聖女の転職~剣士適正がA判定だったの忘れてた~
私エレノアは聖女である。
しかし、特別な存在ではない。
この世界では聖女が職業として存在する。
ちょうど私が就職活動をする年に景気が悪くなり、どこの業種も雇用を控えた。
いつまで経っても就職が決まらない。
もやは当時、血迷ったとしか思えないが聖女職も受けてみたら合格したのだ。今思えば人手不足だっただけだろう。
そこから転職なんて考える暇もなく仕事に明け暮れ、気が付けば10年経っていた。
辞めたい。
そんなこと言える状況ではなかった。仕事云々以前に、教会のお偉いさんの一人に(ちょっと遠縁だけど)親戚のおじさんがいるのだ。
たぶん、就職が決まったのもコネがあってのことだと思う。
おじさんが役職についている間は辞められない。勝手にそう思っていた。
そうしていたら「若い子に大変な仕事を任せるとすぐ辞めるから」という理由でどんどん負担が大きい仕事が増えていった。
正直、もう身がもたない。
辞める。もう病める。じゃない辞める。
あとのことなど知ったことか。私が元気なうちに若い子に仕事を覚えさせなかった職場が悪い。
そうしてこの春、私は聖女を辞めた。
辞めてから1週間。
何もできなかった。疲れが溜まりすぎて動く気力がなかった。食欲もなくずっとベッドの上にいる。
両親からは心配されたが、応える元気がなかった。
ようやく動けるようになったのは仕事を辞めてから3週目に入った頃だった。2階の自室から1階のリビングへ行ってご飯を食べられるようになった。
これからどうしよう。
ぼんやりと思うが、何もする気になれない。転職活動なんてしている余裕がなかった。
休日はほとんど家から出られずに過ごしていたからだ。
やっと出歩く気力が戻ってきて町を歩く。
日差しが痛い。目がシパシパする。
「よっ!」
元気な声がかかった。顔を上げると幼馴染のディリスがいた。青い瞳がにっこり笑っている。
「教会辞めたんだって?」
「おー……」
気力なく答えると、さすがに心配されたらしい。そのまま近くの喫茶店へ連れていかれた。
「お金持ってきてないよ」
「いいよ、私が出すから」
ディリスは私にアイスティーとスコーンを、自分にコーヒーとケーキを頼んだ。
私はディリスの家族構成を思い出しながら尋ねた。
「そういえばメリッサちゃんと旦那さん元気?」
「元気よー。旦那は出稼ぎ行ってるけど」
ディリスは数年前に結婚して女の子を産んでいる。もう6歳くらいになるか。
「これからどうするか、決めてんの?」
心配そうにディリスが聞き返した。
「いや、何も」
私は簡潔に答えた。ホントに、何も決めていない。
この年で、女で、技術もない。正社員の再就職は難しいかもしれない。
「でもアンタさ、剣士適正A判定だったじゃん。冒険者になって、薬草取りとかならできるんじゃない? 教会で薬草とか扱ってたでしょ」
ディリスが学生の頃の遠い記憶を引っ張り出してきた。
そう言えば、就職活動前の適職診断みたいなヤツで唯一のA判定(最高値)が剣士だった気がする。ちなみに聖女はB判定でギリ適正内だった。
それを親に見せたが冒険者はさすがに反対されてなるのを諦めた。そこまで冒険者に対する憧れもなかったから親に反対されてまでやる気が起きなかった。
だからといって騎士団に入る気にもなれなかった。
「冒険者かぁ。体力戻すところから始めなきゃ」
「そのための薬草の採取だよ」
薬草取りをリハビリにする冒険者がどこにいる。いや、やろうとしている奴がここにいる。
「そうだね。ちょっとギルドにいってお仕事だけでも見てこようかな」
ディリスのおかげでちょっぴり気力が湧いてきた。
ありがたくスコーンをごちそうになり、冒険者ギルドへ足を向ける。
この世界にも冒険者はいる。町の雑用をしたり、必要な薬草を取ってきたりしている。
時には魔物の討伐もある。
うちは田舎だけどそんなに大きな被害はない。今のところ。
事務仕事もしてたからギルドの受付とかお手伝いできないかな。
もしくは冒険者パーティに援護役として入れてもらうのもいいかもしれない。
いや、ダメだ。内勤だったせいで体力がまだミジンコだった。足手まといになる。
やっぱり薬草集めとかならひとりでできるかも。
そう思って依頼が張り出されている掲示板を見た。
いろんな種類の依頼があった。新しい紙から古い紙まで様々だ。
コレ、ずっと残ってるんだろうなー。
少々黄ばんだ紙の依頼を読んでみた。
依頼は『桂皮の枝』の採取。
え、こんな簡単な依頼。何で誰もしてないの? 報酬だって少なすぎるわけじゃないのに。
しかも、皮剥がなくていいなら楽。
他にも荷物運搬の手伝いやら犬の散歩やら平和なものもたくさんある。
とりあえず、両親には心配もかけたし一言相談してみよう。
家に帰って冒険者の件を両親に相談してみる。
案の定、心配はされたが無理をしない程度で仕事をする、という条件で了承を得た。
そう考えると、冒険者って自分の裁量で仕事できるからいいよね。
最悪、魔物に襲われても教会で覚えた防御魔法でガードしまくって逃げてやる。
まずはギルドで冒険者の登録をしなければ。
受付のお姉さんから記入するよう指示された欄に名前や性別、生年月日などを記入する。
「では、この水晶に触ってください」
言われるまま、冒険者登録用の水晶に触れる。ひんやりツルツル。良い手触り。
ペカッと光ったのを見て、受付のお姉さんは書類に何かを書き足していく。
「エレノアさんは剣士が適正職ですね。聖属性魔法もお持ちのようですが……」
「あ、前職は聖女でしたので少しだけ」
私が答えると、お姉さんは「なるほど」と頷いた。また何か書き足している。
しばらくして手続きが完了し、ギルドカードを手にすることが出来た。これに冒険者のランクはもちろん様々な個人情報が登録されている。依頼の達成状況なども追加されていく仕様だったはずだ。
表にFランクと記され、さらに思い切り大きく剣士って書いてある。
まだ剣士なんて名乗れないんだけど、そもそも私が本当に剣を振って戦えるんだろうか。
最初の依頼は狙っていた『桂皮の枝』の採取。無事に受付してもらえた。
とにかく装備を整えよう。山に入らないといけないから服装は、まあジャージでいいか。学校のがある。
軽い、丈夫、乾きやすい。ジャージ最高。
あと長靴は大雪に備えて買ったゴツイ奴がある。大雪に備えて買ったのに、その年ほとんど雪が降らなかった。奮発した私の思いを返せ。
剣は武器屋さんにある一番軽いものを選んだ。腕力もないからこれくらいがちょうどいい。あと採取用のナイフも忘れない。
おっと、帽子も忘れちゃいけねぇ。
今日はこんな感じでいいや。すぐそこの山に行くだけだし。険しい山でもない。
道に沿って山を登っていく。
確かこの辺から左に行くと木があったはず。わさっと小さな枝葉をかき分けて山の中に踏み入った。ゴツイ長靴のおかげて全然苦にならない。奮発してよかった。
ちなみに桂皮とはいわゆるシナモンのことを指す。お薬としても使用されるので、その依頼だと思う。
ただ、シナモンの枝じゃなくて桂皮の枝と書いたことで誰もその正体がわからず放置されていたらしい。(受付のお姉さん談)
ちょっと進むと、すぐに見つけた。薬草を取りに来た時に見つけていて良かった。
採取用のナイフで枝を採る。余計な葉も落として、五本くらいあれば良いって書いてあったからこんなもんか。
さ、用が済んだらさっさと退散。余計な仕事はしないぜ。
枝を縛って来た道を戻る。
長靴でがっぽがっぽ音を立てながらのんびり歩いていると、背後から嫌な音が聞こえてきた。
馬車が走る音だ。しかも滅茶苦茶スピード出してる。
え、やだ。振り返りたくない。
と、思ったら追い抜かれた。
続いて、ブーンと言う低音。生物の危機察知能力を刺激するこの音。
ハチだ。向こうの森に棲んでいるオニオオバチ。
モンスターの危険度ランクD。団体になるとランクがBに跳ね上がる。とんでもないハチさんなのだ。残念ながらもう団体だ。10体近くいる。
HRじゃなかった冒険者ランクFの私になんとかなるわけない。
走るけど、頑丈な長靴がそれを邪魔する。ああ、こんなことになるなんて!
このまま走っても追いつかれるし、町に侵入されかねない。
「えいや!」
気合と共に防御魔法を張った。ドーム状に張った幕の中には奴らは入ってこられない。助けが来るまでこのまま引き付けよう。
案の定、オニオオバチは私に狙いを定めて攻撃してきた。強靭なその顎で防御壁を壊そうと噛り付いてくる。
ガッガッてすごい音するんだけど、怖い。
……これ内側から攻撃できないのかな。
私は剣を抜いて、そっと防御壁に突き刺す。スッと剣が通り、オニオオバチの頭に刺さった。
「あ、すり抜けた」
いける。これならいけるぞ! こんな便利機能付いてたのかキミは! さすが聖属性防御魔法! 便利だぞ!
私はプスプスとオニオオバチを次々と刺していく。次々にハチの死体が積みあがった。
オニオオバチを6体ほどやっつけたところで、彼らは襲うのを諦めて引き返していった。
た、助かった。
「おーい! 大丈夫かー!」
町の方から冒険者らしき人たちが駆けつけてきた。
「大丈夫でーす!」
私は大きく手を振って無事をアピールする。
「げっ! オニオオバチ!」
道に転がってるオニオオバチを見つけた冒険者が声を上げる。
そりゃそうだろうよ。こんな体長60㎝近いハチがゴロゴロ転がってたら。
「君がやったのか?」
「あ、はい。やっとやっとでしたけど」
正直に事の次第を話す。
防御魔法ありきの戦闘だったが、それでもすごいと褒められた。
この後、倒したオニオオバチを皆さんにも持ってもらってギルドへと帰還。
桂皮の枝と一緒に提出した。依頼も完了。オニオオバチの討伐分も報酬を貰えた。
なんでも、最近大繁殖して困っていたらしい。もしかしたら討伐依頼が来るかもしれないそうだ。
今回の件で呼ばれるかな。やだなー。まだのんびりしていたいのに。
何てこと考えていたら、後日こんなあだ名がついた。
『ジャージの剣士エレノア』
ジャージだったのはたまたまですけど!?
そしたら顔見知りの防具屋のおっちゃんがちょっといい素材でジャージを仕立ててくれた。私が好きな藍色で。
ありがたいけど、私ジャージしか着れなくなっちゃうよ!
それを見たディリスが笑いを堪えて「良かったね」と言ってきた時は一発入れようかと思ったけど、娘のメリッサちゃんが「エレノアちゃんかっこいい!」って言ってくれたからチャラにしてやる。
――こうして、ジャージの剣士エレノア(実は剣士適正A)の冒険は始まったのだった。
ジャージ最高
別の連載作品もあるのでよろしければご覧ください。




