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PSYCHIC CLUB  作者:
第一章:サイキッククラブへようこそ
2/20

1-2

 迎えにきた男は光翔と同じ制服を着ていたが、綺羅は学生らしくないという印象を抱く。

 光翔と比べて老けていると言えば語弊があるが、大人びている。比較対象が間違っているのかもしれないが、落ち着きすぎていた。

 背筋はピンと伸び、制服は乱れがなく、髪もきちんと乱れなく整えられている。更にメタルフレームの眼鏡が知的な印象を際立たせ、優等生の典型とも言うべき姿だ。

 何よりも両手にはめた白手袋が潔癖なイメージを抱かせる。


「光翔、今度は何のつもりです?」


 深く溜息を吐いて、彼が光翔を見る。

 呆れ返っている。こういうことは今までに何度もあったのだろうか。


「ちょっとトラブルでな……コンタクトを両方とも落として割っちまった」

「あたしは勝手にぶつかられただけで、コンタクト踏んで割ったのもこいつだから」


 疑いの目を向けられる前に綺羅は説明する。光翔の言葉だけでは不十分だった。


「こちらは……あれ?」


 光翔を見て、もう一度綺羅を見て、彼は首を傾げた。それからポケットからメモを取り出す。


「神藤さんですよね? 神藤綺羅さん」

「そうだけど」


 ぶっきらぼうな返答になるのは仕方のないことだった。綺羅は人間嫌いを自覚している。

 誰も信じるつもりはない。誰も信じさせてはくれない。常に、この相手ともこれっきりになるのだと考えで接している。初めから相手に悪印象を与えておいた方が後々楽だった。


「今日から星宿寮で一緒になる雨霧流(あまぎりながれ)です。それと、不動光翔です。いきなりご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ありません」


 流は丁寧に頭を下げる。まるで光翔の保護者だ。実質的にそうなのかもしれない。

 手袋までして、身なりの整いすぎた様は執事にも見えるが、そんな現実味のないことはあってほしくない。ただの潔癖であると思いたかった。

 けれど、今は物腰の柔らかい彼も数分後にはどうなるかわからない。


「なかなかお越しにならないので、心配していたんですよ」

「こいつ、迷子」


 ここぞとばかりに光翔が言う。ニヤッと笑っているが、また別方向だ。

 そんなに見えなくて不安はないのだろうか。普通、輪郭ぐらいはわかるものではないだろうか。

 綺羅は思うが、わざわざ聞いてみるほど興味があるわけでもない。問えば面倒だという気持ちが大きかった。


「迷子、ですか……」

「そう、迷ってたら巻き込まれた」


 迷った事実を悲観していたわけではない。所詮、学校の中だ。本気で出ようと思えば出られる。目的地に着かなかった時はどうにかしてもらえるはずだ。綺羅としてはどうでもいいことだ。


「それは申し訳ありません」

「別に、目付きが悪いからって絡まれたわけでもないし」


 それもいつものことだと流すことはできるのだが。



「それで、光翔。どうするつもりですか?」


 流が光翔に手を差し出し、肩を貸す。


「車、出してくれよ。あと、金貸してくれ」

「まったく、お前は……もっと落ち着きを持ちなさい」


 面倒臭いのは普段からのようだ。本当に関わってしまったことが不運に思える。けれど、悔やみはしない。どこから悔やんでも結果は同じだ。


「お前みてぇに枯れ木になるのはごめんだ」

「あんたは枯れ木ぐらいの方が丁度いいんじゃないの?」


 呆れて綺羅は口を挟む。


「もっと言ってやってください。みんな、光翔を甘やかしすぎて非常に困っているんです」


 それだけ手に負えないと言うことなのだろうか。


「金ならちゃんと返す。すぐ用意できる。わかってるだろ? 頼む!」


 光翔は拝み倒そうとしたが、勢い余って自分が倒れそうになる。


「あんた、ホストでもやってるの? 男娼? 女のケツの毛までむしり取るってわけ?」

「俺の能力だよ」

「株でもやってるとか?」

「ちげーよ。挨拶代わりに見せてやる。あれ? どこだ。流、取ってくれ」


 光翔はペタペタと探って、すぐに諦めて流に頼る。

 だが、やはり反対側を見ている。この男は本物の馬鹿なのか。わざとという可能性もある。

 流も取り合いたくないといった様子である。


「まあ、マジックショーだよ。ちょっと見せればチップで稼げる」

「感心できませんけどね」


 流は肩を竦めようとしたらしかったが、光翔が邪魔でできなかったようだ。


「俺は自分の力に対してポジティヴなんだよ」


 光翔はケラケラと笑っていて、一人で楽しそうだ。


「同じ寮ってことはお前もサイキックだろ?」

「サイキック? 何それ」

「レーノーリョクとかチョーノーリョクとか、何かあんだろ? どんなサイキックなんだよ?」

「こら、光翔。それはあまりに不躾ですよ」


 霊能力、超能力、そういうことだろうか。頭の中で変換して、脱力のあまり壁に寄りかかりたい気持ちになった。

 注意するような流でさえ、探るような目を密かに向けてきている。


「馬鹿じゃないの? いや、薄々どころか、はっきり思ってたけど、馬鹿だよね? 少年漫画読みすぎ」


 そういうことなら力だ何だと言うのも納得できてしまう。本当にそういった力があるかは別としても。


「流、手違いじゃねぇの?」


 光翔は流と顔を見合わせた。そのつもりらしかった。


「私は校長からは何も聞いていないので」

「……なるほど、最後って意味がよくわかったよ。伯父さんも最終的にはあたしを奇人変人扱いしてるってわけ」


 今度こそ綺羅は壁に寄りかかる。

 わかっていたことだ。自分が厄介な人間であることは。親さえ見捨てた子供をその身内だからと言っていつまでも親切にしてくれるわけでもない。

 彼にとっては精神科にでも入れたつもりだろうか。

 だが、彼は重大なことを忘れている。頭がおかしいのは綺羅ではない。どこにも疾患はない。


「とりあえず、寮までご案内しますので、ついてきていただけますか?」

「はぐれるのが不安なら俺が手を繋いでやろうか?」


 光翔が差し出した手をはたき落とす。


「あんたと一緒にしないで。目くらい見えてるよ」


 一体、この男は何なんだ。

 そう思うものの、流という男はまともそうだ。綺羅は今考えることを放棄して、彼についていくことにした。



「事情はわかりませんが、皆、歓迎しますよ」


 歩きながら流は言う。どうやら、本当にそう思っているらしいと綺羅は判断する。これまでの経験から人の嘘を見抜くのは多少上手になっていた。

 信じられない、綺羅は思う。彼らは何も聞かされていない。そして、自分も同じだ。


「パーティーやろうぜ! 俺、ピザ食いたい」


 それどころではないだろうが、綺羅は最早ツッコミを入れる気力もなかった。彼と話すのはとても疲れる。


「あんたさ」


 綺羅は流に目を向けている。何だかんだ言いながら、彼は光翔を放っておけないようで、世話好きなのかもしれない。

 綺羅自身も彼を放っておけずにこうなってしまったわけだが。


「流で結構です」


 あんたと言われたのが気に食わないのか、名前で呼んでほしいのか。どちらにしても、綺羅にその意思を尊重するつもりはない。


「悪いけど、人の名前は覚えないようにしてるの。すぐに覚えてる必要がなくなるから」


 どうせ、すぐにサヨナラすることになるのだ。

 彼らの方から離れて行く。だから、綺羅は出て行く。そういうことになるのだ。


「寂しいこと言ってんじゃねぇよ。俺らは仲間だ。そういう巡り合わせを感じる」


 見えてないくせに、よくも言えるものだ。ロマンティストを気取ったつもりだろうか。そういったものは綺羅が最も嫌うものである。


「そっちのあんたは見えてないから聞かないけど、あんた何とも思わないの?」


 綺羅は流を見る。光翔のことはどうでもいい。

 彼には何も見えていないが、流には見えているのだから。


「本当にうちの光翔がご迷惑をおかけして申し訳ありません。転校早々、不運ですね。今後の幸運をお祈りします」

「これまでの学校に比べればまし。おかげで目的地には辿り着けるみたいだし……でも、そうじゃなくて、あたしのこと」


 別に聞きにくいとは思わなかった。そう感じるような意図ではない。だが、誤解した男が一人いた。


「やめとけ、やめとけ。そいつ、本物の堅物だぜ? 『付き合ってください』って言われて、『どこへ?』って言うから、マジで。去年はそれで何人泣いたっけなぁ……懲りない女も女だけどな。遠ざけてぇのか、近付きたいのか」

「光翔」


 窘めるように流が名を呼ぶ。それから、コホンと咳払いした。


「その……話を聞いてから、どんな方なのかと想像していましたが……」


 彼もまた誤解しているのかもしれない。


「ガッカリしたでしょ?」

「いえ、逆です。あなたには何か希望がある気がするんです」


 希望、なんて馬鹿げた言葉だと綺羅は吐き捨てたくなった。

 今まで、そんなことを言われたことはなかった。極自然に目を向けられるのも珍しい。

 なのに、素直に喜べないのは人間が嫌いだからなのかもしれない。


「じゃあ、そう思ったことを後で後悔しな。あたしは疫病神……魔女なの。魔女狩りになったら喜んで参加しなよ」


 彼らが明日には自分に石をぶつける側になったとして、恨むつもりはない。


「魔女狩りなんか起きねぇよ」

「万が一、起きた際、私達は真っ先に狩られる側ですからねぇ」

「そうならねぇように星宿寮があんだろ」


 さっぱりわからない。

 それは彼らが同類だからか。それは違う。光翔の言うことは綺羅には理解不能だった。

 彼らも別の意味で他人から忌避される存在だから一緒にされるのか。冗談ではない。傷の舐め合いはしたくない。

 だが、真意はここへ導いた人物にしかわからないだろう。


「この学校って何か変」


 言いたいことは色々とあったが、そう呟くだけに留めた。


「やっぱり、外から来るとそう感じます?」

「だって、クラスでも一部触らぬ神に祟りなし的な雰囲気あったし」


 既に違和感はあったのだ。いつもなら、転校したその日に悪い噂を流された。

 案内役を引き受けた生徒も特に気にしていないようだった。

 それを綺羅は突き放してきたのだが、痛む心はない。


「まあ、間違いなく、その変な原因、私達ですから」

 綺羅を標的にするまでもなく、学園の嫌われ者がいて、それが彼らということなのか。


「ひょっとして、生徒会とか?」

「そう見えますかね?」


 流は少し嬉しそうだが、どうやら違うようだ。

 彼が生徒会長のように見えるのだが、それ以上喜ばせるのはやめておいた。


「絶大な権力持ってそう」

「残念ながら、違いますよ」

「ハブられてるだけだっての」


 ケッ、と光翔は吐き捨てる。


「まあ、いいや。詳しく聞かない」

「聞けよ!」


 聞いてほしかったのか。残念ながら、綺羅は他人の期待に応えない主義だ。


「あたし、面倒なの大嫌い。それに、ここが最後じゃないかもしれないし」


 最後と言われても、またたらい回しかもしれない。

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