神の過ち給うた歴史
注意事項
・流血描写はありません。
・不快なお話です。
気持ち悪い描写があるのでご注意ください。
あるところに傲慢な魔王がいました。
魔王が魔王になる前はかつて民達に親しまれ、千二百五十年間治め続けたそうです。しかしある時ご乱心なされ統治していた領土を魔界にし、民達を無差別に殺し漁り、不浄の土地に作り替えました。
けれど魔王となった王はかつてと同じくその土地に住み着いた民達には好かれました。それから二百五十年が経った頃でしょうか。他国に『全ての土地を魔界にする』と宣言をしたのです。
そんな世の中になる少し前。天より青年のように見えるモノが遣わされました。後の勇者様です。しかし、我が国はなんと頭の悪いことにその青年に不当な扱いをして城から追い出してしまいました。
その青年は大変困惑しましたが細かいことを気になさらない方だったこともあり、街行く人々に求職場を聞いて回り町工場で働き出しました。
それから数ヶ月経ち、自らに宿る救済の才に気がつき働き続けながら行動を開始しました。彼はその救済の才を発揮し、崇高なる考えで『人権』というものを民達に与えて『モラル』というものを説いて回りました。
困っている人々に寄り添い心からの救済を振り撒いたことで、我が国は今では世界で最も徳の高い国となりました。その実績から、青年は地上に降り立ってから三年で勇者として認定され、青年は旅へと出ました。
丁度、勇者に認定された時期に魔王が宣戦布告されたのです。
魔王城:城下町
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」
雄叫びを上げて勇者は最後の一匹に剣を振り翳し、生命を刈り尽くしました。荒い息を落ち着かせながら勇者は呟きます。
「彼らにも救いは……」
「落ち着いてください勇者様。住み着いてる変わり者達は悪魔なんです。殺して、魂を浄化しなければなりません」
「そうかもしれない、でも…………いや。すまない俺は君達に何もしてやれない。成仏できることを祈ってるよ」
一度死んでいるためなのか、勇者様は死者の霊魂を見ることができるようです。彼らのために心を痛め、その思考の一部でも向けてやるだけでも彼らの救いになると良いのですが。
「ハァ………ハァ………………ハアァァ…………。勇者、こっち終わったぞ」
「おう、ありがとな」
盾使いのフレン様が魔女(魔女は俗称であり正式名称は魔法使)と共にコチラに戻って来られました。勇者様と軽く談笑なさっていて、その明るさが勇者様に向けられています。楽しそうですね。
………………………………………………………………………………………。
お互いの無事を確認が終わったのか、フレン様がこちらに向いて寄ってきました。
「シヴィリも、お疲れ」
シヴィリ、僧侶である私の名前を呼んで身を案じてくれているようです。
「いえ……………想定より消耗しましたが、まだ余裕があります」
「へへ、そりゃ心強いが無理はするなよ」
「……………もちろんですよ」
…………ちょっと気が緩んでしまいましたが、これでも過酷な旅路を潜り抜けて来たのですから問題はありません。勇者様に抱きつこうとする魔女、ヒラスも緊張感を持って欲しいものです。
改めて、その圧迫感のある城を見上げました。
これから、勇者様と魔王との決戦が始まります。
「初めまして勇者様。御足労痛み入ります」
「いっいえ、こちらこそ丁寧にしていただいて」
社交の場などではないのに丁寧なご挨拶をし合いました。
魔王は玉座の間に居たにも関わらず腰を下ろしてなどなく悠然と佇んでおり、まるで私達を待っているかのようでした。私の主観だけかもしれませんが。
「さて、本日は来ていただいて、ありがとうございます。しかし、残念ながら皆様がここに墓が立つのは確定事項なので、覚悟の程お願いしますね」
「どういうことだ、魔王」
いつにもなく、少し荒々しい物言いを勇者様がされ、フレン様と魔女と私が驚く中、魔王は答えました。
「どうも何も、これから俺に殺されてしまうから」
話が通じないと思われたのか、勇者様も言葉を失った様子です。こんなことで折れた、などとは思いません。相手の気持ちになって親身な寄り添ってきた勇者様ですから、察したのでしょう。
「………ああ、静かにしなくても良いよ?そうだ、君は確か異世界から来たんだったね」
そう、勇者様は異世界人。魔王城到着前に打ち明けてくださいました。
…………天から遣わされた者がただの人間で良いはずはありません。
そんなことはわかっていたでしょうに、私達を信頼して伝えてくれました。不安な様子で、その人間らしいところに初めて私は彼を一人の人間として、信頼したのに。
そこまで来て初めて心を許して、その上『傲慢』な考え方は変わらないなんて私は────。
それを、
ただの暇つぶしに、
話題に尽きただけで、
簡単に土足で踏み入って来て。
「………そうだ。異世界人だったら、なんだ」
「いや、君には伝えておかないと正しくないと思ったからね」
一拍を置いて、勝手に語り出しました。
「君はここで死んでも魂だけは『彼ら』が回収してくれる手筈だったらしいけど、そんなことは別になくて俺が殺したら魂自体が俺に持ってかれるんだ。ほら、俺って1500年も生きてるでしょ?魂を吸えば寿命が伸びるんだよ」
初めの頃は従者の魂を吸ってたなー、などと過去を懐かしむ様子で不快な話をしました。
「なんて、傲慢な」
「傲慢?さてよくわからないな」
なんて事のないように魔王は勇者へと歩み寄って、何かを唱えた。
魔法使は何かに気づいたようだ。
「魔ほ……ヒラス!魔王は何唱えました!?」
「全体定義……転換……37兆?……分散、精神………………」
何やらぶつぶつ呟いているが聞いてなんていられない。
勇者様に近寄ろるより先に魔王が勇者様に触れた。
「逃」
それが遺言となった。
砂のように崩れた。
「このようにして、現在地上にいる人類が安らかに死ねるように再設計するつもりだ。あ、さっきの吸魂は本当だよ?それ使う気がないだけでね」
魔女、いやヒラスは勇者の名前を叫び泣き出した。
魔王は勇者様だった残骸、その粒の山に向き直し問いかけた。
「史上初の『単細胞生物の人間』になる実証実験の結果はどうかな勇者様?どんな感覚か、分かる範囲で教えてほしい」
『『『『『『『『『『『『『『『どういうことだ』』』』』』』』』』』』』』』
理解が追いついたのか、その粒山は叫び出した。
「おや?俺に楯突こうってことかな?」
フレン様が襲いかかるみたいだ。
震えている。こんなの何もわからないのに、怖いはずなのに。
「ヒラス!立て!魔法使いだろ?魔法を!」
「………………ええ」
ヒラスは距離が開いた戦闘が得意だ。おそらくあれは詠唱してから触れる必要があるはずだ。だから大丈
「ああ、君の魔法は通じないから無駄に魔力は使わないでねー」
魔女も崩壊した。
フレン様も触れられる前に崩れた。
私は、今初めて気がついた。自分でも思っていなかったが身体が震えている。
そんな私に寄り添うように、何か砂のようなものが足元に集まって来ていた。
チラリと勇者様の残骸を見ると、山ではなくなっていた。ソレから叫び声がするのを遅れて認識した。
へたり込んで、腰を抜かす私。
ソレは、固まる私に這いずるように、私の足を登り出した。
耐えられなかった。
周囲は阿鼻叫喚。しかもそれが数え切れないほどの人、もとい粒が発狂しているのだから、もう。麻痺していた私の心は、ここで壊れてしまったのだろう。目に溜まっていた涙も、溢れ一筋の雫となった時には目の奥から水が湧き出さなくなっていた。
「ああ、君も勿論仲間外れになんてしないよ」
そして、へたり込んでいた私に魔王の意識が向けられ、私も小さい水溜りに衣服を落として崩れ去った。
「おや?君、なかなかすごい思考しているね」
今更にはなるけどあの魔法は触らずに単細胞生物?とやらに変換できるらしい。まあ、そんなこと言ってなかったからそんなもんか。
どうやら単細胞生物となると目も耳も頭もないのに視界があって、音が聞こえて、考えることもできるみたいだ。単細胞生物となった人間と言っていたからこれでも人間なのだろう。それに。
『『『『『『『『『『『『『『『あー、あー、あー』』』』』』』』』』』』』』』
声も出せる。けどちゃんと話せそう。
この体ではご飯なんて食べられない。なら、お腹が減った時、私たちはどうなるのだろうか。飢えてそのまま…………。
「君は冷静なんだね」
『『『『『『『『『『『『『『『………冷静に見えるんですね、そうですか』』』』』』』』』』』』』』』
同じ私の意識が寸分狂いなく同じ思考をしていてそれを『私達』が感じ取り合っていること、そしてこんなことに適応し出してる私もが、気持ち悪い。
…………ああ転がれば動けるのか。ただ、触覚がないのは良かった。階段から落ちた時なんて考えたくないから。
「うんうん。サンプルとしては君が一番良いかもしれない」
『『『『『『『『『『『『『『『話しかけないでもらえますか?不快なので。………というか、宣戦布告したのも私たちが送られてくるとわかってしたんですか?』』』』』』』』』』』』』』』
「おーよくわかったね。この魔法の実験をしたくって呼んだんだ。ただ、こんなの敵対してないと心が痛んで痛んでしょうがないでしょ?だから俺以外みんな敵にして」
わけのわからないことをつらつら述べてやる意味のわかりたくないことを説明し出した。
「あーもう話さなくても良いんだっけ?なんかめんどくさいな話せないようにしようかな?でも人間は声を出せなきゃ人間じゃないか」
他の粒達は…………ってあぁ、やっぱり私って倫理観ないんだ。
まあ、いいか今更。
魔王は魔法でほとんどの『私達』を連れて行いった。
『私達』を連れて魔王は城内を悠々と進む。
辺は静寂。
『『『『『『『『『『『『『『『人間一匹の力をこんな粒に分散すると生きるための力も大きく削られ寿命が短くなるとと思うんですが、何か考えてるんです?』』』』』』』』』』』』』』』
「あー、そこに気づくんだ。そうだね。寿命はすごく縮むだろうね。半年も持つかなぁ?」
少し嬉しそうに笑う魔王は調子を変えずに応える。
「まあ、だからなんだって話だけどね。寿命まで揃えなくていいじゃん。この魔法は人類滅ぼす為なのにさ」
『『『『『『『『『『『『『『『お答えどうもありがとうございます』』』』』』』』』』』』』』』
「いやいや、俺は暇なもので。そういうことでも嬉しいのー」
皮肉も通じないのか。
「ただ、まだ人間の尺度で測れると思ってたんだー」などと無駄に付け加えてくる。
耳なんてないのに、まだ皆んなの叫び声がする。
だと言うのに思い出せるのはこれまでの冒険の日々で。夕飯の時の笑った顔、いじられてる時のムキになった顔、見守りつつ素直に笑ってる顔、そして…………コップの水に映る私の顔。
あの賑やかな時間は、もう戻ってこないんだ。
独り歩いていた魔王は立ち止まり気づいた。
「おや、力を込めすぎちゃったかな?」
歩いて来た道を振り返り、
「水浸しだ」
と呟いた。
神が世界を始めてから幾星霜。
勇者が魔王城を訪ねてから十日で人類は絶滅し世界は魔界となった。
事態を重く見た神はこの世界、訂正。魔界を消すことにしました。
魔王の遺言は………誰も聞いてさえいませんでした。
神は更なる上位存在に処罰されたそうです。