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Chapter 4:旅の学術士達

 戦闘が終わった後の静寂は、戦闘そのものよりも雄弁だった。

風が止まっていた。鼻をつくような肉が焦げる不快な臭気だけが、その場に停滞している。

レオンが振るった「剣」の一撃は、敵兵だけでなく、彼らが立っていた地面ごと、扇状に空間を抉り取っていた。断面は赤熱し、ガラスのように溶けて固まっている。

「……ふぅ」レオンが小さく息を吐いた。彼の手の中で、真紅に輝いていた剣がシュン……と音を立てて収束し、消滅した。だが、その表情には疲労の色はない。むしろ、スポーツの後のような爽快な汗が滲んでいる。

「すごいな、これ。腕が痺れるくらいの反動があったけど、病みつきになりそうだ」

レオンは独り言のように呟き、剣の柄を愛おしそうに撫でた。その指先は、まだ微かに震えている――恐怖ではなく、興奮の余韻で。

「……動くな」

鋭い声が、その背中に投げかけられた。彼女は自身の長槍を構えなおし、切っ先をレオンに向けていた。助けられたはずの彼女の顔には、感謝ではなく、底知れぬ警戒と畏怖が張り付いている。

「帝国の追手ではないようだが……貴様ら、一体何者だ? その年齢で『詠唱破棄』を使いこなし、あまつさえ強制起動させるなど、聞いたことがない」

「何者、ねぇ……」

レオンは振り返り、ニヤリと笑った。

「通りすがりの旅行者だよ。ちょっと道に迷ってね」

「ふざけるな! 答え次第では、この場で――」

 女騎士が殺気を強めた、その時だった。バチィッ! 彼女が構えていた槍の穂先から、不吉な火花が散った。

「きゃっ!?」

セリアが悲鳴を上げ、槍を取り落とす。地面に落ちた槍は、高熱を発し、燻っていた。

「くっ……! またか……!」

焦げた手袋を押さえながら、地面に転がる槍を睨みつける。

「大事な時に……! これでは、戦うどころか持ち帰ることさえ……」

彼女の表情が絶望に染まる。その槍は、彼女の騎士としての誇りであり、唯一の武器なのだ。

「威勢の良いこと言ってたのに、武器がないんじゃ、俺を殺すのは無理だろ」

 その様子を見て、テオドールが静かにカイルの肩を叩いた。

「カイル。出番だ」

「え? 僕?」

「ああ。レオンが『力』を見せたせいで、彼女は僕らを警戒している。ここで『知恵』を見せて、有用な味方だと思わせるんだ。」

「僕ができるわけない」

「……君はさっきも槍の異常に気付いていただろう?」

 テオドールは、冷たい目線で言葉を発した。

槍の雷撃。あの直後から、槍の発する煙にカイルの視線は釘付けだった。正しく言うと、なんとなくあの煙の原因がカイルにはわかっていた。

戦いのときに恐怖は感じた。人を殺す友人も怖い。だけど、この槍は怖いとは思わなかった。

「君ならできるさ。思うとおりにやればいい。もしだめなら、僕が助け舟を出そう」

眼鏡の下のさっきまでの冷たい視線はいつの間にか消えていた。微笑む顔からは、自分への信頼を感じられた。

 声を出す前に唾をのみ込む。

「あの……触ってもいいですか?」

「なっ、よせ少年! それは今、暴走状態だ! うかつに触れば感電するぞ!」

「大丈夫です。たぶん」

 カイルは女騎士の制止を聞かず、地面の槍に手を伸ばした。別に理由はなかった。熱い。熱が顔を焼くようだ。だが、カイルの目には、槍の側面にある装飾の一部が、青く点滅して見えていた。

「ここに触れて……」

カイルは直感に従い、装飾の一部を横に摩る。プシュッ、と蒸気が吹き出し、目の前が真っ白になった。

「なっ……!? なぜ触れられる……?何をしたんだ!」

目を丸くする。彼女は何年もこの槍を使ってきたが、暴走時に触れたことはなかった。だが、この少年は当たり前のように触れている。

 カイルには、ここからの作業がなんとなくわかった。だが、意味はわからないしなぜわかるのかもわからない。ただ、頭の中に出てくる指示に従うだけだった。

暴走していた熱が急速に冷却され、槍全体を包んでいた不快な振動が止まった。

「……できたみたい」カイルが呟くと同時に、槍の穂先に美しい青色の光が灯った。  先ほどまでの荒々しい雷撃ではない。静謐で、安定したエネルギーの光だ。

「嘘だろ……」

腰を抜かしたまま、呆然と呟いた。

「宮廷魔導師たちが『機嫌を損ねた』と匙を投げた槍だぞ……? それを、触れただけで……」

「直りましたよ」  カイルは槍を拾い上げ、セリアに差し出した。

「中の……えっと、『気の流れ』が詰まってたみたいです。少し掃除して、寝かしつけたら直りました」

 カイルは努めて「それっぽい」言い方を選んだ。まさか「僕もよくわからないんですけど、思い付きでやったら直った」とは言えない。

だが、その拙い説明が、逆に女騎士には神秘的に響いたようだった。

 震える手で槍を受け取ると、カイルたちをまじまじと見上げた。警戒心は消えていた。代わりに浮かんでいたのは、崇拝にも似た眼差しだ。

「古代の遺物の構造を熟知し、触れるだけでその魂を鎮める……。あなたたちは、もしや『賢者』の弟子か何かなのか?」

 テオドールが眼鏡の位置を直し、一歩前に出て恭しく一礼した。

「我々は旅の学術士です。戦乱を鎮めるための『知識』を探して旅をしています。……見ての通り、多少の護身術と、遺物の修理技術は持ち合わせていますが」

テオドールの言葉は、見事なハッタリだった。だが、今の状況ではこれ以上ない説得力を持っていた。

 女騎士は立ち上がり、居住まいを正した。彼女は右手を胸に当て、騎士の最敬礼を行う。

「非礼を詫びよう、賢き旅人たちよ。私はアルカディア王国、第三騎士団所属のセリア・ラインハルト。……あなたたちのその力、我が軍には喉から手が出るほど必要なものだ」

「へぇ?」

レオンが興味深そうに眉を上げる。

「つまり、雇いたいってことか?」

「そうだ。ここから北へ半日ほどの場所に、我々の拠点『鉄壁の砦』がある。指揮官のガイウス様に会ってほしい。あなたたちなら、あるいはこの絶望的な戦況を……」

「ガイウス・・・」

セリアの言葉に、カイルは息を呑んだ。ガイウス。それは『建国神話』の主人公の名だ。本来の歴史では、彼こそが初代国王になるはずの英雄。本の中の挿絵で見た、あの冷徹な王とは違うのだろうか?

言葉に出ていたのだろうかセリアが何か言っているが、思考が飛んでいたカイルには聞き取ることはできなかった。

「行こうぜ」

レオンは即答した。

「どのみち、行く当てなんかないんだ。それに……その『英雄』サマがどんな面をしてるのか、拝んでみたいしな」

 明らかにレオンの発言に嫌悪感を示すセリアの顔を見つめカイルは不安げにテオを見た。テオドールは小さく頷く。

「情報が必要だ。軍の拠点なら、この世界の情勢も分かるだろう。それに……」

テオドールは声を潜めて耳打ちした。

「建国史の真実を、特等席で見られるかもしれない」

 カイルに拒否権は存在しなかった。こうして、交渉は成立した。

三人はセリアの案内で、戦場を後にすることになった。

泥で濘んだ道を歩きながら、前を見つめるとレオンの背中は、先ほどよりも大きく見えた。人を殺し、力を手に入れ、今また歴史の表舞台へと突き進もうとする友。

カイルは、彼を止めることができるのだろうか。それとも、共に地獄まで付き合うことになるのだろうか。 鉛色の空の下、一行の影だけが濃く長く伸びていた。


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