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PSYCHIC CLUB  作者:
第五章:父との対面
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5-1

「うぇっ、吐きそう……」


 五限目、綺羅は気持ち悪さを理由にこっそり授業を抜け出した。

 本来の目的はどうであれ、嘘はない。本当に気持ち悪いのだ。このタイミングの悪さを呪いたくなるほどに。

 明らかに食べ過ぎだった。昼食が確実にもたれている。

 潤も交えて全員でランチをしたのだ。綺羅は逃げようとしたが、できなかった。


 そうして、全員が思い知った。サイキッククラブで一番怒らせてはならないのは誰なのかを。食事を抜くとどういうことになるのかを。

 人より明らかに食の細い彼女に足りてないなどと言われては説得力もないというのに、皆、彼女に逆らうことができなかった。

 だが、いじめではない。思いやりなのだ。


 平らだったはずの腹は明らかに膨れ、重たい。

 昔、母親にお腹一杯にからあげを食べさせてもらったのはいつのことだっただろう。綺羅はふと考える。

 まだ努力があった頃のことだ。愛そうとした。

 自分が突き放してしまったものを取り戻そうとした。けれど、取り戻す前に心が潰れてしまった。無理などすべきではなかったのだ。


 綺羅は自分がしようとしていることが誰のためなのかがわからない。自分のためか、母親のためか、伯父か、サイキッククラブか。

 たとえ、父を殴ったところで何になるのか。自分に殴られた父がどうするのか。

 結局、殴るまでわからないだろう。答えはその時に出す。心に決めて、綺羅は拳を握り締めた。



 裏の塀を越えて進めば目の前には真っ赤な車、ブランド物らしい服に身を包んだ派手な女がまるでモデルを気取ったように立っている。

 大きなサングラスをしているために顔はよくわからないが、スタイルの良さが美女だと期待させる。そんな女だ。真っ赤な唇が妖艶に見事な弧を描いていた。


「あなたが、神藤綺羅ね?」


 確信しているくせに、彼女は問う。

 彼女もまた神藤明臣側の人間なのだろう。


 彼らはまた今日中に仕掛けてくると綺羅は読んでいた。予知ではない。

 そうでなければ夜中に抜け出すことを考えていたが、またよくわからない感覚に衝き動かされ、五限を抜け出してここへきたのだ。

 彼女もサイキックならば、一体何の能力を持っているというのか。

 聖の関係者なのか、それとも幹部なのか。後者の場合はまずいが、限りなくそういう状況なのだと既に本能が告げている。


「あんたはパパの愛人?」


 そうだと答えられても驚かない自信が綺羅にはあった。

 そんなはずがないと否定できるだけの自信がまず存在しないのだ。

 貴弘の方が父親らしいと思うほどだ。それほどまでに綺羅の中で明臣の父としての存在感は希薄だった。


「あの人はそういった意味では全然相手にしてくれない人よ。どれだけ、どんな手を使って誘惑したってね。前にいた馬鹿な女は彼に愛を乞い、消えたわ」


 そうだとしても、今でも母を愛しているという証明にはならない。


「あの人は孤独、いいえ、孤独を装うとても冷たい人。そして、何も見えないから、何も見せてくれないからこそ、愛おしささえ感じるわ。絶対に愛されたくはないけれど」


 意味深な言葉を吐きながら彼女は問う間を与えてはくれなかった。


「さあ、リトル・カサンドラ、おいで」


 馬鹿な男ならばホイホイとついていったかもしれないが、それで「はい、喜んで」という方がおかしいと綺羅は思う。

 人攫いの指先は真っ赤でキラキラとしたネイルに彩られていた。

 まるで全てが虚飾で塗り固められているように。


「何それ」

「教養不足ねぇ」


 クスクスと彼女は笑うが、サングラスの向こうでは笑っていない気がした。

 わけのわからないことを言っておきながら、見下されても困るものだ。


「ギリシア神話ですよ。要するに、世に認められない予言者。ただ、あの人をカサンドラっていうのはちょっと気持ち悪いですけどね」


 答えたのは彼女ではない。

 今朝、うんざりさせられたあの声であるが、息が切れているように聞こえるのは気のせいではないようだ。


「あら、聖じゃない。協力しにきてくれたわけじゃなさそうね」


 女は驚くわけでもなく、面白そうに笑う。その顔が向けられた先に肩を上下させる聖の姿があった。ベラベラと喋って余計苦しくなったらしい。

 やはり、彼女と彼は別のようだ。

 聖の様子は獲物を捕られまいと慌てて駆け付けてきたように見える。


「可愛い女の子連れてきちゃったりして、学校抜け出してデート? 青春ねぇ。若い内に楽しむのは罪ではないわ」


 聖のすぐ後ろには同じように呼吸の荒い優月の姿がある。同じクラスであるからこそ、不審に思って追いかけてきたのだろうか。

 だが、聖ならば、彼女が追ってくるのを妨害できたはずだ。そうしなかった理由は何だろうか。


「勝手についてきたんですよ。どうせ、ヒーラーじゃあ障害にもなりません」


 確かに彼女は敵にならない。なったとして、すぐに抑え込めるということだろう。

 しかしながら、綺羅にはどうにも言葉通りには感じられなかった。いざとなれば、人質にできるということでもないだろう。


「あなた、今朝、失敗したんですって? その上、潤が寝返ったって」

「失敗ではありません。眠れる魔女が起きたせいで、撤退せざるを得なくなっただけです。それに、彼の裏切りは初めからわかっていました。そもそも、あの人が心を掴めていなかったのですから」


 あれのどこが失敗ではないんだ、と綺羅は呆れる。

 星南はあの時、確かに彼にとって脅威であったのかもしれない。彼女の行動は予測不能だった。

 そして、潤の心を掴めたのはサイキッククラブ以外にはなかったのだろう。


「でも、あんたの裏切りもあの人はわかってるわ」

「あなたが密告したんでしょう? 覗きが趣味のおばさん?」


 聖は怯むわけでもなく、笑みを浮かべている。

 今、この瞬間、二人は味方ではなくなったようだ。

 元よりズレがあったのだろう。神藤明臣は誰もが心酔するようなカリスマ性を持っているわけではないのかもしれない。

 綺羅の数少ない記憶の中でもそういう男ではなかった。


「おばさんって言うんじゃない! 覗きでもない! ただ心が読めるだけよ! 私の才能なのよ!」

「おばさんですよ。僕の母の方が若いのでね」


 女は若そうに見えたが、サングラスを外せば案外顔に年齢が出ているのかもしれない。ただの若作りであったらしい。

 サイキックとは言っても、加齢には逆らえないということだろう。

 若返りの水は作れない。金をかけるしかないのだろう。


「あんた、あたしの力をわかっていて隠しもしなかった、その根性は褒めてあげる。バレバレの野心でよくもあの人に頭を垂れたわね」


 聖の反逆心は綺羅にもわかるほど、わざとらしいほどにあからさまであった。

 それでも、側に置いていたのは利用できると思っていたからなのだろうか。


「口先だけのリーダーに従ってる方が馬鹿なんです。仲間を集めさせたところで根こそぎ奪取。実にスマートなやり方ですよ。そして、彼の弱点は彼女だ――」


 そんなわけはない。

 聖の視線を感じながら、綺羅は一人ごちる。

 人質にしたところで弱みにつけ込めるとは思えない。ただ血の繋がりがあるだけで、愛を伴わないのだから。


「――だから、あなたには連れて行かせませんよ。全力で阻止させていただきますので、お覚悟を」

「あたしがあんたを警戒しなかったわけないでしょ? あんたのテリトリーで」


 攻撃の意思を示すように右手を前に出した聖を見て、女はニィッと笑い、合図のように右手を挙げた。

 彼女の能力が心を読むことならば、直接攻撃に転じるものではないはずだ。

 たとえ、聖の攻撃パターンを読むことができるとしても、彼の力を完全に封じられるわけでもない。消耗戦になってしまうだろう。

 だから、他に仲間がいるはずだと綺羅は周囲を探った。必ず、どこかに仲間がいるはずだ。


「えっ……?」


 綺羅が敵を見付ける前に声を上げたのは優月で、綺羅の意識もそちらに取られる。ぐらりと彼女の細い体が揺らいだ。


「優月!」


 優月の体を支えたのはすぐ側にいた聖だった。

 なぜ、敵であるはずの彼が優月を助けるような真似をするのか。紳士を気取るからこそ、思わずそうしてしまったのか。

 今度は簡単に答えが出た。そこに敵意がないのが見て取れる。

 咄嗟のこととは言っても、彼の体を動かすだけの気持ちがそこにあるに違いないのだ。


「力が入らないんです……!」

「くそっ……! あのじじいっ!」


 力が抜けているのは聖も同じようだ。悪態を吐きながら、優月を庇うようにしながら、地面に縫い付けられていくかのようだった。

 彼が睨み付ける先を追って綺羅はようやく相手を見付けた。

 その姿は老人に見えた、何やら手をうねうねと動かしている。


「ま、まさか、気功の達人……?」


 ついに綺羅の足からも力が抜けた。膝からガクリと落ちる。立っていることができない。


「さあ、リトル・カサンドラ、こっちへおいで。大人しくついてくれば、二人に危害は加えないわ」


 もう一度、赤い指先が手招きする。それは、まだ危害を加えられるだけの人員が潜んでいるということか。


「超能力ショーのデリバリーなんて頼んでないんだけどな。一日二回もさ、もういいよ。本当に」


 何が超能力なのかわからなくなってきたほどだ。

 だが、第二部は危険な香りがする。

 女と聖は同じ志を持っているわけではない。聖は妨害しにきたようだが、今は手も足も出ないようだ。しかし、少なくとも優月を守るためには動いてくれるだろう。

 聖の場合、直接明臣に辿り着くことはできないと感じた。サイキッククラブに対して良からぬことを考えているのが、わかった。だから、抵抗をした。

 けれど、彼女こそ真に忠誠を誓う幹部なのかもしれない。だからこそ、他のメンバーが駆け付ける前に大人しく従う必要があると綺羅は判断した。


「わかったわかった。行くよ」


 綺羅は両手を上げ、抵抗の意思がないことを示す。どうせ、綺羅には何もできない。


「綺羅先輩!」

「くそっ、最悪だ」


 優月の叫びと聖の悪態が重なった時、綺羅は女へと歩を進めたはずだった。

 けれど、物凄い勢いでやってきた黒いワゴン車に視界を遮られた。一歩間違っていたら轢き殺されていたのではないかというほどだ。

 黒い腕が伸びてきた。

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