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PSYCHIC CLUB  作者:
第一章:サイキッククラブへようこそ
4/20

1-4

「……失礼」


 両手の手袋を乱暴に外して、投げ捨てる流も堪忍袋の緒が切れたというような顔をしていた。

 ズンズンと近付いてくる彼に殴られると綺羅は思い、甘受するつもりだった。


「やめろ! 流!」


 意図を理解したのは光翔だけだったのか。

 その制止も間に合わず、流は綺羅の手を取り、両手で包み込んだ。

 何のつもりなのか、聞こうとした瞬間、流が崩れ落ちる。


「うぐっ……!」


 手は離さないまま、彼は苦しんでいる。額はじっとりと汗が浮いてきている。


「ちょっと、あんた、どうしたの?」


 こんなことは今までになかった。噂の中で綺羅ができるとされていたことには根も葉もなかった。

 他人を病気にすることも、怪我をさせることも、誘惑することも、何一つできない。それなのに、これはどういうことなのか。

 流の手がパッと離れ、綺羅が呆然としていると光翔が助け起こし、ソファーに座らせる。

 彼は清潔そうなハンカチを口に当て、青い顔をしていた。

 慌てた様子で優月が水を持ってくる。浄水器まで完備されているようだ。



「……あなたは、優しい人です。光翔のことだって放っておかなかった」


 落ち着きを取り戻したのか。流は口を開く。まだぐったりとしているが、その理由は全く想像できない。


「それは……」


 思いも寄らないことを言われて困惑する。そんなこと言われたことがないのだ。それに、放っておけなかったのは面倒だっただけだ。


「剥がしても燃やしてもなくならない貼り紙、消せずに増え続ける落書き、仕掛けられる剃刀、生卵、虫や動物の死骸……伸ばしてもすぐに切られる髪、どこへ行っても目付きが悪いと絡まれる、誘惑したと侮蔑される。終わらない噂の連鎖……あなたは諦めることを覚えた」


 つらつらと並べられる言葉に今度は綺羅が気持ち悪くなる番だった。


「聞いてたんだ?」


 伯父が話していたならば納得できる。そこまで詳しく教えた覚えはないのだが。

 しかし、流は首を横に振る。


「いえ、失礼だと思いましたが、視させていただきました」

「視た?」

「どこへ行ってもどこにも行けない。世界はちっぽけ。濡れているところにいつも雨が降る。目を離した一刹那に大切な物を失う。だから、ただ死を待つ。それだけが希望」


 それは誰にも吐露したことのない心情だった。

 なぜ、この男がそれを知っているのか。


「サイコメトリーって聞いたことあります?」

「物に触ると何かわかるってやつ?」

「残留思念を読み取ることができます」


 聞いたことはある。だが、フィクションや外国の話だと思っていた。


「それで、あたしの心を読んだっていうの?」

「まあ、そんなところですね」

「プライバシーの侵害」


 言ってみるものの、綺羅はそれほど深刻には捉えていなかった。

 どうだっていいのだ。自分の心さえ。


「だから、普段は絶対に視ませんよ。昔はコントロールできなくて、それこそ酷い目に遭いましたけど。あなた風に言えば《魔女狩り》ですかね」


 綺羅とて自分だけがと思っていたわけではない。上には上がいるともわかっていた。彼らこそ本物なのかもしれない。

 本物の《魔女》、本当に迫害された人間。だとすれば、自分は何だと言うのか。既に本物がいる状況で放り込まれた偽物、いつものように全てを遠ざけて、あまりにも滑稽ではないか。


「僕はね、リモート・ビューイング―――遠隔透視。夢で人を捜すんだよ」


 叶多は嘘を吐いていないだろう。


「私はヒーラーです」


 流の背を撫でる優月も本心を晒している。


「俺は……まあ、見てろ」


 光翔が懐から取り出したのはスプーンだった。

 なぜ、そんなものが出てくるのか。ツッコミを入れる暇は与えてくれなかった。

 テーブルにぶつけられ、硬質な音を立てたスプーンは次の瞬間、光翔の指が触れるとぐにゃりと曲がった。


「奇術だっていう奴もいるが、俺のはサイコキネシス――ただの人にもわかるように言ってやると念力だ」


 光翔の手の上でスプーンは僅かに浮いているようにも見える。手品を見ているようだ。


「納得できねぇだろうが、曲がっとけ。じゃなきゃ――」


 もう一本、スプーンが取り出される。一体、この男は何本所持しているのだろうか。

 同じようにテーブルに当ててから綺羅の前に差し出す。視線に促されるように触れてみる。力を込めても曲がらない。


「――折れるぜ」


 光翔が指先でスプーンを弾く。その刹那、光翔の手の中には柄の部分だけが残る。すくう部分はぽとりと綺羅の膝の上に落ちた。


「うっわ、あんたのデコピン怖っ! 頭蓋骨陥没させられるんじゃないの?」

「俺、そんな怪力じゃねぇよ!」


 信じる信じないの問題ではない。彼の腕力でも念力でも何でもよかった。


「本当に変わった人ですね。あ、これ、褒め言葉ですから」


 先程まで具合が悪そうにしていた流がクスクス笑い、叶多や優月も微笑んでいる。

 星南までもだ。その彼女と目が合う。


「……テレパシー」


 一瞬、迷うようにして声は発された。小さいが、綺麗な声だ。


「いい声出るじゃん」


 彼女は少し嬉しそうにして、躊躇いがちに近付いてくる。


「私も……人の目が怖い」


 勇気を振り絞っての告白だったのだろう。仲間達が見守っている。

 けれど、綺羅が最も嫌いなのが同情だ。それから、被害妄想。


「あたしは怖くない。それに誰もあんたなんて見ちゃいないよ、自意識過剰」


 自分が背を向けるから見られていると感じるだけだ。

 その言葉でまた傷付けてしまったようだ。それでも泣かない彼女はなかなか強いようだと感心する。

 そういう人間は嫌いではない。悲劇のヒロイン気分に浸っているのなら大嫌いだ。



「あなたの目、珍しくて綺麗ですよ。私は好きです」

「目?」


 流れが言えば、眼鏡を指先でついっと上げて、光翔が顔を近付けてくる。至近距離でマジマジと見られている。


「……紫か? すっげー、初めて見た」


 光翔は子供のように興奮している。この男はきっとどうしようもない天然なのだ。

 綺羅にとって彼が美形であることは何でもない。そうでなくとも、どうだっていいことだった。緊張も羞恥も何もない。目を逸らさずにいることができる。


「あんただって黒くないじゃん」


 レンズ越しでも光翔の目はグレーだ。

 自分の目は綺麗だと思わない。そもそも、鏡を見るのは嫌いだ。同い年の少女の鏡好きは異常だと思っているほどだ。

 だが、彼の目は綺麗だ。色以外の物も含めて。


「俺はハーフだし、珍しい色でもねぇし」


 ああ、なるほど。綺羅は納得する。

 よく観察すれば、彼は少し日本人離れしている。


「いつまで見詰め合っているんですか?」


 コホンと流が咳払いするが、光翔が勝手に顔を近付けてきただけだ。綺羅には見つめ合っているという意識がなかった。

 しかし、光翔は心なしか耳を赤くして離れていく。


「この目が気持ち悪いって母親にも言われたんだ」


 ハーフだと言えれば、簡単だったのかもしれない。

 簡単ではないから、こんなことになっているのだ。


「父親はさ、同じ目してたらしいけど、失踪した」

「じゃあ……会ったことねぇのか?」

「あるよ、何回かね」


 本当に数えられるほどだ。片手で足りる。


「あいつが教えてくれたのは人の殴り方だけ」

「おかげで、やられっぱなしじゃなくなったし、それに、今度会った時には、あいつを思いっきり殴れる。それも楽しみかな?」


 最後に現れたのはいつだっただろうか。行方は知らない。生きているかもわからない。

 けれど、その時には最大限の痛みを与える用意がある。


「ねぇ、そこのちびっ子」

「叶多だってば!」


 頬を膨らませていると、本当に女子のようだ。


「利用しようと思わないから、正直に答えてくれる?」

「はい?」

「遠隔透視って人を捜したりできるやつ?」

「まあ、そうだけど……」


 歯切れ悪く叶多は答える。その理由はどうだって良かった。


「あたしの親父、捜せる?」

「……多分、捜せません。生きているのなら」


 死んでいれば見つけられるということなのか、綺羅にはそこまで聞く気はなかった。


「そっか、それでいいんだ。他人の力で辿り着いたって面白くないし」


 父親を捜せるのは自分だけ。それでいいのだ。他人に簡単に見つけられるのは面白くない。



「それで、諦めはつきました?」


 額の汗をぬぐった流が問いかけてくる。


「初めから全部諦めてた気がするんだけど、逆に諦められなくなったよ。あたしはただの人、それだけは絶対に譲らない」


 既に妙な居心地の良さを感じるのは認めたくない。

 だが、考えるのは明日以降の態度を見てからでも遅くはない。

 好きで放浪しているわけではない。むしろ、嫌いだ。常に最後を求めている。そこが自分の墓場になることを。


「それでも私達は歓迎します。この運命を」

「そうだ。お前は今日から俺達の仲間だ――綺羅」


 流も光翔も他の三人も真っ直ぐな目をしている。

 それが綺羅には意外だった。彼らにとって自分はただの人に違いないのに受け入れている。


「何でいきなり名前呼び捨てなの? どうでもいいけど」

「仲間だからに決まってんだろ! 俺様のことは光翔様でも」

「じゃあ、あんたはただの光翔だ」


 光翔の言葉を綺羅は遮った。誰が彼に様を付けて呼ぶというのか。

 頭おかしいんじゃないの、と言うのはやめておいたが。


「てめぇ、だから、俺は年上!」

「仲間なんでしょ? 対等対等」


 ぎゃあぎゃあと喚く大人げない男に先輩として敬意を示す方が難しい。


「さて、光翔。コンタクトはまた明日ですね。眼鏡もいいものです。お洒落ですよ」

「お前とキャラ被るのが嫌なんだよ!」

「何だ、そんなことか」

「これは重大な問題だ!」


 眼鏡をかけたからと言って、落ち着きのない光翔と紳士な流では大違いだ。


「コンタクトの怖い話してあげようか?」

「聞きたくない! 聞きたくないっ!」


 さっと顔を青くした光翔は両手で耳を塞いで頭を振る。


「あんなもの、目の中に入れてるってだけで恐怖だってのに」

「あーあーあー」


 自ら声を発してまでシャットアウトしようとする徹底ぶりだ。

 綺羅もかつて目の色を隠すためにやむを得ず、黒のカラーコンタクトを入れてみたことがあるのだが、結局は何も変わらず、すぐに捨てた。

 視力矯正の必要性を迫られている彼とでは事情が違うのだろうが。


「では、綺羅さんは光翔のお守りを頼みますよ。私達は用意をします」

「俺が責任持って新入りの面倒を見てやるよ」


 話がまるで食い違っている。しかし、自分がお守りをする方が正しいのは間違いないと思っている。



「って言うか、用意って何の?」

「歓迎会ですよ。食べられない物とかあります?」


 そんな会など必要ないと言いたかったが、楽しみにしていたらしい彼らの目を見てしまうと言えなくなる。

 いくら他人に厳しくとは言っても、綺羅も強気に出られない時があるのだ。


「大丈夫。あたし、賞味期限切れた弁当とかレストランの生ゴミ、よく食べてたから」


 ここで食事を拒否したら、食堂の生ゴミを漁りに行くことになるだろう。それこそ、軽蔑のネタを与えてやるようなものだ。


「さすがに、俺らもそこまでの生活はしてねぇぞ……なぁ?」


 光翔が顔を引き攣らせている。彼らにはサバイバル経験がないようだ。


「食べられる物っていっぱい捨てられてるんだよ」

「ある意味、尊敬するぜ。お前って逞しいよ」


 もう褒められているのかどうかもわからなかった。

 そして、綺羅にできることはやはり諦めだったのかもしれない。

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