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Snow knows

とある時代の、とある雪原にて

吐く息が白い。いや、白いはずだ。私が吐いた白いはずの息は、外界の白に溶け込んでしまうから、私は経験から吐息が白いことを判断しなければならない。

 目の前に広がるのは、白の世界。

 空も、大地も、地平線がどこに引かれているか分からないくらいに、同じ白に染まっている。不気味な世界だ。まるで時間や時空を越えたかのような、不思議な感覚。この非現実的な現実は、いつまで保てられるのか。

 でも、と私は振り返る。

 背後に広がるのは、足跡と赤の世界。

 私の歩いてきた道。私が歩んできた道には、間違いなく現実があった。一面の白を汚す足跡に、点々と不規則に散らばる赤い模様。でも、その現実は私が待ちわびていた現実じゃない。赤――私が流した血――は、つい先ほどまでの過去を思い出させるからだ。

 だから、私が雪を踏みしめる音は、永久の秩序が破壊されていく音だ。誰もが信じた、「平和」という名の秩序が。

 私は真っ赤に染まる腹部を押さえたまま、鼻で笑う。助かるはずがない、と。これだけ白を赤で染めれば、すぐにインクなんて切れるものだ。やがて全身を満たす運び屋は職を失って、すぐに活動をやめるだろう。そしてこのまま歩き続ければ、更にその終わりは早くおとずれる。

でも、私は歩き続けなければいけない。アテのない充足を求めて。結局、私が求めていたのは「楽園」だったのだ。

人々はこの社会を「楽園」といった。産業革命からこのかた、世界中が追い求め始めた「自由」や「権利」は、近代の社会システムの変化によって次々に保障されていき、人々を拘束していた鎖は次々に解かれて「自由」へと転身していった。人々はそうやって形成された社会を、「楽園」と呼んだのだ。永久に絶えることのない、楽しい人生が保障された社会。

でも、何かが欠けていた。全てが水平化されて、自由の範囲が拡大された社会に必要な、「柱」なるものを。私は断言できる。保証された「自由」は、やがて横暴な「放縦」へと豹変していったことを。

社会は自ずと反乱因子を製造した。この停滞してマンネリ化した社会を変えようとする者たちを、図らずとも生み出した。それは必然のことであって、始まりと終わりがセットになっているように、宇宙の法則の一つだったといえる。

不意に、目の前が揺らいだ。どうやら自分の体が終わりを迎えたわけでは無いことを確認し嘆きつつも、私は揺らいだ原因を把握した。それは、私が不気味な世界から解き放たれたことを言わずもがな表していた。

地平線が現れて空と陸は綺麗に寸断され、空はいつのまにか灰色に染まっていた。私は一気に三次元の有限の世界へと引き戻され、前方の幻想と背後の現実をリンクさせられた。

瞬く間に私を襲う、本来のリアル。

 私は突然腹部に激しい痛みを感じて、その場にうずくまった。このままいけばあなたは必ず死ぬ、という器官からの最後通告はまるで、私が上官から受けた命令のように、残酷で理不尽なものだった。

 ――反乱を止める最後の防衛線は、私だった。

表立った軍事力は真っ向から廃止され、民の善意だけが秩序を守る脆弱な社会には、秘密裏に組織される機関が必要とされていて、私はそこのエージェントだった。平和国家の維持は私たちのおかげだったといっても過言ではない。私は、私の先輩は、日々増加していく反乱因子を抑えるために、戦っていた。

でも、反乱は予想以上に膨れ上がった。戦後の日本が朝鮮戦争の特需で得た多大な富のように、爆発的に。国家や社会体制を転覆せしめんとする者たちのあがきは、無駄に見えて、実は着々と進行していたのだ。

 強い眠気が襲ってきて、私は自分の体が冷え切ったことを悟った。鉛を巻きつけられているかのように足が重く、脳は腹部の傷と合わせて危険信号を発している。でも、ここで私は死ぬわけにはいかない。少しでも歩いて、私は何処かに向かっていたという証拠を得たい。全てが水平に動いていく社会の中で、少しでも上に向かって動いていたという実感を。

 私は歩く。足元に積もる雪を掻き分けて、朦朧とする意識を抑えながら、白い大地に一本の線を引いていく。

 ――反乱の拡大は、機関の縮小を意味していた。仲間は次々に捕らえられ、拷問され、殺されていった。中には死を自覚せずに死んでいった者もいる。機関が数百年という時間を使って形成した独自の情報ネットワークは、わずか数日で根絶した。

 今でも覚えている。私の友が目の前で、真紅の華を頭部から咲かせる瞬間を。

 戦力を失った機関が行なった最後のあがきは、敵の核を叩くことだった。外から叩いて駄目なら、内側から爆発させれば良い。私は、その爆薬になれと命じられた。女という性を利用して首領に近づき、情報を吸い出し、組織を弱体化させ、やがて暗殺する。暴虐に包まれたこの国家が出来る最後のあがきは、一人の脆い女に全てを押し付けることだった。

 灰色の空が私を見下ろす。私はそんな空を睨み返しながら、ずっと、白の大地に線を引いて行く。気温が下がったようだ。やっと見えた吐息の白さが、死の淵の私を更に追い込んでいく。

 全部失敗だった。最初から、彼は私がハニートラップを仕掛けていることを知っていた。機関が失った膨大な情報網は、逆に彼の所有物となっていたのだ。

 反乱が最高潮に達したその日――それは今日なのだけれども――私は彼から全てを伝えられ、銃を向けられた。無機質で武骨な銃を、私の瞳に。仮にも、表面的にも、愛し合ったはずだったのに。

 私がそんな命の危機を脱せたのは、機関で習得した近接格闘術のおかげだといえる。私の水晶のような瞳は打ち抜かれることなく、命を失うこともなかった。――代償として、腹部に被弾したのだけれど。

 秩序の崩壊を具現化した都市襲撃の大混乱を背に、私は逃亡を図った。自分が流す血も、涙も、全て押し退けて。何かを掴みたくて、真実を掴みたくて、――実感が欲しくて。

 もう駄目だ、と私は歩みを止め、膝から崩れ落ちた。結局何も分からなかった。何処が何処でどう間違ったのか、結局何処へ向かうべきなのか。

 腹部から流れる血も、量が減った気がする。もう流すものもないのだ。ここまでくれば脳はもう諦めたようで、私を制そうとする鎖はもう消えていた。それが、もう脳が機能停止に近いことを告げていることを、私は知っている。

 その時、頬が冷たくなるのを感じた。涙ではないようだ。涙がこんなに、突き刺すような冷たさを放つはずがない。

 私は顔を上げた。雪だ。まるで桜の花びらが降り注ぐかのように、白の花びらがひらひらと降り注いでくる。

 じきに雪は積もる。私はもう駄目だ。ここが、私の墓地となるのだ。

 私は小さく自嘲し、真っ赤に染まるポケットから武骨な銃を取り出した。数年間、私の命を守ってきたグロック。――これが、私の墓石になるのだろうか。

 この愛銃で、自分を撃ち抜くことはしたくなかった。雪をこれ以上、汚すつもりはない。

 結局は掴めなかった理想を、私はため息で一蹴する。そんなものを、私は追い求めてはいけないのだ。追い求める権利など、ないのだ。

 ――その時、平穏を打ち破る波が私の耳を襲った。グロックを握りなおした私は、即座にそれが、ヘリのローター音だということに気づいた。不思議なものだ。私は、さっきまで自分を撃つか撃たないかで迷っていた銃を握って、敵を迎え撃とうとしている。

 私は重たい体を翻して、背後に現れたヘリに銃口を向けた。真っ白な地面と対照的に黒に染まるグロック、そして血痕が視界に映り、私はその光景に言い知れぬ美しさを感じた。

 ヘリから一本のロープが垂らされ、瞬時に武装した男が地面に降り立った。一世代前のアサルトライフルを携え、私に明確な殺意の色を見せてくる。

 思わず、私は目をつむった。

 彼だった。彼は惜しげもなく私に銃口を向けて、一歩一歩、雪を蹴散らして向かってくるのだ。

 私は再びを目を開けて、天を仰いだ。降りしきる雪が、私を包み込んでいくような気がして、私はたちまち現実から逃避出来た。これが最後の逃亡ね、と私は彼に向けたグロックの先っぽを、自分の頭部に押し当てる。

 やはり罪を犯した者に、綺麗な死に際は与えられないのだ。それが例え国家に踊らされていたとしても、それは罪になる。

 私の横たわる雪原は、鮮血の赤に染まるのだ。最後に私が身を投じるリアルなのだ。

 社会はこれから大きく変わっていくだろう。反乱因子が統治者となって、今の「悪」が「正義」となる社会に。柱だけが存在する社会に。

 グロックの冷たさがよく伝わってくる。良いリアルね。

 降りしきる白い妖精が、私を囲む。まるで私はネロとパトラッシュみたいだ。でも、ごめんなさい、妖精さん――私は天国には行けない。

 ヘリのローター音が消えた。風の音が消えた。彼の足音が消えた。音がストライキしたか、それとも耳がイカれたのか、それはよく分からない。

 人差し指に力を込めると、引き金は素直に引かれた。

 ――銃声は聞こえなかった。銃口から放たれたわずかなマルズフラッシュが私の視界に入ったけれど、その視界は瞬時にグロックと同じ黒に染まって、私は永遠の闇へと叩き落された。

 ――私は、どんな表情をしてるんだろう。笑ってるのかな、泣いているのかな、それとも、とびっきり醜いのかな。私は確かめられないし、誰かに聞くことも出来ない。





 ――知っているのは、私を包む雪だけだろう。
















 ――Snow Knows


雪の表現はしっかり出来ていたでしょうか?何処の国でどんな時代だったのか、分かっていただければ幸いです


それにしても





とんだ厨二小説でしたw

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