きもちわる
伸次は昭次を探し出してやろうという気持ちでいた。
両親はそうでなければ元気にはならないだろうと思った。
志郎と泰彦も昭次を探すことをやめなかった。
平成十三年・一月三日、伸次が街を歩いていると、目の前に黒い怪人が現れた。黒い怪人・次郎は自己紹介をしながら伸次に近づく。そして、十分な距離が稼げると、今度はは殴りかかった。
伸次は横にそれて攻撃を躱そうとするが、拳から突き出た触手が伸次の心臓を貫いた。
「心臓貫けば一時間くらいは動けなくなるだろ」
「なんなんだよ‥‥‥」
伸次はびくびくと全身を震わせながら立ち上がる。
「なんなんだお前! 施設にいたときも! なぁ‥‥‥いや、あんた‥‥‥お前、兄ちゃんだな」
「違うよ。顔を見せてやる」
「違わない。言葉の語尾を息はくみたいに言うのは昭次と一緒だし、そもそも瞬きのタイミングが昭次と一緒だ。その顔は嘘の顔だ。皮膚の質感が本物でない!」
「きっ‥‥‥」
次郎は「ぎもちわる」と言いかけた。
伸次の言う通りで、次郎はフェイクフェイスの人工皮膚を貼り付けた偽物の顔で、本当の顔は昭次だった。
「きもちわる」と言ってしまえば、自分の正体が昭次であることを認めてしまうものなので、「きもちわる」は抑えた。
「‥‥‥きみは、君は思い込みの強い人間なんだな。俺は君の兄ではない。悪いね、希望に添えなくてね」
「誤魔化すんでいけないよ。ねぇ、ねぇ兄ちゃん。俺は兄ちゃんにはなれないんだよ。頼むよ、帰ってきてくれよ。父さんも母さんも昭次がいないから毎日疲れた顔してんだよ、みんな、みんな兄ちゃんいないといけないって思ってるよ!」
「人の話を聞かないとならない」
「冗談言っていけない! 昭次! 俺、昭次のことわかるよ! 昭次! 昭次! 昭次ィ! 昭次! ねぇ兄ちゃん! 昭次兄ちゃん! 帰ってこなきゃならない! 昭次兄ちゃんずっとそばにいてよ! ねぇ、俺怖いよ! 昭次兄ちゃん! たのむよ、昭次! 昭次ィーッ! 昭次、はぁ、ああ、昭次! ねぇぇええ! 昭次! 昭次!」
「きもちわる。あっ言っちゃった。‥‥‥まぁ、懲らしめておこうと思ったけれど、駄目だな。ボコボコにする」
「昭次! なんで!?」
二人は同時に怪人に変身した。
白い怪人と黒い怪人。黒い複眼と赤い複眼。
触手がぶつかり合う。触手がはじけ合い、あたりに血が飛び散る。互いの触手が全部ちぎれ終わると、今度は拳と拳をぶつけ合った。
昭次は内心で驚いていた。
『前より断然強くなっている‥‥‥神石の力だとしても恐ろしい』
伸次は心のなかでただ昭次のことを叫び続けていた。
伸次は昭次に戻ってきてほしくて必死だった。父と母の事を考えると、帰ってきてくれたほうがいいと思っていたのだ。
四肢をねじ切ってでも連れ戻す。心臓を機械にしてでも連れ戻す。両目を潰してでも連れ戻す。ケツから臓物を引っ剥がしてでも連れ戻す。心を壊してでも連れ戻す。絶対に連れ戻す。連れ戻す。自分の身体がどうなろうと連れ戻す。鼻を潰して、喉を塞いで、覆い被さり、自分の事だけしか考えられなくなるようにしてでも連れ戻す。
「昭次、おまえは、おれの、兄ちゃんだから‥‥‥」
「‥‥‥なんなんだ君は‥‥‥」
「俺の隣から消えちゃ駄目だろ‥‥‥だって‥‥‥俺ひとりじゃなんにもできないんだ‥‥‥だから、だから‥‥‥俺は、兄ちゃんと一緒じゃなくちゃ嫌だったんだ‥‥‥それなのに、なんで兄ちゃん拒むの‥‥‥母さんが哀しんでるんだ‥‥‥父さんも哀しんでる! 今此処で組織を出たのに、戻るつもりがないのは、それは‥‥‥なんで‥‥‥!」
「君は少しおかしくなってる‥‥‥! 虚忌になったせいだ!」
昭次は伸次を突き飛ばした。伸次は尻餅をついた。
「そう簡単でないんだ、似たような見た目になったからって、同じ理屈で動けるとは限らない。俺の胸にあるのは神石と正反対の性質を持つ魔石! 人の生きる世の中に迎合できるものでない」
「迎合‥‥‥? 何言ってんの、わかんないよ! 良いから、帰ってきてよ! もうこれ以上母さんと父さんを泣かせるな! もうこれ以上俺をひとりにしないで!」
「ひとりでないくせに」
「精神的にいつもひとりぼっちだ! 兄ちゃんいないと、寂しいんだ! それをわかるんだよ、兄ちゃん!!」
「こちらの事情も考慮するべきだよ」
「だからぁ! それ家で聴くからぁ!!」
「うるさい!」
伸次は頭を蹴られてしまった。
昭次は倒れる伸次に一瞬駆け寄りそうになったが、堪えてそのまま飛び去った。伸次は「昭次」と何度も叫んだ。




