表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見習い神官兼陰陽師、式神失格としてリリースされた型落ち倉庫番のフィギュアと共に一人前の階段を駆け上がります  作者: クワ
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/31

ジュヌの好きなミルフィーユ

「ねえ、清一」

 清香が部屋のトビラを開けると清一は寝転がってマンガを読んでいた。

「あれ? アンタ、それ買ってきたの?」

 姉が指さす先には『ボクは銃士(マスケッター)』が積まれており、清一が少し前から一巻を読み出した所だった。

「ああ、約束だからな」

「ふーん」

 訝しそうに見ていた姉が、急に不敵な笑いを浮かべると数回頷き「わかったわかった」と呟く。

「俺は約束を守る男だからな!」

「ふふ、そうね。その方がカッコいいもんね」

 姉はフフッと笑いトタトタと足音を鳴らし部屋を出て行った。

 清一はマンガをずらして入り口の方へ眼をやった。

「……何だ!? 変な姉貴」

 再び、マンガを元の位置に戻し、そこに目を落とす。

「あっ」

 ふつふつと怒りが沸き起こる。

 読んでいたマンガを床に置きガバッと身を起こした。

「姉貴、俺の部屋ノックなしで入ってきやがった! 自分はあんだけ言ってたくせに」


 叫び終えると頭を切り替え再びゴロッと横になった。

「どうせ怒っても無駄だしな」

 清一は再び一巻を手に取ると、それを開き読み始めた。

 ストーリーは近世ヨーロッパらしき国家。

 さる華やかな文明栄える都市国家、下級貴族階級生まれのジュヌヴィエーヴは兄が戦死したため父から男として育てられた。

 父の同僚との政略結婚の話があったり、芸術家とのラブロマンスがあったり、王の命令で諸侯へ使いにいったり、失踪事件を解決したり、また一時的に国家を離れて冒険したりとそんな内容のマンガではあった。

「なんだか、食事のシーン多くないか?」

 清一も何となくお菓子をつまみたい衝動に駆られる。

「今月は無理だ。水でも飲んで我慢しなきゃな」


 数日かけて読み終えたマンガを机の上に戻すと、清一は両手を高く上げグッと体を伸ばした。

 清一が一番最初に感じたことはマンガの内容ではなく「太田さん、スゲェーなあ、あそこまで性格や仕草を似せてくるなんて。ホントに細かい仕事だよ。俺には無理だ」という少しばかりズレた思いだった。

 その理由も明白で、あらゆる何事も大雑把な調整はそこまで難しくないのだが、そこから細かく調整するのは細かさ×時間かかるゆえ、みな妥協してある程度合ってればと適当なラインで済ませてしまう。

 しかし太田の調整は違った、妥協が無いのだ。本当に細かい一挙手一投足までマニアックに詰めてある。練熟の陰陽師の水準すら凌駕する、職人の仕事であり、それだけでも式神に対する太田の思いの凄まじさが感じられた。

「中古とかそういう問題じゃねえよこれ。下手したら何回も作り直してるよ」

 それをあっさりと清一に譲る太田に驚きの感情が込み上げてきた。


 清一は印を結びジュヌを具現化する。

 部屋の中が昼間のような明るさに包まれるとジュヌが大きくなってゆく。

「おわっ」

 ジュヌは身をくねらせ机を飛び降りた。

「キミね、前にも言ったろ、この机から下ろし……」

 そう言いつつ机の上に視線を向けると、マンガが目に入る。


「清一、やっと買ったんだね」

 ジュヌはたちまち機嫌を直すと清一に笑いかけた。

「まあ、約束は守るぞ」

 清一が胸を張るとジュヌは首を傾げた。

「あれ、確か今、十巻まで出ていなかったっけ」

 今度は清一が不機嫌になる番とばかり嫌な顔に変わる。

「学生がそんなお金あるわけないだろ! それだってやっとなのに」

「ゴメンゴメン、急かしちゃったね」

「ホントだよ、こっちの懐事情も理解してくれよ」

「そんなに怒るなよ。徐々に買い集めて欲しい」


 清一は困った顔を見せ、頭を振る。

「中古の古本だったら買えたかもしれねぇけど、ホントしばらく無理だ」

「清一、その中古って言葉、あまり使わないでくれ。清香さんから意味は聞いたよ」

 ジュヌの機嫌が悪化していく。

「あのクソ姉貴! 余計な事ばっか教えやがって」

「自分が知られたくないことを教えられたからって怒るのはおかしいだろ」

「メンドクセーな。そういう問題じゃないんだよ!」

 清一は自分の言葉を上手く伝えられないもどかしさに苛立ちついキツイ言葉を吐いてしまう。

「めんどくさいって何だよ!」

 ジュヌの声に怒りの感情が乗って来た。

「そうじゃねぇんだよ」

「なにが違うのさ!」

「ああ、もうウッセエ」

「清一、何だいその言い方!」

「「ふん」」


 お互い顔を背け視線を外しあう。

「ふん、オヤジとかに聞かれたら出かけたって言っといてくれ」

「……」

 清一はポケットに財布を詰めると、闇の中へ向け走り出した。

「……」


「なんだよ、あれ」

 夜の繁華街をあてもなくふらつく。

 街の明かりが清一の顔を照らしては、歩く速度に合わせそのまま過ぎ去ってゆく。

 ブロロロロ

「おっと」

 下を向いて歩く清一の目に、自動車のライトが飛び込む。

「あれは……」

 小さな洋菓子屋の明るい店内の光を見つけ、吸い込まれるように店に入る。

「いらっしゃいませ」

 明るい年配の女性の元気な声が響く。

(俺なんで、入ったんだろう? 金ねぇのに)

 カラスケースを眺める。

「へえ、今は良く分からないヤツもあるんだな」

 変な感心をしている清一に女性は声をかけてきた。

「うちも色々新しいケーキを試作していますので、言っていただければどんな味だか説明いたしますよ」

「あ、いや、大丈夫……です」

 ガラスケースの一点に目が吸い込まれる。

「ミルフィーユ」

 パリパリとした何層ものパイと味わい深いフルーツを乗せたそのケーキ。

「そう言えば、マンガの中でジュヌが好きだって言ってたよな」

 清一は財布を開く。

「どうにか一個ならいけるか」

「すみません――」

「ありがとうございました」


「なんとなく買っちまった」

「金ねぇのに」


「ただいま」

 清一は靴を脱ぎ自室へと向かった。

「あれ、いねぇな」

 居間から声が聞こえてくる。

「そっちか」


 清一が居間に入ると、清之進と清香、ジュヌが仲良く話していた。

(コイツ、人の気も知らずに)

 心の中でため息をつくと買ってきたものを差し出す。

「ジュヌ、やるよ」

「えっ」

 ジュヌは視線を上げ小さな箱を仰ぎ見た。

「なにこれ? あっミルフィーユだぁ」

 ジュヌは満面の笑みに変わり、清一に笑いかけた。

「でも、お金なかったんじゃないのかい? これならもう一冊買えたんじゃ……」

「……」

 ドン

 ジュヌがそう言うと清一は無言で机を叩きつける。

「清一!」

「清香、そっとしといてやれ」


 清之進は立ち上がり、台所へと向かう。

「ジュヌはコーヒーと紅茶どっちがいい?」

「あ、紅茶でお願いします」

「ぬるめだったな」

「はい」


「清香、悪いけどカップと皿を出してくれ」

「お皿何枚かな?」

「一枚だろ」

 清香の質問に清之進はウインクをして答えた。

「あ、ボクも手伝い……」

「いいよ、ジュヌは座ってて」

 立ち上がったジュヌに清香は笑いながら断り、それを受けて借りてきた猫のように小さくなってジュヌは座った。


 コポポポ

 紅茶の葉の香りが鼻孔をくすぐる。

「お待たせ。砂糖やミルクが欲しかったら自分で入れてくれ」

「ジュヌ、ミルフィーユお皿に乗せたよ。はいフォーク、あっスプーンの方がよかった?」

 清之進と清香がそれぞれの物をジュヌの前に並べると、彼女は手を出していい物かと固まった。

「私たちの事は気にせずに食べるといい」

「そうよ、それは清一がジュヌのために買ってきたものだから」

 そう言って二人笑いかける。


 清之進たちは向かいの席に腰かける。

「なにから話せばいいか……ジュヌも見ての通りうちには母親がいない。だから清一もイマイチその辺の配慮が苦手でな、許してやって欲しい」

「それに、うち……中条家は恥ずかしながらあまり豊かではない、清香は大学生でアルバイトをしているのでそうでもないのだが、清一は高校生だからアルバイトを禁止にしていてな、今のこずかいではさっき言っていた本の代金でもかなり苦しいはずだ」

 ジュヌはフォークを止め、半分に減ったミルフィーユに視線を移す。

「アイツなりに頑張っている所を認めてやって欲しい」

 清之進はジュヌを撫でると、立ち上がり新たに二人分の紅茶を入れ出した。

「ところで、ジュヌは何でそこまで清一にマンガを読んで欲しいの?」

 清香の質問にジュヌは視線を外し、言いにくそうに言葉を濁す。

「言いたくなかったら言わなくていい。ほら清香、紅茶入ったぞ」

「お父さんありがとう」

 清香はジュヌに笑いかけ紅茶を一口ばかり唇を濡らした。

「もっと、知って欲しかったんだ」

 突然ジュヌが言葉を発した。彼女としては必死な思いで口にした言葉なのだろう。少しばかり身体が震えていた。

「そっか。気持ちは分かるよ」

 ジュヌは理解してもらったと思い、どうにか笑い顔を作った。

「でもね、急いては事を仕損じるって言うでしょう。焦らずにゆっくりとお互いの事理解してもいいんじゃないのかな?」

「う、うん」

 ジュヌはゆっくりと頷く。皿に盛られたミルフィーユの残りは細かい破片のみに変わっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ