エクソシスト エイムズ
翌日
朝食を取っていると、氷織さんがまるで空に浮いているような歩行で清一に近づいて来た。
清之進がそれを見ると、話しは彼女から聞いていたのか、笑いながら「西洋の娘を見に行くのでしたっけ、行ってらっしゃい」と言った。
「ちょっと待って、まだ準備が整ってないから」
清一は慌てて朝食の残りを掻っ込むと、歯を磨き、着替えを終えて居間に戻ってきた。
「お待たせしてスミマセン」
氷織はその言葉を聞くと、すうっと清一に寄っていく。
体が重なったかと思うと、まるで清一に吸収されたかのように清一の中に溶け込んでゆく。
彼女は幽体ではない。物質的に存在するのにその時だけはそうなのだ。
「オヤジ、行ってくる」
「ああ、行ってらっしゃい」
清一は気を取り直し学校へ向かった。
教室のトビラを潜ると、生徒はまだ半数も来ていなかった。
「今日は、随分早えな」
加藤がさっそく冷やかしに来た。
「お前っていつもこの時間に居るの?」
「はは、秘密だ! なんせ謎多き男だからな」
加藤は、どうやったかは詳細不明だが、歯をキラリと光らせて、ウザいぐらいの爽やかな笑顔を見せた。
「ああ、そう、じゃいいや」
「お、おい、めんどくさがんなよ」
適当に返答をして自分の机に向かう。
(まだ、来てねえみたいだ)
自分の席に座ると、一時間目の準備を始めた。
「あれ、何で今日こんなに早いの?」
今村はその時間にはいつもいない存在がいる事に違和感を覚え、不思議そうに声をかけてきた。
「なんとなくな。たまにはそういうのもいいんじゃない」
「まあ、そうだけど……」
やはり納得がいってないのか言葉尻を濁す。
「理由なんてないさ。ただ早起きをしてやることなかっただけだから気にすんな」
清一はそう言って笑いかけると今村は釣られて口角を上げて笑ってしまった。
「そうそう、気にしない」
スタスタスタ
(来た!)
背中の気配に全意識を集中して、イスに腰かけるのを待つ。
ガラララ
後ろでイスを引く音が小さく鳴ると、その後には、カバンを置いたであろう音や本人が腰かけたであろう音が伝わって来る。
「氷織さん、来ましたよ」
顎を胸につけ、小さく呟くと、了解したという合図が発せられた気がした。
息を殺して後ろの動きを伺う。
カバンから教科書を出しているのだろう音が伝わる。
「……」
キーンコーンカーンコーン
一時間目の授業が終わると、二時間目の授業の準備をしながら後ろを伺う。
「……」
そうこうするうちに昼休みの時間に突入する。
(屋上に行くか)
昼食をふらっと買いに行く体で教室を抜け出し、屋上へ訪れると幸いなことに人は一人もおらず、氷織さんが出て来ても問題なさげに感じた。
それでも念の為、人目に付きにくい場所に向かった。
「ここなら問題ないな」
貯水槽の裏に腰かけ深呼吸をした。少々風がある。
「ここなら大丈夫」
その言葉と同時にスゥっと周囲の温度が下がったかと思うと氷織が清一の身体から出てきた。
「清一は興味なさげを装っていましたね」
「何か向こうが感じると氷織さんの判断がズレますので、あくまで興味ない風を装っていました」
「バレバレでしたよ」
清一はガックリときて苦笑いを浮かべ氷織を仰ぎ見た。
「彼女の意思はしっかりとしており、特に呪われている等は無いでしょう」
「それでは……」
氷織は清一の言葉を遮って話を続ける。
「それより彼女は……」
背後から聖の呪文を感じて、清一は慌てて振り返る。
「クッ」
「破」
間一髪結界が間に合うと、聖の呪文は弾かれ空高く飛んでいった。
「だれだ」
「どうやら、例の外国の方の様ですね」
「つけてきたのか!」
「そのようです」
清一は素早く立ち上がり戦闘態勢を整える。
「てめぇ、何のつもりだ!」
清一の怒声にエイムズは鼻で笑い突きさすような目で清一たちを見た。
「悪魔の使途め! 撃滅してやる」
(コイツの目、そうか、異教徒を見る目だったんだな)
彼女に式神のことを説明しても聞く耳を持たないだろう。
かといって殺すなど言語両断だ。
どうやって引き取らせるかを清一は思案してみるものの、聖呪文が飛んできてそれどころではない。
「下手に傷つけるとイジメ扱いされちまうか……しかたねぇ」
「芍薬氷雨」
氷の術を唱えるも、エイムズは炎呪文を唱え、それを溶かしてゆく。
「クッやるな」
氷織が今まで見たことが無いような冷たい笑いを浮かべたかと思うと、袂で口元を隠す。
途端に吹雪が一帯を覆い、たちまちエイムズを包みこむ。
「クソッこんなブリザード位」
「陣風氷雨」
清一が追撃の術を唱える。
「きゃぁー」
堪えきれなくなったエイムズは、吹雪に巻き込まれて数メートル引き飛ばされ、金網に強く叩きつけられた。
「このぉ」
怒りに満ちた視線をこちらに向け、長い詠唱を始めた。
「清一、来ますよ」
「はい」
「焔風花」
炎の花弁がエイムズを包むと、憎たらしいような表情を浮かべ詠唱を一時止めた。
「これで終わり」
氷織がそう呟くと氷のつぶてが機関銃の銃弾のようにエイムズ向けて襲い掛かった。
「ホーリーバリア」
エイムズが聖なる壁を出すと氷粒を防ぎきる。
「これならどうだ! 雷時雨」
清一が術を唱えると、エイムズの頭上から小さな雷の雨が降り注いだ。
「――!」
エイムズは術を受けるとそのまま床に沈んで動かなくなった。
「やったか」
「気を失っていますね」
「コイツはナニモンなんだよ」
清一が氷織へ振り返ると、氷織は佇まいを整え答える。
「おそらくエクソシストと呼ばれる者たちかと」
「エクソシスト? 悪魔退治の僧侶ですよね」
「はい、彼女は私の存在に早い段階から気付いて警戒していました」
「悪魔憑きと思われたのかな? 狐憑きのような物かなぁ」
「……それとは若干違うようですが。ただ式神には定型があまりなく、中には西洋の魔物を使う者もいるようですので」
清一の言葉に氷織は修正と説明を加える。
「とりあえずこのままここで寝かせとく訳にはいかないよな」
「そうですね、治療をする部屋があると聞いたことがあるのですが……」
「保健室ですね。では連れて行きましょう」
「お願いします。私はまた清一の中に戻ります」
そう言って朝の時のように体に吸収されてしまった。
「運ぶか」
両手で背中と膝裏に手を入れ、体重を清一にかかるように手の先を高く上げて前方で抱えた。
「コイツ、色々あったが落とすわけにはいかないからな」
一段一段とゆっくり階段を下りる。
そのまま一階まで降りると保健室へ向かった。




