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PSYCHIC CLUB  作者:
第四章:眠れる魔女を起こす
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4-2

「一騎打ちがお望みなら、応じましょう」


 聖は微笑んで右手で手招きするように挑発してくるが、まるで様になっていない。自分の領域に引き込もうとしているのが見え見えというものである。


「その気もないくせによく言うよ。でも、あんた達はまるで統率が取れてない。何人か逃げたみたいだけど?」


 綺羅は拳を振るうが、聖には到達しない。とっさに左手のペットボトルを振り上げるが、それも無駄だった。


「所詮、彼らは凡人でした。特別だって一言で何でもしてくれる単純な方々です」

「特別じゃない方が幸せなこともあるってのにね」

「まったくですね、認めてくださればこんなことをしなくても済んだのに」


 彼が言う認めるとは何だろうか。サイキック少年として持て囃されることだろうか。彼の過去など知らない。

 素人的な分析をするならば彼は自己顕示欲が強いかもしれない。けれど、認められたところでまた別の苦痛があるかもしれない。

 結局、彼の理想の楽園は存在しない。それを認め、諦め、自ら作らない限りは。


 弾かれ、崩れた体勢を立て直して綺羅は前蹴りを繰り出す。それを鳩尾に受け、聖は体をくの字に折る。

 更に畳みかけようとした綺羅の前に立ちはだかるのは特に特徴もないような男だった。

 彼は手に持った瓶の中身を口に含み、ライターを取り出す。

 即座に身の危険を感じて綺羅は後退するが、吹き出された炎は眼前に達する勢いだった。


「……あんた達の仲間の定義って何なのさ」


 火吹きは超能力でも何でもないことだ。それを発火能力者の前でやって見せるのだから笑えてならない。


「ポーンも必要なんですよ」


 純粋にサイキックだけでは戦力にならないというのは彼らも同じことだろう。どんな言葉で誘導したのか、金品でも与えたのか、どちらにしても絆など欠片もないのが見て取れる。逃げ出す者、傍観を決め込む者、誰も本人が思うほど聖にリーダーとしてのカリスマを感じていない。

 体勢を低くして前に踏み出した綺羅は火吹き男の足を払う。彼もそれ以外の芸のない男なのだろう。無様に尻餅をついて後退る彼を一瞥して綺羅は聖に向き直る。


「大人しく来てください。そうすれば、今は彼らも見逃しましょう」

「駄目、絶対に駄目!」


 叫んだのは星南だったが、そんな大声も出せたのかと感心する場合ではない。

 彼の能力を攻略するにはどうしたらいいか、綺羅は考える。左手には相変わらずペットボトルが握られていて、まさかこんな物を片手に戦うとは思っていなかった。

 だが、今はそれだけが武器だ。いっそ火吹きがアルコールを口に含んで噴射したようにしてみるかとは思っても、綺羅にもそれなりにプライドがある。いっそ、これが毒霧だったならば、まだ効果もあったかもしれない。だが、綺羅はプロレスで見る赤や緑の毒霧の材料が何であるかを知らなかった。


 そんな考えを読まれたのか、突如綺羅の手の中でボトルが破裂した。

 けれど、綺羅は怯まなかった。ペットボトルの残骸と共に手から滴る水を聖へと飛ばし、彼がとっさに目を閉じた瞬間に距離を詰め、彼の腕を捻り上げる。


「今、さすまた部隊が近付いてるよ。さぁ、どうする? 面倒は避けたくない?」


 はったりだ。

 星宿寮は他の学生寮や職員寮と離れた所にあり、校舎からも遠い。

 だが、彼は少なからず、綺羅に予知能力があると思っている。それに、長引かせるのは彼としても本意ではないだろう。


「今日のところはここまでにしましょう」


 綺羅は手を離す。


「行きましょう。元々、挨拶で終わるだろうとあの方もおっしゃっていましたしね」


 彼が背を向けた時、綺羅は油断していた。せめて見送ってやろうと思っていた。

 それなのに、体は妙な浮遊感を覚え、それから衝撃に呻く。一瞬たりとも彼の能力を忘れるべきではなかったのかもしれない。

 あるいは、同じ能力を持つ者が他にもいる可能性を考えておくべきだったのかもしれない。


「いずれ、また」

「またはない。二度とこないで!」


 星南は気丈に叫んでいたが、彼らはきっと何度でも来るのだろう。



「綺羅!」


 叫び駆け寄ってくるのは星南を綺羅はぼんやりと見た。今の彼女はまるで別人のように感情を露わにしている。

 彼女でもこんなにも大きな声を出すことがあるのかと思うが、それを口にしたら今度は綺羅が怒られるかもしれない。


「立てる?」

「ちょっとぶつけただけだからね」


 たかが飛ばされたくらいで骨折をしたわけでもない。

 よっ、とかけ声をして立ち上がろうとするが、立てなかった。腰が抜けてしまったようだ。

 それを見た星南は何を思ったのか、綺羅の両脇の下に手を差し込み、そのまま引っ張ろうとする。


「いや、やめて、引きずらないで、立つから、立つから!」


 肩を貸してくれればいいのに、とは思うが、彼女も動揺しているに違いない。

 その時、綺羅の元に大きな影が落ちた。


「ったく、俺を無視すんなっての。薄々気が強いとは思ってたけどな……」


 同じく吹き飛ばされていた潤が綺羅を見下ろしていた。


「ほらよ、神藤」


 差し出された手を綺羅は躊躇うことなく掴む。それから、星南に支えられる。

 どうやら星南は潤が綺羅に触れるのを嫌がっているようだ。


「あーあーあー、なるほど。うんうん、言わなくてもわかるよ。あたしは行くから」


 二人に気を利かせようとしたのだが、星南に掴まれた。


「ほら、照れない照れない!」


 てっきり嫉妬心からだと綺羅は思っていた。恋心のわかる女だと思っていたつもりだった。

 だが、むぎゅっと星南に頬を引っ張られた。痛いと言っても星南はやめてくれなかった。


「おい、森谷!」


 潤が制止の声を上げれば、星南がきっと彼を睨む。

 つまり、この二人仲が悪いらしい。星南が一方的に彼を敵視しているようだが。


「あーあー、潤が嫌われてるのか。なるほどなるほど」


 サイキッククラブを裏切ったから、彼は嫌われたのだろうか。あるいは、その前からなのかはわからない。しかしながら、潤の方は星南をどこか心配そうに見ている。


「まあ……元々だ」

「何かしたんじゃないの? お風呂を覗いたとか、下着取ったとか、体触ったとか……」


 綺羅の中で男が女に嫌われているということは即座にセクハラに結び付いた。


「誰がするか!」


 潤は渋い顔をしているが、星南は彼を見ないようにしている。


「女三人とも気が強くてあいつらも大変だな……」


 確かに優月も頑固なところがあると綺羅は思う。しかし、三人に自分が含まれているということは認めたくなかった。

 寮の前まで歩いて、星南が潤を一瞥した。


「おいおい、何だよ。扉開けろってのか? 俺はドアマンか?」

「何、あんた、普通に入ろうとしてんの、って顔してるよ」


 綺羅が適当なことを言えば正解だったらしく、星南は頷いた。


「俺はあっちでも裏切り者だからな、普通こういう場合古巣に帰るだろ」

「戻れて当然って顔が気に食わないみたいよ」


 また綺羅の通訳に星南が頷き、潤は頭を掻く。


「説明しなきゃなんねぇだろ。お前は俺に謝罪の場を与えないつもりか?」

「土下座で出待ちしてれば?」


 今度は綺羅の意見だったが、星南も大きく頷いた。


「お前ら、ほんと鬼だな……」


 潤は困り顔をしていたが、扉が開き、さっと後ろに避けた。

 顔を出したのは流だった。


「いつまで、そこにいる気ですか? こっちには待てない人がいるんですよ」


 光翔のことだろうか。流の様子から何も気付いていなかったわけではないだろう。光翔が飛び出してこなかったのが不思議である。尤も、彼が出てきたら面倒なことになっていたはずだ。


「俺もか?」

「当然でしょう? と言うか、君に言ってるんです。さっさと入って懺悔してください」


 流は二人とは違った。しかし、無条件に中に入れるわけではない。


「ここにも仏の顔した鬼がいたな……」


 溜息を吐いた潤は案外苦労人なのかもしれない。



 ラウンジに入れば、優月が駆け寄ってきたが、綺羅は制する。ただの打撲であり、それは潤も同じことだ。

 部屋の隅で叶多はなぜか仁王立ちをしていたが、潤に気が付くとすぐに顔を綻ばせた。


「あ、本当に潤先輩だ! 真っ赤っ! トマトみたい! トマトトマト!」


 もしかしたら、叶多にとっては良き遊び相手だったのかもしれない。指さしてキャッキャと笑っている。


「お前、相変わらずチビだな」

「潤先輩がチビチビ言うから、体が成長を放棄したんだもん!」


 潤が目の前に立って見下ろすようにすれば、叶多はぷくっと頬を膨らませた。

 何だそりゃ、と言いながら潤は楽しそうに笑っている。中に入っただけで戻れた気でいるのだろうか。まだ義務を果たしていないというのに。


「お前はあれか、相変わらず幽霊が怖いのか?」


 潤が見下ろす先には正座をする仏頂面の光翔がいた。


「潤、てめぇ、戻ってきたと思ったら言うことがそれか?」

「別に戻ってきたわけじゃねぇよ。戻らせてくれない鬼がいるからな」


 星南が潤の背中を睨んだが、彼は気付かなかったようだ。

 彼も弁えているようだが、そんなことは綺羅にはどうでもよくなってしまった。


「ねぇねぇ、幽霊ってなんのこと?」


 光翔の恨みがましい視線を見ればそれが彼の弱みであることはわかる。


「こいつ、霊感がある。裸眼だと人間と幽霊の区別が付かなくて怖いから見ることを放棄する。まあ、コンタクト入れてても逃げるけどな」


 ニヤリと振り返った潤が笑う。

 意外なエピソードであった。流達はそんなことまで教えてくれなかった。

 だが、引っかかりが解消された瞬間でもあった。初めて会った時、彼はコンタクトレンズを落として綺羅さえどこにいるのかさえわかっていなかった。わかろうとしなかったのだろう。


「こ、怖いわけじゃねぇ! 昔、神隠しに遭いそうになったってだけだ」

「どうだか、生身の人間にホイホイついていきそうになったのを恥ずかしいから隠してるんじゃないの?」

「ちげーよ! 何なんだよ、二人揃って!」


 必死に否定する光翔は図星なのだろう。


「仲がいいですねぇ、先輩方」


 叶多はニヤニヤしているし、優月もどこか嬉しそうだが、星南はやはり険しい顔をしている。


「潤はあたしを連れて逃避行したかったみたいだからね」

「誤解されるような言い方してんじゃねぇよ。あれは……」

「って言うか、あんた、何正座してんの?」


 潤の弁解が終わるより前に綺羅は光翔を見下ろした。彼は大人しく正座をしている。


「正座できないと、ちゃんとした大人になれないんだよ」


 光翔はもう限界のようであったが、誰も彼が姿勢を崩すことを許さないようだった。拳を握り締め、必死に耐えている彼を笑って見ている。


「潤、笑ってないで君もそこに正座です。言うことがあるでしょう?」


 ぴっと流は光翔の隣を指さす。さながら『おすわり』を命じているようでもある。

 渋々、正座をした潤は深々と頭を下げた。床に額を擦り付けるほどの土下座である。



「本当にすまなかった」

「潤、顔を上げてください」


 一言は重く、決して口先だけではない謝罪だった。

 流もそこまで求めて言ったつもりではないのだろう。他のメンバーもあたふたし始め、星南でさえ困ったようにしている。


「何でだよ、潤……俺達、仲間だったのに、どうして、出て行った……!?」

「気の迷いだ。悪の組織に魅力を感じることだってあるだろ。俺はお前らとは違う。そう思った」


 おそらく嘘だと綺羅は直感する。彼はにわかに流を警戒している。光翔は気付かないだろうが、《人間スキャナー》までは欺けない。

 それでも、潤は彼らを守るためだったとは言わないだろう。心から背いたわけではない。守るための裏切りだった。だから、呪縛が解けた今、戻れると思っていた。

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