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ゆたかの怪奇列島第12章「テケテケ」  作者: こうた


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第5話「無視」

音は、まだ鳴っている。

“カッ”

近い。

“カッ”

遠い。

同時に存在する。

だが——

誰も振り向かない。

ななは歯を食いしばる。

「……見るな、見るな……」

視線を落とす。

怖い。

本能的に、確認したくなる。

「どこにおるか知りたい」

その欲求を、押し殺す。

ゆたかが低く言う。

「それが一番あかん」

一拍。

「見た瞬間、距離が成立する」

神父が静かに補足する。

「観測=固定です」

人面犬が笑う。

「見なきゃ“そこにいる”って確定しねぇってことだ」

“カッ”

音が真横で鳴る。

ななの肩がビクッと揺れる。

だが、振り向かない。

「……無視や、無視……」

ゆたかが言う。

「正解や」

一拍。

「関わったら負けや」

その瞬間。

空気が少しだけ軽くなる。

“カッ”

音が遠くなる。

神父が言う。

「干渉が弱まっています」

ななが息を吐く。

「ほんまに……効いてる……?」

人面犬が鼻を鳴らす。

「完全じゃねぇけどな」

“カッ”

今度は前。

だが誰も見ない。

存在を認めない。

ただ、歩く。

ゆっくりと。

桃太郎はそのまま進む。

無心で。

その周囲だけ、空間が安定している。

ゆたかが呟く。

「無心と無視」

一拍。

「これが対処やな」

ななが小さく笑う。

「戦ってへんやん……」

神父が言う。

「戦闘ではありません」

一拍。

「回避です」

その時だった。

“カッ!!”

音が急に強くなる。

近い。

明確に、近い。

ななの呼吸が乱れる。

「……あかん、来てる……」

視界の端に、白いものが入る。

細い。

長い。

歪んだ“それ”。

ななが反射的に顔を向けそうになる。

だが——

止める。

目を閉じる。

「……見ぃひん……」

ゆたかが言う。

「そのままや」

神父が続ける。

「観測しないでください」

人面犬が低く笑う。

「いい根性してるじゃねぇか」

“カッ”

音が、すぐ後ろで鳴る。

だが——

何も起きない。

接触しない。

存在が“成立しない”。

なながゆっくり目を開ける。

振り向かないまま言う。

「……おるんやろ?」

誰も答えない。

だが、確実に“いる”。

それでも——

何も起きない。

ゆたかが静かに言う。

「それでええ」

一拍。

「関係持たんかったら、向こうも何もできん」

神父が補足する。

「接触条件が満たされていません」

人面犬が笑う。

「無視されると成立しねぇ怪異か」

空気が少しずつ軽くなる。

歪みが薄れていく。

“カッ”

音が遠ざかる。

今度は本当に遠い。

ななが息を吐く。

「……終わり?」

ゆたかが首を振る。

「まだや」

一拍。

「ただ、“来れんようになった”だけや」

夜は静かに戻り始める。

だが完全ではない。

どこかにまだ“ズレ”が残っている。

ななが小さく呟く。

「これ……おるんやんな、まだ」

ゆたかが答える。

「せや」

一拍。

「おるけど、関われへん」

神父が静かに言う。

「共存状態です」

人面犬が笑う。

「いいじゃねぇか」

一拍。

「それで生きてけるならな」

遠くで、最後に一度だけ音が鳴る。

“カッ”

それはもう、脅威ではなかった。

ただの“現象”だった。


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