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PSYCHIC CLUB  作者:
第二章:紙飛行機と炎
5/20

2-1

 転校生はサイキッククラブに入った。

 その事実が流れたところで、何かが劇的に変わるわけでもない。

 怯えられている気がするのは昨日の暴言があったからなのかは判断が付かない。そもそも、綺羅が気付かなかったピンズの意味を彼らは知っていただろう。


 また迷子になると面倒だという理由で教室までついてきた光翔は女子から随分と持て囃されているようだった。

 それこそ、本人が有名人だと言ったのも頷けるほどだが、流と星南については不気味がられているという印象が強い。

 それでも真新しい教科書、まっさらなノート、ヒソヒソ話もなければ手紙も回されない授業は綺羅にとって新鮮なものがあった。

 何があっても綺羅は屈しない。できる限り授業は受けてきたが、これほど平和だったことはない。


 これはこれで調子が狂う。

 そんなことを思いながら、ふと、窓の外を見る。白い物が横切る。それはなぜだか妙にはっきりと見えた気がした。

 紙飛行機、すっと落ちていく。上の教室か、否、屋上だろうと綺羅は確信していた。


「保健室行ってきます」


 早く行かなければ、そんな思いに突き動かされて綺羅は教室を出た。なぜだかわからない。

 会わなければならない、と自分の中の何かが告げていた。



 屋上に踏み込めば、男子生徒一人しかいない。

 フェンスの側に座って、ただ空を見ている。

 青い空と真っ赤に染められた髪のコントラストに目を奪われる。大柄であることが伺えるが、触れてはいけないような脆さを感じる。

 一人きり、孤独がその背に現れている。この男が紙飛行機を投げたのだろう。

 綺羅の存在に気付いたのだろう。緩慢な動作で彼は振り返る。まるで獣のように、テリトリーを守ろうとするかのように睨まれる。

 綺羅は引かなかった。ゆっくりと近付いて腰を下ろす。

 無言で追い払おうとする眼力は強いが、綺羅はもっと怖い目というものを知っている。


「何だよ」


 威嚇するように低い声だ。大きな体と赤い髪、鋭い目つき、着崩した制服、光翔と同様に一見しただけで不良の認定を受けること間違いなしの風貌である。気の弱いものなら竦み上がってしまうような威圧感は猛獣を思わせるが、虚勢だと綺羅は見抜いていた。

 自分に害を与える人間はわかる。

 彼は見た目で人を遠ざけようとしている。見た目を変えようとしても、自分を守れない綺羅とは違う。


「紙飛行機、あんた?」

「知らねぇよ」


 いかにも面倒臭げに吐き捨てる彼が正直に答えないことはわかっていた。


「妙に印象的でさ、自分もああやって墜落したのかなって思ったら、馬鹿馬鹿しくて授業受けてられなくなって、どんな奴が飛ばしてたのかなって」


 綺羅はただ彼に興味があった。それだけだった。

 もう目的は果たされているのだが、彼を見たがためにまた興味が沸いてしまった。


「墜落させるために飛ばすわけじゃねぇよ」


 それは自分が飛ばしたということを認めたようにも聞こえる。


「でも、永遠に落ちない紙飛行機はない。死なない人間はいない。それが希望なんじゃない?」

「……」

「あたしは風に飛ばされたり、雨に濡れたり、踏み潰されたり、そんなんだったんだよ。不思議なことにここじゃ、まだそんなことになんないんだけど」

「暗い奴」

「あんただって、授業サボって紙飛行機飛ばして、十分根暗なんじゃない?」


 他人のことは言えないと綺羅は笑う。

 最早、彼が紙飛行機を投げたことは確定である。


「ねぇ、名前は?」

「何で教えなきゃいけねぇんだよ」


 嫌そうではあるが、敵意は和らいでいるように感じる。


「よく、ここにいんの?」

「答える必要があるのか?」


 ないかもしれない。綺羅が知りたい。ただそれだけだ。


「あたしは神藤綺羅」


 まず、自分からと名乗れば、彼の眉間に深い皺が刻まれる。

 何かを思い出そうとしているようでもある。


「……サイキッククラブに入った奴か?」

「何? もうそこまで有名人? おかしいな……そうなると悪い噂立てられたり、下駄箱の中で惨劇が起きたりするはずなんだけど」


 屋上で孤独に紙飛行機を飛ばしているような男にまで名前が知れているとは綺羅も予想外のことであった。

 それでいて、いじめが始まらないとは不思議なことだ。この学園は何かが変だ。


「でも、あたしはそのサイキックとかじゃないんだ。伯父さんのコネで入った超問題児」


 サイキッククラブが良くも悪くも有名人の溜まり場だとして、綺羅は例外だ。


「自分で言うか?」

「事実は包み隠さない主義だから」


 隠すことは何もない。そうしたところで変わるわけでもないのだが。


「あたしさ、何か知らないけど、いや、何かは知ってるんだけど、凄くいじめられるんだよ」


 綺羅はできる限り明るく言ってみた。

 綺羅自身、そのことに疑問は抱いているが、悲観はしないと決めた。悲劇に身を浸せば、きっと立ち上がれなくなる。最初から涙は出なかった。


「いじめられっ子って感じじゃねぇけどな」


 綺羅としてもそんなことがなかったように思えてくる。

 サイキッククラブの人間は極めて普通に接してくる。それは彼らが自分の上を行く存在だからだと思っていたが、彼も面倒臭いぐらいにしか思っていないだろう。

 その問題を解決するために動こうともしない。

 数々の不良にも気味悪がられてきたことが夢だったかのようだ。


「でも、本当に油断して歩けないくらい、色々あったよ。初対面のやつに話すことでもないと思うけど」


 そっと袖をまくれば傷だらけの腕、全てが現実だったという実感が沸いてくる。


「子守歌代わりに聞いてやるよ。俺、もう寝るから」

「身の上話と今までのいじめ体験談と旅話、どれがいい?」


 どこから話したらいいかわからず、迷った結果、聞き手に委ねてみることにした。


「一番眠いやつ」


 眠いやつ、反芻して綺羅は彼に見えないところでニヤッと笑った。

 旅行記を期待したならば大きな間違いだ。そんなものはない。



「何かさーあたしの目って紫なんだって」

「他人事だな、おい」


 寝るのではなかったのか。彼が言う。

 だが、話はまだ始まりにすぎない。


「親父譲りらしいんだけど、そいつがひどい奴でさ、種撒き散らしてドロンと逃げたようなサイテー男なんだよ」


 親を侮辱するなど誉められたことではないが、いいところがないのだ。


「母親は子供に罪はないって思おうとしたらしいんだけど、この目見たら、そういう気にもなれなくなったらしくてさ。いや、最初はちゃんと育ててくれたよ。でも、やっぱり、あたしがイヤーな目するって言って、段々おかしくなっちゃって」


 好きでこんな目をしているわけではないのに、母の変貌は目に焼き付いている。


「周りの奴らもさ、小さい内は綺麗だねって言ってたけど、徒党を組むのを知るようになるとあたしは仲間外れ。みんなと違うってさ、個体差は当たり前なのに、教師も庇ってくれなかったよ」


 違うのは目の色だけ、珍しいというだけだ。

 綺羅は子供の残酷さを身をもって知った。大人が助けてくれないことも。


「たまに理解しようとしてくれる奴もいたけど、結局、ダメだったね」


 初めは期待がなかったとは言わない。けれど、一人の力では何も変えられなかった。

 やがて、誰も味方になろうとは考えなかった。


「物がなくなったり、落書きから始まってさ、どんどんエスカレートしてくんだけど、あのアイデアってどこから出てくるんだろうね」


 生卵や虫、泥団子、数々の嫌がらせを思い返せば笑いがこみ上げてくるほどだ。


「学校だけじゃなくて、家にも安息がないって感じで、電話がやまないから電話線引っこ抜いたし、ポストも封鎖、窓も開けられなくて常にシャッター……結局、あたしより先に母親の精神がやられちゃったんだけど」


 それは綺羅だけではなく、父親のことが大きかったのだが。


「一人になってからも、どこ行っても同じでさ、初日で台無し。笑えるよ。それなのに、ここじゃあ何なんだろうね。ほんと、わけわかんないよ」


 初めてのことに戸惑っている。サイキックの存在に、求めてやまなかったはずの平穏に。

 愚痴を言いたいわけではない。ただ、誰かに導いてほしいだけなのかもしれない。ここを最後の場所に選んだ伯父も真意は明かさない。



「……城地潤(じょうちまさる)


 本当に寝たのではないかと思っていたが、黙っていただけなのか。

 彼――潤は不意に言った。


「俺の名前、これで答えたからな」

「ふぅん、マサルね。覚えてみる」


 必死に覚えようとは思わない。

 また、どこかへ行くことがあれば、その時には忘れてしまうのだろう。

 無関心は一番優しい。加害者にはならない。やがて偽善になる同情もしない。

 だから、覚えていたいとは思う。


「寝るんじゃなかったの? 膝貸してあげよっか?」

「いるか、バカ。てめぇ、一番眠れない話したろ?」


 眉間に深い皺を刻んだまま彼は立ち上がる。

 そもそも、寝る気が本当にあったのかも怪しい。


「もう行くの?」

「うるさいやつに譲ってやるよ」


 手を振って、彼は去って行く。その鮮烈な赤を見送りながら綺羅はそっと目を閉じた。

 一人っきり、そんな顔をしながら優しさを捨てていない男だった。それが今の彼の枷なのかもしれないが、綺羅は思う。あれが自分のなりたかった形だと。



*****



「まいったな……」


 放課後、綺羅は頭を掻いた。

 とっさに寮の二階に逃げ込んでしまった。二階には男子の部屋がある。

 このまま自分の部屋に行けばいいのだが、それもつまらない。

 そもそも、なぜ、自分がコソコソしているのかがわからない。

 留守中に部屋を物色しようとも思わない。ここは誰の部屋だと振り返れば知らない名前が書かれている。

 好奇心からノックをしてみる。返事はない。

 耳を押し当てる。音もない。


「お前、ここで何してるんだ? また迷子か?」


 怪訝な顔をしているのは光翔だ。さすがの綺羅もこの寮ではもう迷わない。


「ねぇねぇ、この部屋って引きこもりでもいるの?」

「ん?」


 光翔が振り返り、そして、表情を曇らせた。


「シロチジュン?」

「ちげぇよ、バカ! ジョウチマサルだ、ジョウチマサル……!」


 勢いで答えて後悔したのか光翔がハッとする。

 だが、ハッとしたのは綺羅も同じだった。


「ジョーチマサル……? あれ、あたし、それ、どっかで聞いた、かもしれない」


 何度もその名を繰り返す。聞いたはずだ。


「は? どこで!?」


 ガシッと肩を掴まれる。そのまま、ユサユサと揺すられる。


「やめてよ、余計忘れるから」


 頭がグラグラして、記憶の彼方へ飛んで行ってしまいそうだ。


「思い出せ、頼むから! マジで!」


 なぜ、今度は拝まれているのだろうか。

 思い出してやろうとはしているのだが、靄がかかっている。

 今日は屋上で暫く変な体勢で寝て体が痛い上に、さっき見てしまったもののおかげで頭の働きが悪くなっている。


「静かにしてよ、何か思い出せそう……」


 思い浮かぶのは白と青、それから真紅。鮮烈な髪の持ち主……


「……やっぱり薄情だな、あたし」


 呟けば、光翔は不思議そうな顔をしている。


「マサルってやつと屋上で会って話したんだよ。どこにも居場所がないって顔で紙飛行機飛ばすような根暗なやつだったから絡んであげたんだ」


 相手からすれば勝手に押し掛けてきて、暗い昔話をするような迷惑な人間だったのかもしれない。


「いつ!?」


 なぜ、光翔がこれほどまでに声を荒らげるのかわからない。


「……あ、今日の午前中だった」

「はぁ!? 何で今日のことが思い出せねぇんだよ! それとも、おちょくってたのか!?」

「ごめん、極度の忘却体質で」

「そんなの知らねぇよ!!」


 覚えないこと、それが綺羅なりの防衛術だ。だから、道も覚えない。どうせ、長くは留まらない。


「でも、このマサルかわかんないよ? あのマサル」


 綺羅はカツカツとネームプレートを叩く。そもそも、ジュンとしか読めない。


「この潤、何かあると高いとこから紙飛行機を飛ばす癖がある」


 どういう癖なんだと突っ込みたいところではあるが、やめておいた。


「ふぅん、やっぱり引きこもりだったんだ」


 ちげぇよ、と光翔が唸る。


「あいつは、出てったんだ」

「でも、今でも残してる」

「当たり前だろ? 仲間なんだからだよ」


 ここでも、やはり仲間か、と内心呟く。どこか自分と同じ臭いを感じたあの男は同じように思っているのだろうか。

 一人きりという顔で、どんな気持ちで、何の事情があってここを出たのだろうか。


「戻ってきてたなんてな……」


 その呟きの意味を問うことはできなかった。

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