帰宅
電車の窓に映った自分の顔が、少しだけ大人びて見えた。
強くなったわけじゃない。
でも、さっきまで湊さんと話していた言葉のひとつひとつが胸の奥でしっかりと沈んでいた。
「最後の遊び」は、寂しくなかった。
すごく満たされていた。
でも次はないと思うと、やっぱり少しだけ胸が痛んだ。
駅から家までの道を歩きながら、夜の風に首をすくめる。
昼間よりぐっと涼しくなった空気が、体の表面だけでなく心まで撫でていく。
家の明かりが見えたとき、一瞬だけ立ち止まった。
昨日、あんなに荒れたあの家に、今からまた帰るんだ。
あのあと、母から連絡はなかったけど、たぶん帰ればまた何か言われる。
謝ってくれたあの言葉の続きを待っていたのかもしれない。
でも今なら、もう少し落ち着いて話せる気がした。
玄関のドアを開けると、家の中には柔らかい匂いがした。
シチューのにおいだった。
朝、あんなふうに無視して出ていったのに――
ごはんを作って待っててくれてるんだ。
「……ただいま」
小さく呟くと、台所から母の声が返ってきた。
「おかえり。冷めてるけど、シチューあるよ」
風凛は一度だけ深く息を吸って、靴を脱いで上がる。
リビングの電気の下、母はエプロン姿のまま、ソファに腰掛けていた。
お互い、目を合わせないまま、少しの沈黙。
でも風凛は、自分から口を開いた。
「……湊さんとはもう会わないよ。」
母は何も言わなかったけれど、その表情が少しだけ柔らかくなったように見えた。
たぶん、すぐには全部を分かってくれない。
でもそれでも、今はもういい。
私は、私の言葉でちゃんと向き合えた。
食卓に座って温め直されたシチューを一口。
冷えた体に染みわたるその味に、ふっと肩の力が抜けた。
「最後の遊び」は、もう終わった。
ちょっとした反抗期の時間は終わった。明日からはまた日常を過ごすんだ。
そう意気込みながらシチューを食べた。




