帰り道
ゲームセンターを出たのは、夕暮れが空を染め始めた頃だった。風凛の制服の袖が風に揺れ、俺はその横顔をちらりと見た。夕焼けに照らされた彼女の笑顔が輝いていた。オレンジ色の空、ほどよい風、制服を見てノスタルジックな雰囲気に襲われた。スマホの通知を確認すると、登録されたばかりの彼女の名前「風凛」が、どこか現実感のない響きで胸の中に残っていた。
「湊さん、スーツ姿ですけどどこで働かれているんですか?」
「えっと…普段は大阪で働いていて出張でたまたま三重に来ているんだ。」
「ふーん……じゃあ、もう三重にはあまり来ないんですか?」
風凛の声にはどこか寂しさが混じっていた。だが俺は戸惑いながら、笑ってごまかす。
「また来ると思うよ。その時は、また一緒にしようか。」
「絶対ですよ!」
風凛はパッと笑顔になり、小さくガッツポーズをする。その様子が、年齢差を忘れさせるほどまぶしくて、湊はつい目をそらした。
(……これは、どういう関係なんだ?)
自問する。何かしらの「線引き」が必要だと湊は思っていた。たとえそれが、ゲームを共にプレイしただけの一瞬のつながりだったとしても。「線引き」について考えているところに風凛が尋ねる。
「湊さんは電車で通っているんですか?」
「ああ、そうだよ。A駅から。」
「そうなんだ。私はB駅なんで違いますね...」
「じゃあ、A駅まで送るよ。」
「えっ、いいんですか?」
「少し暗くなってきたしね。」
やってしまった。「線引き」を引こうとした矢先にカッコつけてしまった...後悔の念はあるが今は忘れようと思った。
そうしてふたりは並んで歩き出す。会話は他愛もないものばかりだった。好きなアーティストの話、学校のイベント、仕事の大変さ。それでも不思議と、話は途切れなかった。そのときばかりは楽しさ故に周囲の目を忘れていた。駅に着くと、改札前で立ち止まる風凛が、少しだけ口を尖らせた。
「もっと……遊びたいな。」
「また会えば遊べるさ。」
「……うん、そうですね。」
駅の構内アナウンスが鳴る中、風凛は一歩だけ湊に近づいた。そして、ぽそりと小さな声で言った。
「連絡……本当にしてくれます?」
その一言に、湊の胸の奥で何かが小さく鳴った。
「するよ。約束する。」
彼女は満足そうに笑って、手を振りながら改札を抜けていった。見送る湊は、ポケットの中でスマホを握りしめる。
帰り際にスマホの画面を見た。さっき登録したばかりの「風凛」の名前。通知はまだ来ていない。それがなぜか安心した。と同時に今日の出来事を想起し無意識にはにかんでいた。しばらくして現実に戻される。「自分は喜んでいるのか?これで良かったのか。」家に帰るまで暗い気持ちを抱えながら疑問を反芻していた。