表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

悪役令嬢のようで悪役令嬢でないけどやっぱりちょっと悪役令嬢っぽい話

作者: 8D

感想返しなどは、月末の活動報告で行わせていただいております。

 ☆令嬢サイド


 私には婚約者がいる。

 公爵令嬢である私に相応しい、王子という身分の方である。


 名をアチェートという。


 品行方正にして才色兼備、身分だけでなく立ち居振る舞いまで貴族の規範となるほどに洗練された方だ。


 もちろん、私も自らの身分だけであの方に釣り合うと思わない。

 ただでさえ、年齢が一つ上なのだ。配偶者として、年下の女性が好まれるこの国の貴族社会では瑕疵ともとられる欠点である。

 常に自分を磨き続ける覚悟を持たねば、あの方の隣に立つ事など適わないだろう。

 努力を怠る事などありえない。


 しかしながら私には、あの方の本心がわからない。

 今も彼は婚約者として、定期的に当家へ訪れて談話する時間を作ってくれてはいる。

 温室にテーブル、焼き菓子とお茶、向かい合った二脚の椅子に座り、二人きり。

 向けられるのは柔らかな微笑、温かな視線、優しい言葉。

 一部の狂いもなく、私へ見せる彼の仕草は全てが完璧。


 それは貴族ならば当然持ち合わせる、社交術。

 どのような相手を前にしても、どのような感情を胸にしても、変わらぬ態度を心がけ、本心を悟らせない一般的な技術だ。


 私達の関係が如何に和やかなものであっても、それは上辺だけ。

 本心が表へ出る事はない。


 所詮、親の決めた許婚(いいなずけ)

 好意を寄せる事も、心を通わせる事も経ずに作られた関係。


 だから、私には彼の心がわからない。


「そういえば、私のクラスに転入生があったのですよ」

「この時期に?」


 貴族の子弟が通う学園に、私達は通っている。

 私は二年生であり、アチェート様は一年生だ。

 たいていは決められた年齢になると自然に入学するものである。

 転入などという事はまずありえない。

 余程変わった事情があるのだろうと察せられる。


「どうやら、ある貴族の隠し子らしいですよ」

「隠し子?」


 王子が語ったその貴族は、二月ほど前に跡継ぎを亡くした方だった。

 奥様も他界されている。

 かつて手をつけた使用人に子供ができ、暇を告げた事を思い出しその子を引き取る事にしたのだとか。


 確かに、それほどの事情があればこのような入学時期にもなるか。


「そのような方が、貴族としてやっていけるのかしら」

「確かに、慣れていない印象はある。けれど、努力は感じられる」


 王子が人を褒めるなど珍しい。


「どのような方ですの?」

「小さな可愛らしい女の子でした」

「そうですの」

「どのような方でも、あなたの可憐さには及びませんよ」

「まぁ、嬉しいお言葉です事」


 この言葉も、きっと本心ではないのだろう。




 後日。

 その日もアチェート様と私は温室で談話していた。


「先日、転入したという令嬢は教室に馴染めていますの?」

「そうですねぇ……。変わった子ですから」

「どういうふうに?」

「……個人的には、見ていて面白い子ではありますね」


 ここまで一人の人間に関心を示す方だったかしら?


「そうですの……」

「普通の貴族とは、常識の違う方ですよ」


 何があったのか、何故王子がそこまで興味を持ったのか。

 それに関しては素直に興味がなかった。

 知りたくはない。

 けれど、その令嬢が王子の関心を惹いたという事実が胸中に渦巻く。


 それは醜い感情。

 打ち払う事のできない粘着質な心の疼痛。

 嫉妬……。


 けれどまだ、その時は棘のように小さなもの。

 気付かぬふりもできる程度の、本当に小さな……そんな痛みがあるだけだった。


 耐え難くなったのは、学園で見てしまったあの光景のせいだ。


 それを目の当たりにしたのは、本当に偶然の事。

 人気(ひとけ)のない中庭。

 人目を遮る、バラ園の垣の奥。

 初夏の熱、むせ返るような香気の中、二人は手を握り合っていた。

 暑気など忘れ、身が凍るようだった。


 彼女は手を引かれて躓いたのか転び、王子に抱きとめられた。


「――王子様ぁ……」

「私が愛している女性は一人だけだ。優しさを向けるのは、その一人だけでいい」


 私の婚約者が、私以外の女性に愛を囁いている……。

 その現実に私は、立ち向かう事ができなかった。


 情の通わない婚約関係。

 だというのに、その光景に驚くほど私の心は乱れた。


 後日、私は令嬢に接触を持った。

 彼女の名は、シーナというそうだ。


 朝も早い時間。

 アチェート様の在籍する教室の前で、生徒の登校を待つ。

 眠れない夜をいくつか経て、頭は重く、眠気はあるが眠れない。


 激情と緊張があった。

 それを心に秘める事は苦痛である。

 その苦痛が、身体の苦痛を紛らわせていた。


 まばらに教室へ訪れる生徒達に声をかけ、彼女についての話を聞く。

 そして、ついにその時間は訪れる。


「あの人です」


 何人目かの生徒に話を聞いた時、その生徒は一人の女生徒を指差した。


 やはりそうだ。

 あの日、アチェート様と手を取り合っていた方……。


 彼女を一目見て……。


 私は失望と共に、怒りを覚えた。

 立ち居振る舞いどころか、身嗜みすらままならない。

 そんなあらゆる面でいたらない少女だった。


 このような者に、アチェート様は想いを寄せているのか……。

 そう思うと我慢できなかった。


 気付けば私は、罵詈雑言を彼女へぶつけていた。

 思いつくまま、次々に彼女のいたらない所をあげつらって言葉にする。

 戸惑った様子で彼女は私の言葉に、じっと耐えていた。


 感情に流されるなど、令嬢らしからぬ行為だ。

 それがわかっていながら、私は言葉を止められなかった。


「わかりましたの!」

「すみませんでした……」


 私の理不尽な暴言に、彼女は辟易した様子で謝る。


 私は一度彼女を強く睨むと、その場を後にする。

 逃げるように……いや、私は逃げたのだろう。

 自分のしでかしてしまった行動、その醜さへの後悔から。


 しかし私はそれからも、シーナと出会う度に彼女のいたらなさを指摘した。

 口汚く罵り、理不尽な暴言を発した。


 平民育ちだったからか、彼女は私が何をせずとも各所で失態を犯していた。

 失態を見せた相手と接触し、彼女のいたらなさを共有した。

 傷を広げるように、強く彼女の瑕疵を広げるような事をしたのだ。


 いたらなさを攻め立てる度、あの子は深く頭を下げて謝った。

 その姿を見て溜飲を下げる。

 そんな日々が続いた。


 そのような事に血道を上げる自分のなんと愚かしく矮小な事だろう。

 それに気付いていながら私は、その愚かしい事を止められないでいる。

 なんとおぞましい人間性だろう。


 そしてある日。

 王子とのお茶会の席での事。


 私は王子に、あの子の話をそれとなく振った。

 私が接触している事。

 あの子の至らない所をつぶさに語って聞かせた。

 あの子の欠点をあげつらい、貶めようという心があったのだ。

 悪口はあまりにも流暢に、長く長く止め処なく……。


 そして気付けば、不機嫌そうな王子の顔があった。

 こんな顔を私は見た事がなかった。

 鉄壁のように崩れぬ彼の微笑が、見る影もなかったのである。


 あのいつも表情を崩さない王子が、ここまで感情を表に出すなんて……。

 やっぱり、あの方はあの子の事が……。


 身が凍える思いをした。


 このような事を続けても、王子に嫌われるばかり……。

 わかっていた。

 わかっていたはずなのに……。


 それなのに、この期に及ぶまでその現実から目を背け続けた自分のなんと愚かしい事か。


 もうやめよう……。

 私はようやく、その決心をつけるに至った。


 事が起こったのは、その翌日の事である。




 登校した私は非礼を詫びようと思い、あの子を探し歩いていた。


 あの子を見つけて、私は謝罪する事ができるだろうか?

 また憎まれ口を叩いてしまわないだろうか?


 捜し歩く最中、そんな事を思い、歩調が鈍る。


 何より、さんざん酷い事をしてきて、どんな顔で謝ればいいのか。

 このままなかった事にしてしまいたい。

 いいえ、けれどそれは許されない。

 自分のしでかした事は、きっちりと自分で始末をつけるべきだ。

 逃げてはいけない。


 くじけそうな自身の心を鼓舞しつつ、校舎裏の近くを通りかかった時だった。


「ラーユ様に、申し訳ないと思わないの?」


 私の名前が聞こえ、そちらの方へ向かう。


 現場に辿り着くと、シーナが壁を背に三人の女生徒から追い詰められていた。

 それだけでなく、彼女は三人に対して土下座している。


 彼女達の様子は弾劾の場に見えた。


「……申し訳ありませんでした」

「謝る相手が違うのではなくて?」


 頭を下げて謝るシーナに、女生徒の一人が声をかける。

 彼女に見覚えがあった。

 学園で話す事はあまりないが、社交の場ではよく一緒に行動してくださる方だ。


「貴女達、何をしているの?」


 私の声に気付き、女生徒達はこちらを見た。


「そこまでに――」


 ほぼ同時に、どこからかアチェート様が姿を現した。

 目が合う。


 あっ……。


 そんな中、私を見つけたシーナは私の前に出て、土下座する。


「今まで、申し訳ありませんでした!」


 きっと厳しく糾弾され、私に謝る事を強要されたのだろう。


 彼女は悪くないのに……。

 ただ私が狭量で、気持ちを御す事ができなかった事が悪いのに。


 そしてその光景を見て、アチェート様はどう思うだろうか。


 それに考えが及び、私の心は絶望に支配される。


 彼女達は私のためにこのような弾劾を行ったのかもしれない。

 貴族として、時には上位者の考えを察して行動しなければならない事がある。


 私はこれでも上位の爵位を持つ家の娘だ。

 貴族として、私も心の内に蠢く醜い感情を隠そうと努力してきた。

 しかし、それでもこの黒くおぞましい嫉妬を隠す事ができなかった。


 特別に勘の良い者でなくても、それは気付けた事だろう。

 だからこそ、彼女達はこのような事をしたのかもしれない。

 なら、これは私の責任だろう。

 そして、それがアチェート様に知られてしまった。


 身が竦むようだった。

 この光景は、私が生み出してしまったものなのだから。


 アチェート様はきっと、私があの子を虐めていたと思ったに違いない。

 この件に関してだけなら私は何もしていないが、私にあの子を憎く思う気持ちは確かにあった。

 それが表に出ていた今までの言動があれば、誤解されても仕方がない。


 この出来事は、私の責任。

 私がやらせたようなものだ。

 弁明もできないだろう。


「どう思われても構いませんわ。弁明は致しません。結果が全てですわ。沙汰の覚悟はできております」


 少しでも、王子の心に私への気持ちはあったのだろうか?

 だとしても、一片ほどに残ったその気持ちも、これで砕け散って砂となった事だろう。

 私は公爵令嬢。

 如何なる時も無様は晒すべきではない。

 毅然と貴族として、態度は乱すべきでないのだ。


「待て、他に言う事はないのか?」


 言いたい事は数多ある。

 でも、それらを語るのは貴族として美しくない。


「いいえ、何も」


 私はそう答え、その場を後にした。


 さようなら。

 王子様。

 私の愛しい方……。




 ☆王子サイド


 その日私は、親交の厚いダンプリング家の当主から頼まれごとをした。

 ()とも仲がよく、国の中枢にある人物だ。

 貴族としての位は高い方ではないが、機嫌を損ねてはならない相手である。


「私の不肖で申し訳ないのですが……。私には、隠し子がいまして」

「はぁ……」

「近々、学園へ入れようと思っているのです」


 彼は最近、嫡子を亡くしていた。

 奥方を亡くされて久しく、跡継ぎをどうするのかと王も気にしていたものだ。

 隠し子がいるのなら、それも解決だろう。


「殿下と同じ教室に入れるよう手配するので、それとなく面倒を見ていただきたいのですが……」

「クラスに馴染めるように、という事ですね」

「……それはそうなのですが。場合によっては、本当に迷惑をかけるかもしれません」


 よくよく話を聞くと、どうやらその隠し子は元々庶民として下町で暮らしていたらしい。

 つまり、貴族としての教育を一切受けていないのだ。


 これは結構な面倒ごとでは?


「よろしくお願いします」


 断る余地も見せず、お願いされてしまった。

 まぁ、か弱い生き物を守る事には慣れている。


 その時の私は、特に難しく考えずに了承した。




 私には婚約者がいる。

 名前をラーユ・チリオルという。

 おおよそ、貴族の令嬢として必要な素養はほとんど持って生まれたような、ほぼ完璧な令嬢である。


 見目も麗しく、彼女に微笑まれただけで大半の人間は好感を抱くだろう。

 たとえそれで反感を持ったとしても、言葉を交わせばその反感も消えるだろう。

 何故かと言えば……。


「そういえば、私のクラスに転入生があったのですよ」


 二人きりの茶会で、私は例の貴族令嬢について話題に上げた。


「この時期に?」

「どうやら、隠し子らしいですよ」

「隠し子?」


 その令嬢は、先日私と同じクラスに途中入学してきた。


「そのような方が、貴族としてやっていけるのかしら」


 彼女の懸念は私も思った事だ。

 実際、彼女は他の人間との交流に少し戸惑いがあるようだった。

 言葉遣いも慣れないようで、時折おかしな言葉を使う。


「確かに、慣れていない印象はある。けれど、努力は感じられる」


 それでも、馴染もうとしている部分は感じられた。


「どのような方ですの?」

「小さな可愛らしい女の子でした」

「そうですの」


 ラーユはムスッとした顔で答えた。

 メタクソ面白くなさそうな表情である。

 それを見て、心中でほくそ笑んでしまう。


 私が他の女性を褒めるような事を言ったからだ。

 詰まる所それは、私に対する気持ちの裏返しでもある。


 それが如実にわかるのは、正直言ってとても気分がよかった。

 今回はわざとでなかったが、たまにあえてそういう事を言ってしまう時があるくらいだ。


 まぁ、趣味は悪いな。

 それがわかっているのでフォローを入れておく。


「どのような方でも、あなたの可憐さには及びませんよ」

「まぁ、嬉しいお言葉です事」


 彼女はさらりと言葉を返した。

 しかし平静を装う彼女の顔が徐々に、赤く染まっていく。


「ワタクシとした事が、ちょっと体調が優れないようですわ。退席の非礼をお許しくださいませ」

「ああ。養生してほしい」


 答えると、ふらつく体をメイドに支えられながら、彼女は去っていった。


 翌日。

 見舞いも兼ねて彼女の家に訪れる。

 けれど彼女自身は今も部屋にこもっているらしく、彼女付きのメイドが代わりに応対した。


「彼女の容態はどうだろうか?」

「体調に問題はありません。部屋の中で叫んでおりましたが、中を覗くとベッドで足をばたつかせておりました」


 また可愛らしい事してるなぁ。


「殿下。あまりお嬢様をいじめないでくださいまし」

「それは申し訳ない」


 あれほど露骨に反応されるとついついああいう言葉を向けてしまいたくなるのだ。


 彼女が好感を持たれやすいのは何故か。


 私の婚約者は、とても根が素直な人間である。

 それを隠そうとしているが、隠しきれていない。

 というか隠すつもりがあるのか? と思えるほど簡単に露出する。


 精神的な本質は臆病でか弱い生き物で、しかしその恐ろしさから逃げない性格である。

 しかもその性格がそのまま表に出てしまう。

 そのためか、不思議と周囲からは好感を持たれていた。


 そして、思い込みが激しい。

 そんな愛おしい生き物である。


 とまぁ、この時までは私もまだ彼女の反応を楽しむくらいの余裕があったのだ。

 転入生をダシにして彼女の反応を楽しむくらいの余裕だ。


 それがまさか、あんなに大変な事になるとはなぁ……。




 事件が起こったのは、隠し子の令嬢が入学して一週間も経たない頃だった。

 彼女の名はシーナという。


 私は彼女が入学する前からそれとなく仲の良い生徒に根回しをしていた。

 その人脈を使えば、令嬢のフォローもそう難しくないと思っていた。

 しかしそれも甘かった。


 シーナが、ある男子生徒に足を引っ掛けられて転ぶ姿が見えた。

 私が気付いた時には遅かった。


「やはり、平民にはその姿の方が良く似合うな。這いつくばっている姿の方が」


 男子生徒は彼女を見下ろし、高圧的に言葉をぶつけた。

 その言葉に、彼の周囲にいた他の生徒二人が笑う。


 彼女が庶子の出である事はすでに周知されつつあった。

 最初こそ噂程度の話だったが、言葉遣いや所作の拙さからそれが事実だと認識されたからだ。


 そんな彼女が、貴族である自分と同じ教室にいる。

 それが許せない人間というものは少なくなかった。

 そういう事をやめるよう、見かけるたびに言い含めてもいたが……。


 話を聞かない人間もいる。

 あの三人の男子生徒もその内の人間だ。

 普段から高圧的で授業態度も悪い、反抗的な性格の生徒達だ。


 私はそれを止めようと近づくが……。


「どれ、もう少し相応しくなるよう飾ってやろうか」


 男子生徒は転んだ令嬢の頭に、飲みかけの水を器から零す。

 さらに大きな笑いが起こった。


「ははっ! どうだ、もっと良くなっただろう?」


 ……あれよあれよと事態が動く。

 そしてさらに、事態は進展した。

 それも思わぬ方向へ。


 机の倒れる音が教室に響いた。

 シーナが、水をかけた男子生徒を殴り倒したのだ。

 畳み掛けるように、もう一人の男子生徒を蹴り倒すと、最後の一人に掴んだ椅子を叩きつける。


 相手が状況を把握し、反応する暇を与えない奇襲じみた攻撃。

 喧嘩慣れしている?


 等しく床へ倒れこんだ男子生徒三人は、恐れと困惑のこもった視線を令嬢に向けていた。

 それを見下ろし、濡れた髪から水分を払いながら彼女は口を開く。


「うちは確かにええ育ちやない。学も無い。無い知恵絞って振舞い正しとるんや。でもなぁ――」


 ……ははっ。

 面白ぇ展開。


 足を上げ、彼女は続ける。


「人を人として見いひん奴相手に、正す礼儀なんぞないんじゃ!」


 そう叫ぶと、上げた足で男子生徒一人の顔を踏みつけた。


「ひ、ひいぃ」


 逃げようとする男子生徒に、椅子を投げつけようとする。


「やめろ」


 そこで私は、ようやく止めに入る事ができた。

 椅子を持った手を掴み、シーナを止める。


 彼女は眉を吊り上げ、私を睨み付けた。

 獰猛な敵意が私に向く。


「止める気か? 王子様」

「彼が非礼を働いた事は把握している。その上で怒りを納めてほしい」

「はぁ? 同じ貴族やから庇とるだけやろ!」


 彼女の表情からは隠すつもりのない不信感が見える。

 これは、今何を言っても無駄だな。


「どう思おうと構わない。だが、もうすぐ授業も再開する。騒ぎを大きくするんじゃない」


 彼女は無言で私の手を振り払う。

 最後まで敵意を向けたまま私から離れた。


 それからの彼女は今までの謙虚さもひたむきさも見せなくなった。

 授業は真面目に受けるが、休み時間は周囲に敵意を撒き散らし、他の生徒を威圧しまくった。

 荒事に慣れない生徒達は怯え、辟易していた。


 まるで手負いの獣のようだった。




「先日、転入したという令嬢は教室に馴染めていますの?」


 婚約者との茶会。

 彼女はそう私に訊ねてきた。

 どうやら、心配しているようだ。


「そうですねぇ……。変わった子ですから」

「どういうふうに?」

「……個人的には、見ていて面白い子ではありますね」

「そうですの……」


 ん?

 なんか不機嫌になったぞ。

 面白い子、は一種の皮肉を込めて言ったのだが、変な方向に受け止められたらしい。


「普通の貴族とは、常識の違う方ですよ」


 一応、勘違いされないようフォローを入れておく。


 しかし、小耳に挟んだ人間まで心配するとは。

 このまま気にかけられると嫌だな。

 あんまり近づけたくない人物だ。


「まぁ、係わり合いにならない方がいいと思います」


 そう告げたが、彼女は何やら考え込んでいる様子で耳には入っていないようだった。

 嫌な予感がする。


 それから数日経ったある日。


 学園の中庭にあるバラ園。

 散策している最中に、喧騒が耳に入ってきた。

 そちらへ足を運ぶと、シーナが大暴れしていた。


「どりゃああああっ!」

「ぐえええぇ……!」


 素行が悪い複数の男子生徒を相手取り、殴る蹴るの暴行をほぼ一方的に加えていた。

 既に何人かの男子生徒が顔に痣やコブを作って倒れている。


 おうおう、派手にやっとるなぁ。


「そこまでだ。双方やめろ」


 声をかけながらバトルフィールドに割り込んでいく。


 いち早く反応したのは、彼女だった。

 振り向きざまに裏拳を振られ、それを手で受ける。

 そのまま彼女の拳を握り込んだ。


「あとで事情を聞く。君達はここを離れなさい」

「は、はい」


 男子生徒達は気を失った仲間達を連れて、その場を去っていった。

 さて、残る問題は……。


「放せや!」

「それは聞けないな。放せば彼らを追うかもしれない」

「やっぱり、お貴族様はお貴族様を庇うんやなぁ!」

「そういうわけじゃない。王子として、秩序を守らなければならない」


 手を振り払い、シーナは私から離れる。


「はっ! だったら守ってみろや! 喧嘩もした事もなさそうな優男が!」


 開いた距離を詰めようとしてきたので、出足をローキックで刈っておく。


「!?」


 思わぬ反撃に驚いたのか、身体が強張った所に踏み込んで背後へ回る。

 両手首を掴む。

 背中越しに抱きとめるような体勢になった。


「王家お抱えの武術指南、つまりこの国で一番喧嘩の強い人間から私は手ほどきを受けている身だ。町の喧嘩自慢が私に勝てると思うな」

「てめぇこのっ……放せ!」


 拘束されながら、令嬢が声を上げる。

 ちょいちょい足も踏んでくる。

 痛い……。


「女相手にずいぶんと乱暴やないか……王子様ァッッッ!」


 踵で脛を蹴られる。

 超痛い……。


「私が愛している女性は一人だけだ。優しさを向けるのは、その一人だけでいい」

「気障な事言いよって」


 その時だった。

 背後でがさりと葉の揺れる音がした。

 視線を巡らせると、走り去っていく婚約者の背中が見えた。


 わぁ……なんだか嫌な予感がするぞ!


「悪いが用事ができた」

「ああん?」


 令嬢をほっぽりだして婚約者を追う。


 かなり本気で走り出したが……。

 速いっ!


 くそぉ、昔からそうだった!

 ラーユは妙に足が速い。

 子供の頃から、追いかけっこで捕まえられた事がなかった。


 だが、今は違う!


 ギュッと決心を固め、気合を入れた。


 成長して体力がつき、足も今は私の方が長い。

 追いつけないはずがなかった。


 その数分後、私は彼女の背を見失っていた。


 あれ? あれぇ?


「はぁはぁ……」


 汗は滝のように流れ、息を整える事に専念しなければ吐いてしまいそうな状況だった。


 どのような時でもスカートを翻してはならないという淑女の作法によって培われたピッチ走法で、コーナーどころか直線でも差をつけられてしまった。


 このフィジカルエリートめ!

 そのメンタルの弱々しさを少しは肉体にも反映しろ!


 私にできるのは、息を切らせながら内心で悪態を吐くぐらいであった。


 その後、彼女と話す機会には恵まれたが、特にあの時の事を追及される事はなかった。

 弁明しようとするが、バラ園やシーナの話をしようとすると露骨に話題を変えられた。

 多分、彼女は見なかった事にしようとしている。


 長年の付き合いから、直感的にこれは無理だと判断する。

 何を言っても聞いてもらえない。

 無理やり聞かせても物理的に逃げられそうだ。


 こうなっては、どうにか勘違いに気付いてもらうのを祈るしかない。

 ……もし、気付いてもらえなかったら?

 今までの経験からいって、ろくな事にはならないだろう。


 事件が起こったのは、登校の時だった。


 彼女の家へ迎えに行くと、既に登校した後だという。

 嫌な予感がした。


 急いで学園へ向かうと、絶望的な光景が目の前にあった。


 私の教室の前。

 ラーユが、シーナを前に仁王立ちしていた。


 これはまずい。

 場合によっては、王子としての立場から封印していた男女平等制裁拳を使わざるをえない。


「ああ? なんやねん、お前」


 不機嫌そうな表情、声色でシーナはラーユを見下ろす。


「あなたには言いたい事が多くあります。ですが、差し当たって」


 ラーユはキッと表情を引き締め、口を開く。


「何ですか、その着こなしは!」


 最近の令嬢は、制服を着崩していた。

 本性を現してからの事だ。


「人が何をどう着ようと勝手やろ」

「いいえ、そうはいきませんわ。着こなしは個人だけのものではありませんのよ。だってあなたは、貴族なのですから」


 さながら、優しく諭すように婚約者は語った。

 そんなラーユに、シーナは拍子抜けした表情で対していた。


「あなたはこの学園において家の代表なのです。あなたが悪い行いをすれば、あなたを育ててくれたご両親が悪く見られる事になる。あなたの評判によって、家族が悪く言われる事だってあるの。あなたにも、愛する家族はいるでしょう?」

「それは……そうやけど……。でも、私は貴族として育てられたわけやない」

「事情はある程度知っています。ならばなおの事、これまで育ててくださった母君のためにも自分を律するべきですわ。育ちが悪いから素行が悪いと思われるよりも、貴族として通用するほどに教育が行き届いていると思われた方が母君にとっても良い評判だと思いますわ」

「……」

「毎日の事なので面倒なのはわかります。でも、家族の事を思えば、少し頑張ってみようって意欲が湧くものですわ。いきなりは無理でも、少しずつ頑張ってみて。まずは、ここから」


 ラーユは、相手の胸元へ手をやる。

 乱雑に結ばれていた胸のタイを解いた。

 綺麗に結びなおす。


「ほら、綺麗」

「……あんがとございます」


 激情の行き場を失ったのか、シーナは憮然とした様子で顔を背けながら礼を述べた。


「たかが身嗜みと言えど、疎かにしてはなりません。それが、あなたの愛する家族のためにもなるのですから。わかりましたの?」

「すみませんでした……」


 シーナから謝られ、どういうわけかラーユはいたたまれない表情になった。


「こちらこそ、差し出がましい事を言いましたわね。では、ごきげんよう」


 ラーユはそう言い置いて、そそくさと校舎の方へ去っていった。


 私は、残されたシーナの元へ向かう。


「彼女の言葉はずいぶんと素直に聞くのですね」

「自分を思い遣って心配してくれる人間は無碍にはできんやろ」


 思いがけず、柔らかな態度だった。


「……あの人、誰や? あんな綺麗な人、初めて見たわ」

「私の婚約者です」

「なんや、そのしたり顔? 腹立つわぁ」


 怪訝な顔で言い放ち、シーナは校舎の方へ向かって歩き出した。


 まぁ、何事もなくてよかった。




 二人の接触から数日。

 ラーユはシーナに毎日接触を図るようになった。


 まぁ、初日の様子から大丈夫だろうと思いつつ、念のために私は二人の接触を見守った。


「ほら、またタイが曲がっていましてよ」

「髪、ここハネてますわ」

「朝ごはん食べてませんの? アメちゃんあげますわ」

「ええっ! 授業で使う雑巾が用意できなかった? どうして昨日の内に言いませんの!?」


 あの令嬢、ちょっと不備が多すぎないかな?

 と思いつつ、二人の様子を見守っていた。


「この前なんか、鞄の底から丸められたプリントが出てきましたのよ!」


 そして私は、その愚痴をお茶会で聞かされる事が多くなった。


 当のシーナもラーユに対しては暴力的な振舞いをせず、むしろ親しげな態度で接している。

 とはいえ、態度を軟化させているのはラーユに対してだけであり、その他のあらゆる場でシーナは問題を起こし続けていた。


「洗濯は畳まず放置しているのか制服に皺が目立ちますし、普段からハンカチも持っておりませんのよ。……はぁ」


 疲れた様子で溜息を吐く。

 育児ノイローゼかな?

 何で別の家の人間をそこまで管理しているんだ?


「あの方は少し至らない部分が多すぎますわ。先輩としても貴族としてもしっかり監督しなければなりませんが、わたくしにできるか不安になってきますわ。……はぁ」


 育児ノイローゼだね。


「それに他所(よそ)の子ともよく喧嘩するみたいですの」


 君の家(きみんち)の子でもないだろう?


「そのくせ謝りたがらないから、わたくしがお詫びに行っていますのよ」


 ああ。

 たまに学年飛び越えて、いろいろな生徒に喧嘩ごしな態度をとっているな。

 食堂などは全学年が利用するので、そこで接触があるのだ。


 私も彼女が因縁をつけている姿を目撃している。

 実際は向こう側から因縁をつけてきたかもしれないが、基本的に威圧されているので被害者にしかみえない。


 で、そういう事がある(たび)にラーユは相手方(シーナがこちら側というわけでもないんだが……)の元へおもむき、頭を下げて回っている。

 私もその光景は何度か見た。


 本来、貴族階級の高い者が低い者を呼びつけるのが一般的であるが、ラーユは申し訳なさからか出向いている。


「あの子もまだ貴族社会に慣れておりませんの。いたらない行いをしてしまう事もございます。それが許される理由にもならない事はわかっておりますが。どうかご容赦お願いいたします」


 そうして公爵令嬢(ラーユ)から頭を下げられるのだ。


 ……正直、たまったものではないだろうな。


 ただでさえ「あいつ、あの人に頭下げさせてるよ。何様だよ」という目で見られるし、そのような事をされれば許せなくとも許さざるを得なくなるのだ。


 そして、同時に元凶となるシーナへのヘイトも溜まっていくわけである。


 それはそうと、黙って聞いていたが驚くほど首を突っ込む必要のない案件に自分から突っ込んでいってるな。


「本当にいたらない子」


 溜息を吐き、婚約者は憂鬱に彩られた呟きを漏らす。


 しかし、彼女があの令嬢の話ばかりしているのは……。

 ……メタクソ面白くない。

 まるで彼女を盗られたみたいな気持ちになる。


 不意に視線を感じて見ると、こちらの様子を伺うように上目遣いでラーユが私を見ていた。


 あ……。

 しまったな。

 不機嫌さを表に出してしまっていたかもしれない。


 これは余計な事を考えているな。


 一応表情は取り繕ったが、ここで弁明しても余計に気を回す事になるだろうな。

 変な方向に事態が転ばなければいいが……。




 それから数日後。


「ちょっとよろしいかしら?」


 他のクラスの女生徒が三人、シーナを訪ねてきた。


「なんやねんお前ら?」


 剣呑な表情で見返しながら、シーナは低い声で問いかけた。


「話があるからついて来てくださる?」

「話だけならここでええやろ」


 先頭に立つ女生徒は、にっこりと笑って続ける。


「何を怖がっているのかしら?」

「なんやと? お前らなんぞ(こわ)あるかい」


 短いやり取りを交わして、シーナが立ち上がる。

 女生徒達について、教室から出て行った。


 あの三人……。

 みんな、位の高い家の者ばかりだ。

 少なくとも、ダンプリング家よりも家格は高い。


 問題を起こされると各所に波及しそうだな。


 私も教室を出て彼女達の後を追った。


 シーナが連れて行かれたのは人気(ひとけ)のない校舎裏である。

 校舎の壁へ追い詰めるように、三人の女生徒は囲った。

 そんな状況であるのに、シーナは怖じけた様子もなく相手をにらみつけている。


 私は気付かれないようにひっそりと物陰に隠れ、彼女達のやりとりを伺う。


 さて、私刑にしか見えないこの状況だが、何を目的としてあの令嬢達はシーナを連れ出したのか……。


 先頭に立つ令嬢、彼女はあの中でも最も家格の高い者だが。

 私刑制裁というやり方を好むような人間ではなかったはずだ。

 いつも笑顔を浮かべる穏やかな印象の子である。


 その令嬢が、口を開く。


「あなたは、ずいぶんと各所へ失礼な事をなさっているようね? 同級生はもちろん、上級生、それも階級問わず……」

「あんたとは初対面や。関係ないやろ」


 威圧するシーナだが、令嬢に動じた様子はない。


「腹割って話そうか」


 普段の柔和な笑みを消し、声を低くし、口調を変える。

 その様子に、他二人の令嬢も戸惑いを見せるのがわかった。

 私自身も少し驚いた。


「人には繋がりがある。私個人に何もなくとも、私に連なる人間が不利益を被れば言いたい事も出てくるわな」

「小せぇ人間ばっかりって事やな。強い人間っちゅうもんは、群れへんやろ」

「だが、貴族社会ってのはそういうもんだ。人の繋がりは家の繋がりでもある。子供同士のやり取りが、場合によっては家同士の問題にも発展しかねない。そうなれば大変だ。頭数が増えりゃ、喧嘩じゃなくて戦争にもなる」


 彼女の言葉は正しい。

 発端がどれだけ些細でも、事態の転がり方次第では人死にも出るだろうな。


「それで、お前が入学してからそれなりに時間は経ってるな。お前がその間大暴れして、そういう事態に発展したか?」

「……何が言いたいんや?」

「何もなかっただろう。道理に合わねぇわな? 何でだと思う?」

「聞いとるのはこっちや! 何が言いたい?」

「お前のために割り食ってる人間がいるって事だ。本当にわかんねぇか?」


 シーナは黙り込んだ。

 初めて、令嬢から視線を逸らす。

 心当たりがあるのだろう。


 私もまた、令嬢の言わんとする所に察しが着く。

 そして、それに何も言えなくなったシーナは後ろめたさを覚えているのだろう。


 その様子を見て、令嬢は再び表情を笑みへ変えた。


「念のため、確認しておきましょうか」


 口調も柔らかなものに変わる。


「あなたが今も傍若無人に振舞えるのは、あなたの行いに対して頭を下げている方がいるからですわ。誰かわかりますわね?」

「……」


 頭を下げているのは、ラーユだ。

 今まで思い至らなかったのか、それとも気付いていても直視していなかったのか。

 どちらにしろ無視してきた事実を令嬢は突きつけた。


 そして、それを突きつけられたシーナは返す言葉を失ってしまっている。

 反抗する様子もない。


「……ラーユ様に、申し訳ないと思いませんの?」


 シーナはその場で膝を着き、土下座する形で頭を下げた。


「……申し訳、ありませんでした」


 声色は硬く、真剣な面持ちだった。


 その時になると、私の彼女に対する印象が変わっていた。

 少しだけ、手助けをしてもいいと思える程度には。


「そこまでに――」

「貴女達、何をしているの?」


 声が重なり、見るとラーユの姿があった。

 目が合う。


 あっ。


 彼女を見つけたシーナが向き直って土下座する。


「今まで、申し訳ありませんでした!」

「わっ……あ……」


 渾身の謝罪を受けたラーユの顔が青ざめていく。

 泣きそうな顔で私へ向いた。


 待て……待て!

 やめろ!

 何を考えている?

 すごく嫌な予感がするッッッ!


「……ど、どう思われても構いませんわ。ぐしゅ……弁明は致しません」


 ラーユの口からそんな言葉が出てくる。

 いや、してくれてもいいんだよ?


「ひうっ……結果が全てですわ。沙汰の覚悟はできております」


 覚悟ができてるって……。


 お前、ボロ泣きやんけ。

 覚悟ができてる人間の表情じゃない。


 言い終わると、この場にいるのが耐えられなくなったのか、ラーユは身を翻す。


「待て、他に言う事はないのか?」

「い……いいえ、何も」


 なんかあるだろ?


 そうこうしている内にラーユは駆け出した。


 やべっ。


「お前ら! 彼女を追え! 逃がすんじゃねぇぞ!」

「ええっ!」


 その場の全員に怒鳴る。

 突然の命令に驚いた様子の令嬢達。

 それを置いて私は駆け出す。


 今までにない全力疾走。

 ここで逃がすともう後がない気がする。


 足が折れても構わない。

 肺が破裂しても構わない。


 そんな気持ちで私は彼女を追いかけた。

 そして……。


「もう……はぁはぁ……だめかも……はぁはぁ……しれない……」


 彼女には追いつけなかった。




 あの一件以来、シーナは別人のように大人しくなった。

 まだちょっかいをかけようとする人間はいるが、我慢して相手にしないようにしているようだった。


 前の素行があって教室では孤立しているが、彼女を呼び出した令嬢と最近では交流があるそうだ。


 連日のトラブルはなくなり、穏やかな学園生活が戻ってきた。


 そこまでは良い。

 良くないのは私とラーユの関係について妙な噂が立っている事だ。


 耳にした所によると、私がシーナ嬢と恋仲になり、きっかけとなった呼び出しの日にラーユに婚約破棄をしたというものだ。


 シーナが大人しくなったのも、それが関係しているのではないか、という話だ。


 迷惑な話である。


 しかし、婚約破棄の話があるのは事実だ。

 まぁ、されそうになっているのは私の方だが。


 あの日以来、ラーユは登校していない。

 部屋で引きこもっているそうだ。


 彼女が何を思って、誰に何を告げ、それがどう伝わったのかわからないが……。

 確かなのが、その結果として私は父上にかなり強めに叱責されたという事だ。

 泣きながら帰ってきた娘にチリオル公が怒り、抗議してきたそうだ。


 俺は悪くねぇ。

 内心、そんな考えでいっぱいになりながら私は甘んじてお叱りを受けた。


 締めくくりに関係の修復を命じられ、私は翌日に彼女の家へ向かった。


「お嬢様は何もおっしゃられないので何をしたのか知りませんが……。もう二度と来ないでくれません?」


 と静かにキレたメイドから門前払いを受けた。


「王子に対してその態度はどうかと思うが……」

「怒っているのが私だけだと思ってます?」

「思わないが……。私が本気で彼女を傷つけると思うか?」

「さぁ……殿下は人当たりも顔もよろしいですからねぇ? 相手も選り取り見取りでしょう?」


 メイドは自分の顎に手を当てて懐疑的な表情を作った。


 ちょっと面白がってんだろ、お前。


「誓って言うが、私は許婚(いいなずけ)という立場から彼女と関わっているんじゃない。彼女の事が好きだから一緒に居たいんだ」

「あら、ずいぶんと素直におっしゃるのですね。直接伝えればよろしいのに」

「直接言ったら、恥ずかしがって部屋から出てこなくなるだろう」


 メイドはそこで始めて笑顔を作った。


「何より、彼女の理想に反するかもしれないからな」

「お嬢様の理想、ですか?」


 メイドは不思議そうに問い返す。


「彼女は、意外と格好つけたがる所があるだろう?」

「それは確かに……」


 当人にいろいろと甘い所があるから、その意図通りになってはいないが。


「彼女には多分、理想の自分像があるんだろう。で、その理想は自分だけでなく他人に対してもあるかもしれない」

「ふむ。続けて」


 なんで上から目線なんだ、こいつ。


「その理想に、私はなりたい。彼女が理想とするような完璧なパートナー。私はスマートで優しく素敵な王子様を演じているが、そんな私に彼女が好意を持ってくれているなら。私はずっと、理想の王子様でいるつもりさ」


 メイドはおかしそうに笑う。

 なんだよ?


「お気持ちが変わっていないならいいでしょう。それとなぁく、関係の改善を手伝わせていただきますよ」

「助かる。差し当たってこの手紙をチリオル公に渡してほしい」

「え、旦那様に? まさか……」


 はわ、と顔を赤くするメイド。

 何を考えているかは聞かん。

 こいつの事だから、どうせとぼけているだけだ。


「弁明と事の顛末を書いておいた。手紙を捨てられても構わない。何度でも書き直すからな」

「情熱的ですわねぇ」


 とりあえず、自分の熱意が伝わればいい。

 チリオル公と親交のある貴族達にも接触し、仲を取り持ってもらえるよう働きかける。


 そうして少しずつ、関係を修復していこう。


 地味で地道で繊細、しかも長く困難な方法だが致し方がない。


 惚れた弱みというやつだ。

 主要人物三人だし、名前いらないだろう。

 とたかを括って書き出したら、結構ややこしくてわかりにくい所が出てきてしまったので名前をつけました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
多分、三人組の筆頭お嬢 武門の出で、爺さん当たりが 成り上がりの婿養子だと思うw 続き期待します
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ