手の火傷
清一は周囲を見回す。
「特に地震でどうだこうだってのはなさそうだ」
店の品物がぶちまけられたり、植木鉢が落ちて割れていたり、樹木が転倒したりというのは見かけたが、他は特に異常はなさそうだ。
「家が気になる。急ごう」
何だか嫌な予感がする。清一の足がせわしなく前後した。
「家までってこんなに遠かったっけ?」
雨の日は傘をさして歩いているはずなのだが、今日に限ってなぜか距離が遠く、時間がかかるように感じる。そのもどかしさから清一の歩行は段々と速度が加速し、徒歩と言うより競歩のような歩行スピードに変化していた。
カップルだろうか清一の前方を並んでゆっくりと歩いている。
(ジャマだな)
清一は心の中で舌打ちし車道に降り抜かしにかかる。いやがもう二人の会話が耳に入る。
「さっきの地震凄かったけど、その後地震ないよね」
「確かに、余震って言ったっけ?」
「そうそう、そんな名前。前大きな地震が来た時にはいっぱいあったのに」
(確かにねぇな)
清一は二人の会話に心で同意をしながら二人を抜き去り、いよいよ足を速めた。
清一が神社に戻った時に見たものは、何者かにのしかかられ力なく動くジュヌの姿だった。
「ジュヌ!」
「この野郎、離れやがれ」
清一は全速力で駆け寄ると、謎の物体に両手をかけ引き離そうとする。
「なんだ、コイツ」
その体はゼリー状に近く、掴もうにも手がズブリと物体の中に入ってしまい握りしめた所で手の隙間からぬるりと抜けて空しくあがくだけだった。
「芍薬氷雨」
「もう一丁」
「銀雪散桜」
物体を個体に変化させようと氷の法力を二連続で放ち、凍結させようと試みる。
「やったか?」
物体は一時的に凍結されるもすぐに元に戻ってしまい効果は無いように見えた。ジュヌの動きはいよいよゆっくりとした物になり、あまり猶予が無いことを感じさせた。
「待ってろ、ぜってぇ助けてやるから」
清一は焦りの思いが沸き起こり、急いで術を唱え始めた。
「焔風花」
炎の花弁が物体に襲い掛かるも、物体の表皮で止められ何も効果を得られない。
「くそぉ」
ジュヌの四肢はゆっくりと停止し、動かなくなった。
「どうすりゃいいんだよ」
傍らに落ちているジュヌのレイピアを持ち物体を横からたたっ切った。
物体は二つに分かれると、両方共動き出す。
「焔風花」
清一は再び炎の術を唱えた。
「あっ」
切り取られた方の物体が蒸発したように干からびてゆく。
「まさか」
物体を見ると、膜があるのか砂利の上にいるにもかかわらず砂一つついてない。が、先ほど切った切り口には小さな砂利や土が着いている。
清一は炎の法力を自らの手にかけ、散らないようにギュッと握る。
ジュゥーーー
「グォォォォォ」
手からまるで焼肉を焼いたような香ばしい匂いが漂ってきた。
物体の切り口に手を突っ込む。
「くたばりやがれ!」
握られていた手を開くと、炎の芯が周りの物体を焼き始め、焼けた石を水に放り込んだようにブクブクと気泡を発して体積を減らしてゆく。
「よし、いいぞ」
火力が弱まってきたのか段々と気泡の出る速度が落ちてきた。
「仕方がねぇ、もう一発」
清一は腕を引き抜く。
手は焼けただれ、真っ赤な部分と白い部分が入り混じりたくさんの水泡が出来ていた。
「うぅ、ぐぉ」
再び炎の法力を手に宿し突き入れた。
「ジュヌぅ」
気泡は再び勢いを増し物体を焼いてゆく。
「取れる!」
物体が乾燥のため粘着力を失うと、焼いた干物のように丸まりジュヌの顔から剥がれ落ちた。
「ジュヌ! 大丈夫か?」
清一の必死の呼びかけに、ジュヌはうっすらと目を開く。
「せい、い、ち?」
「ああ、俺だ、清一だ」
ジュヌはそれだけ言うと気を失ってしまった。
清一はジュヌの脈と呼吸を計る。
(大丈夫そうだ)
清一はジュヌを家の中に運び入れ、布団の上に寝かした。
「こういうのって救急車って呼べるんかな」
そのまま外に出てジュヌの装備品を回収して家に戻ろうとしたとき、ある事に気付く。
「この干からびた物体、動いているな」
さっきあった場所から移動したようで、ズレている。
「オヤジの箱に入れよう」
それは、清之進が法力で浄化した桐の箱で、不浄なものを色々と入れるために用意されたものだ。
家から箱を持ち出して一つ一つその中に詰めていく。
「これでよし。オヤジが帰ってきたら見せよう」
再度開けやすい様に釘止めではなく、ガムテープでぐるぐる巻きにして下駄箱の上にゆっくり乗せた。
一つ一つ作業を重要な順からこなしてゆく。作業に余裕が出来たのと同時に手から激しい痛みがジンジンと伝わってきた。
「これは、イテェわけだ」
さっき見た時より悪化している。
ジュヌの枕元に水を置くと、洗面器に水をため氷をぶち込み隣に置いた。
「冷やさないとな」
「!?」
手を入れると激しい痛みが襲ってきた。清一は顔を歪めるも、声を出さずに堪えた。
「ジュヌに伝わるかもしれねぇ。心配かけるわけにはいかないからな」
日がかげるころにジュヌはゆっくり目を開けた。
「おっジュヌ、気が付いたか?」
清一は目一杯の作り笑いを浮かべ語り掛ける。
「喉が渇いてないか? 何も取ってないだろう」
清一の問いには答えずに、ジュヌはうつろな目で清一を見つめた。
「……息を止められてもうだめかと思った。そうしたら清一の声が聞こえて……体が熱くなったかと思うとスライムみたいなヤツが急に軽くなって、息が出来るようになった」
清一は火傷していない方の手でジュヌの髪を梳いた。
「ふふっ」
ジュヌはその手を掴むとギュッと強く握った。
「もうしばらく、こうしてていいかな」
清一が頷くと、ジュヌは目を閉じて微笑をたたえる。
「せいい、ち」
「ジュヌどうした?」
ジュヌはそれに答えることなく寝息を立てはじめた。




