先祖代々から伝わる雪女
終了のチャイムが鳴ると、加藤の席へ向かった。
「よう、俺の授業はここまでだ」
「あれ、選択取ってねえの?」
数少ない選択授業は残念ながらコイツと被らなかった。と言うより人気の授業で俺が取れなかった。
「ああ、別の取った」
「そっか、お疲れ」
軽く背中を叩くと加藤は人差し指を数回上下させ、さも挨拶をしたとばかりに視線を下げた。
「さて、俺も帰るか」
例の彼女は職員室に行っているのか、教室には居なかった。
「鬼の居ぬ間になんとやら」
自宅に帰ると、清一は昨日、清之進が作っていた弾丸が数箱ほど机に乗っているのに気付いた。
「オヤジ……ありがとう」
懐からジュヌを取り出し机に乗せる。
「お袋はどんな式神を俺のために残してくれたのだろう?」
家に帰ってきて考える時間が出来ると、昨日の記憶がふとよみがえってきた。
清一にとって母、千歳の記憶は薄ぼんやりとしか残ってない。
千歳の死は清一が小学校に上がるか上がらないかの時に亡くなったとのことだ。
清一は千歳の遺体に縋り付いて泣いていたという事はまわりから聞いているが覚えていない。
どうも記憶と言うのは衝撃が強すぎると脳の防衛本能で思い出すことを拒否するらしい。
だからこそ、そのわずかに残った細い愛情の糸を掴みたかった。
しかしながら先延ばしされてしまった。
ジュヌは悪い奴じゃない。わかっている、わかっているが、太田に譲ってもらったのは早とちりだったのではという思いが浮かび、清一の心はモヤモヤしていた。
「そう考えること自体、ジュヌに失礼だよなぁ」
清一はジュヌのフィギュアに視線を移しため息をついた。
カバンを適当に部屋の隅に置くと、畳に寝転がった。
い草の香りはすでに失われ、黄ばんだ表面が擦れて一部ほつれ中身が飛び出している。
「――そういえば、あの転校生、何だったんだ?」
まぶたを閉じると、あの鋭い目がよみがえって来る。
「よっと」
ゴロゴロと横になる気が失せ、身体を起こす。
「顔でも洗うか」
洗面台は脱衣場にある。
ジャーーーー
水栓を止め、タオルで顔を拭く。
「ふぅ」
部屋を出て居間へ向かうと、いつの間にか和服を着た黒髪の女性が座っている。
文字通り、雪のような肌を軽く揺らすと、艶のある長い髪が揺れる。
「氷織さん、どうしました? 父を待っているんですか」
この女性は氷織さんと言い、我が家の先祖代々から受け継いでいる式神で、由緒正しい? 雪女であるのだけど、彼女自体あまり口を開くことが無く、詳しいことはオヤジも知らないらしい。
氷織は首を振ることで清一に答えた。
「何か飲みますか?」
またも首を振る。
(何も話さない方がいいかな)
清一はお茶を注ぎ、それをもって対向側に座った。
ズズズ
沈黙の時が流れる。
そのまま永遠の時が流れるのではと思った矢先、時間を動かす存在が帰ってきた。
「あれ、珍しい組み合わせだね」
姉の清香だ。
「お帰り」
「たたいま」
(そうだ、姉貴ならお袋の作った式神の事知っているかもしれない)
清一はやはりお袋の残した式神を知りたいという意識が働き姉に尋ねることにした。
「なあ、姉貴。聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「昨日、オヤジと話してて、お袋が俺のために式神を用意していたって言っていたんだが、何か知ってる?」
清香は少しばかり思案した後に切り出した。
「なぜ、それを今知りたいの?」
「聞いたから気になってさ」
「そっか、私も魔狐を貰った時にあることは聞いたけど、具体的な話はしてこなかったなぁ」
「あるがとう」
「あと……さ、西洋の呪いとか憑依とかって聞いたことある?」
清一は転校生に感じた違和感を姉にぶつけてみた。
「今度は何があったの?」
「今日、さ、外人の転校生が来て……なんか変なんだ」
「変? どこが?」
「表情が薄く視線もおかしい。怒りやさけずみの感情は無いんだが、切りつけるような目で見て来るんだ」
「他の人にもそうなのかな?」
「それは、どうだろう」
「みんなにそうしているんだったら、そういう人なんじゃないかな」
「そっかな」
「そうだよ、明日、確認してからでも遅くないと思うけど」
「そうだな、確認してみる。ありがとう」
「うん、どういたしまして」
二人にこやかに会話を終わらせ、それぞれ次の行動に移ろうかと意識を変えた瞬間、いきなり意識を戻されることになった。
「紅毛の悪魔憑きと言われるものかもしれません。私が明日一緒に行って確認しましょう」
「!?」
「えっ」
清一と清香は驚きのあまりしばらくの間反応を忘れた。
「――明日、俺と、一緒に来てくれるんですか?」
少しばかり時間がたった後、清一の思考回路が復旧して先ほどの質問を返すと氷織はこくんと頷いた。
「了解です。よろしくお願いします」
(声を聞いたの一年ぶりくらいかも)
清一と清香は、お互いに目でそう語り合った。




