいいのか?」
彼は何かするつもりなのだろうか。それもサイキッククラブに対して。
それを聞いて答えるはずもないだろう。
「行かない。どうせ、どこにも行けないから」
「後悔するぞ? 次は本気でやる」
疑惑が確信に変わる。彼は彼らの敵になるつもりだ。
「いいよ、別に」
今更、何があっても綺羅は困らない。
人為的な災難の数々が超常現象に変わったとして驚くこともない。もう揺らぐ心はない。何度も打たれて心は鋼鉄になった。
「あたしさ、もう来ないから、次はあんたが来なよ、寮に」
言わなくても彼は姿を現すのだろう。彼らを傷付けるそのために。
それを阻止する理由は綺羅にはない。どうするかは彼らが考えればいいことだ。