048 謎の気配
炎で形成された鋭い槍が、私の頭上より放たれる。
即席とはいえ思考加速と並列思考を総動員して放ったそれは十分な威力を誇り、吐き出される腐蝕ブレスの中を突っ切って大口を開けるコロージョンサーペントの口の中へと吸い込まれるように飛んでいく。
「────!!!?」
ブレスでかき消すこともできずに火槍が口内に直撃したコロージョンサーペントは、声にならない悲鳴を上げながら大きく体をのけぞらせ、そのまま後ろに倒れてのたうち回る。
一方私はというと、現状私が持ちえる最高火力である火槍でも、というか貫通力を重視して鋭く細く形成された火槍だからこそ、自分の予想を遥かに上回るほどに全く腐蝕ブレスを相殺してくれず、全身に思いっきり腐蝕ブレスを浴びてのたうち回っていた。
ぐうああああ!!!
痛い!!臭い!!きしょい!!痛いきしょいきしょいぃぃ!!
火纏!火纏ぁぁぁぁ!!
体が溶けるような、焼けるような痛みが全身を貫いて、痛覚耐性があってもなお酷く痛む。
やけどなどとも違う、強烈な熱さと冷たさが同時に体を貫くような痛みに訳が分からなくなる。
だがそれでも、この痛みだけであればまだもう少し我慢できたかもしれないだろう。
問題なのは、痛みと同時に全身を襲ってきた極小の何かに全身を咀嚼されているかのような不快感だった。
それが私を余計に混乱させ、痛みをブーストさせる。
火槍の発動に集中するために火纏を最低限まで弱めていたのも、これほどまでに思いっきりダメージを喰らってしまった原因なのだろう。
………ふぅ、ふぅ、はぁ……。
そういえば、腐蝕魔法は肉食性の微生物だか魔法生物だかを操る魔法なんだったっけ………?
はぁ………あぁ~っ………まだ毛の中になんかいるみたいな感じする………うぅ~気持ち悪いぃ~!!
体の傷自体は、思ったよりも酷くない。
最低限とはいえ火纏は発動していたし、その他にも魔鎧のおかげなどもあるだろう。不快感も痛みもすでに消えた。
とはいえあまりにも衝撃的だったあの不快感は中々頭から離れてくれず、総毛立つような感覚に苛まれる。
くっそこのやろう、よくもやりやがったなぁ!
火あぶりにしてやる…!!
腐蝕ブレスを頭からかぶる羽目になった最大の要因は、真正面からの相殺には完全に不向きだった攻撃手段に全てをかけた自分なのだが、そこは無視する。
結局のところ、そもそもコイツが腐蝕ブレスを放たなければ私もこんな気色の悪い思いをしなくて済んだのだ。
そう、全てはこいつが悪い。
口内に火槍が直撃したことで相当のダメージを負ったのか、コロージョンサーペントは体を起こしつつも、口を半開きにし、荒く息を吐いている。
その息もしっかりしているとは言いずらく、ひゅーひゅーと苦しそうだ。
さらに、威圧するように私よりも高い位置に起こした頭は、不安定にゆらゆらと揺れている。
魔力を見ると、先の攻撃でさらに減ったようで残りは60程度。
ここまで枯渇すれば、もはや魔力は消費できないだろう。これ以上減れば、いよいよ魔力切れで倒れかねない。
次で決めてやる、覚悟しろよ!!
そう思いふらふらのコロージョンサーペントを睨みつつ、火槍を二発準備する。
コロージョンサーペントはというと、それに対して威嚇するように吠えようとして血を吐き、そして後退った。そのまま体を反転させて、私から逃げるようにうねうねと体を動かし始める。
どうやら、ここにきてようやく自分がかなりのピンチであることを悟ったようだ。
だが、ここまできて逃がすなんてありえない。
瀕死でふらふらのコロージョンサーペントの逃げ足よりも、二発とはいえ思考加速と並列思考を総動員した私の魔法構築の方が速い。
私の頭上に浮かぶ二本の鋭い炎が、唸りを上げて飛翔する。
それは、私に背を向けて走るコロージョンサーペントの体に深々と突き刺さり、その肉を焼き焦がす。
「──────!!!」
さしもの巨体とはいえ、流石にこれだけのダメージを負って生きていられはしないらしい。
断末魔の代わりに血反吐を吐きながら、一度ビクンと震えたコロージョンサーペントの体は地面に倒れて動かなくなった。
………よし…よぉしっ!はーっはっはははは!!
思い知ったか!散々臭い息吐きかけやがって!
ふはははははははは!!!
それなりに余裕のある戦いだったとはいえ、最後に盛大に腐蝕ブレスを喰らってしまったのがなんとなく悔しくて、戦いが終わった安堵感と相まって笑いながら悪態をつく。
ついでに、悔しさ半分おふざけ半分にコロージョンサーペントの死骸を後ろ足で蹴り飛ばす。
……………はぁ。
あぁ~、私って強くなったなぁ、いやほんとに。
ボーンイーターを倒せたときも思ったけど、こうやって実際に前に遭遇して逃げるしかなかったヤツを倒せると、より強くなれたことが実感できる。
この調子でいけばいずれは、あのエンペラービートルに復讐することもできるかな。
自分の強さを改めて実感できて、心に得も言われぬ充足感が生まれてくる。
これまでも魔物を倒して、その肉を食べるときも含めてなんともなしに感じてきたこの感覚。
それを今、これまで以上にひと際強く感じて、私はこれが"自信"なんだと自覚する。
前世でも自信が付くという感覚は分かっていたが、これは前世とはまた違う、そう、言わば"生きることそのものへの自信"といえばいいのだろうか。
狩られる側、殺される側。どうにかこうにか工夫して、それでもなお、飛来する毒液一発で死ぬかもしれない。
そんなだった私が、今は狩る側にいる。
もちろん、私のことを獲物とすら認識せずに容易く殺せるヤツもたくさんいるだろう。
前に一度だけ見たギガントアラネアとか。
だが、それでも多少なりとも私よりも弱い命がいるというその事実が、それを物理的に実感できる、この命を削る状況と"食べる"という行為が、前世では決して味わえなさそうな自信を私に与えてくれている。
それを改めて自覚して、私は前世で決して思えることのなかった"自分の存在そのものへの自信"を、僅かではあれどその胸のうちに宿した。
……………で、これ、どうしようかな…。
ごろりと転がる、私よりも数倍は大きなコロージョンサーペントの死骸を前に、私は立ち尽くしていた。
今回の戦いは余裕があったとはいえ、それでも減るものは減った。
火刃や火槍をこれまでにないほど連発したのもあって、ぶっちぎって魔力消費が凄かった。
ほぼマックスまであった魔力が、今の一戦で半分以下まで減っている。
なので魔力と体力の回復を図りたいわけなのだが………。
正直に言って、コイツは食いたくない。
現状、魔力補充と体力回復のスキルのおかげで魔力と体力の最も効率的な回復方法が食事となっている私なのだが、それでもコイツは食いたくない。
ついでにいうとこの場に溢れるほど転がっている腐ったゲジゲジの死骸も食べたくない。
まず第一に、臭い。
そして次に、腐蝕魔法の特性だ。
さっきの戦いで腐蝕魔法の特徴を思い出したのだが、確か腐蝕魔法は、正確には超極小の微生物みたいなヤツ──詳細は知らん──を操っている、という設定があった。
ブレスを思いっきり喰らったときもそれらしい不快感を感じたので、多分これは本当なんだろう。
……………となると、このコロージョンサーペントの体内だってその微生物で溢れている可能性があるわけで……………。
食べるならまず、焼かないとダメか。
でも魔力の回復がしたいのに魔力を消費してってのもなぁ…………。
…でもなぁ、今の状態のまま先に進みたくはないし……。
でもこんなひたすら臭い場所にずっと留まるのもなぁ。
とはいえ、自然回復を待つのもなぁ………その前にこの空間に他の魔物が寄ってきそう。
う~ん………どうしようかな。
コロージョンサーペントの死骸の前で、食べるか否か、休むか否かを思案する。
さらにしばらく考えて、先の不快感とこの場の悪臭につられてこのままもう少し先に進む方に心が傾いていたとき。
……………ふと、私の気配察知と魔力感知が妙な気配を捉えた。
その魔力の気配は弱弱しく、そして突然現れた。
あまりにも弱かったので最初はどの辺りなのか位置が分からなかったが、その気配は時間が経つにつれてぐんぐんと大きくなっていき…………
そして私は気が付いた。
この魔力の気配、魔物の気配は。
────これ、壁の中にいる……………?




