曇天に出る
ウィィィ‥‥‥ンン‥‥‥。
機械的な音がしているのも構わないで逃げていた。
その組織──名前は知らないけれど、悪──から。
気がついたらその組織の手術台の上で、少年の心臓には宝石があった。
宝石と言っているけれど、正体は不明。
ただ宝石のように見える真っ黒に染まった石がある。
心臓のかわりにそれがあることは安易に想像できた。
ハア、ハア、ハア、ハア。ハ。アハーッ。
逃げても逃げても、赤いサイレンの世界から逃げ出せない。
抜け出せない地獄のように思えて、少年は涙を流した。
呼吸は続いた。三日三晩逃げ続けたというのに。
それだと言うのに、少年の呼吸は切れなかった。
館内アナウンスは笑う男の声を流していた。
少年に埋め込んだ「石」が効果を発揮しているのだと喜んでいた。
少年はたまったもんじゃないと泣いた。
とにかく前へ前へと進んで、そして「敵」が現れれば、それを殴り飛ばす。石のせいで身体能力が普通の十歳児をはるかに逸脱していた。
自分はもう人間ではないのだと認識させられる。
だけれども、相手もまた人間ではなかった。
胸に白い石を持つ組織の怪人たちは特別な姿に「変身」していた。
自分もそうなるのだと直感すると、少年は「変身してたまるか」と考えた。
少年は自分が姿まで化け物になってしまうのを嫌った。
そうして逃げ続けると、目の前に不思議な怪人が現れた。
今まで見たような量産的な見た目の怪人とは違い、独自のルックスを想っていた。黒い強化皮膚、赤い複眼。胸には白い石。
それは恐怖の象徴であるように見えた。
そして、少年はその黒い怪人の前で、変身した。
白い強化皮膚に黒い複眼。胸には黒い石。
少年の生存本能が作用した結果の変身。
黒い怪人は「じゃあやろう」と言うと、少年を苦しめた。
戦闘経験がなまじではなかったのだろう、純粋な性能の差ではさほどの凹凸もないように見えるが、戦力の差はそれだけで決まるものではない。
少年は手も足も出なかった。
全身が痛い。
強化皮膚がちぎれて、そこから真っ赤な血が出てくる。四肢を動かす度に悲鳴をあげて‥‥‥呼吸をする度に激痛。
死にたくなるような地獄の敗北。
黒い怪人は「ふむ」と言うと、しばらく少年の事を見つめ続けた。
一体全体何を観察しているというのか、少年は複眼の下部溝から血涙を溢しながら地面を叩いて、立ち上がる。
身体は痙攣している。戦うことを拒んていた。
「君は、人生を生きる事ができるか?」
「うう、うう‥‥‥」
「無理だよ、そんな弱さじゃ」
外はおそらく雨が降っているのだろう。
ザアザアという音が聞こえてきていた。
少年は、砕けた拳を無理矢理握り締めて、フーフーと荒く息をたてながら、黒い怪人を睨みつけた。
「わかったよ」
黒い怪人は言うと、壁を破壊した。
「えっ」
「外に出たかったんだろう。なら行くが良いさ。だがね、白いの。ここから外は地獄だぞ。みんなが人間の中、君だけが怪人なんだぜ。そうだろう? だからさ。君は、人生を生きる事ができるか?」
「生きる」
砕けそうな軋みの中、少年は答えた。
「生きる」
もう一度言う。
曇天に出た。




