035 骨喰い
緑に覆われた洞窟の中を、緋色の毛並みを持った一匹のキツネが歩く。
私だ。
代わり映えしないなぁ。マジで。
森の中はどこを見ても似たような景色だから迷うっていうけど、この洞窟もそれと同じなのかなぁ。
まぁ私の場合は記憶のスキルのおかげで、通ってきた道はある程度覚えているのだが。
それでも、流石にもう最初の川辺の空間に繋がる場所まで戻れるほど覚えているわけではない。
しかしそこまで記憶していなくとも、目印なしで来た道を覚えておけるのは便利なので、このスキルには大変お世話になっている。
他にも、今までに遭遇した魔物に関することをよく覚えているのも、多分このスキルのおかげだろう。
一匹一匹ごとのスキルのレベルとかまで覚えているわけではないが、名前と見た目と攻撃手段とか、その程度ならすぐに思い出せる。
本当に便利なスキルである。
できれば前世から欲しかったものだ。このスキル一つで勉強無双できそうな感じがする。
ド〇ゴン桜もびっくりのスーパー暗記ウーマンの出来上がりである。
……などと、もはや叶わない夢物語に思いを馳せていた私は、魔力感知で妙なものを捉えて立ち止まった。
魔物の死骸…かな?
いや、うん、そうだな。
……?
………うぇっ!?これは…。
捉えたのは、魔物の死骸らしきもの。
通路の地面から盛り上がった太い根に隠れるようにして横たわっていた。
最初に魔物の死骸かどうか判断に迷ったのは、魔力感知で感じられるその形があまりにもズタズタだったから。
なんの魔物かも、魔力で形を感じ取るだけでは判別できないほどにズタズタだった。
ただ、それだけならたまにある。
一体どの魔物の仕業なのか知らないが、死骸を全て食べずに残しているのだ。
お腹いっぱいになって残したのか、それとも縄張りの主張でもしているのか。
仕留めたなら最後までしっかり食えってんだ。
まぁそんな感じなので、ボロボロの魔物の死骸自体はたまに見かけるのだが…。
私が驚いた要因は、別にあった。
いや、魔物の死骸に驚いたことは確かなのだが、如何せん、その"数"が、あまりにも多かった。
私が死骸に近づくほどに、その奥に、二つ三つとどんどん似たような残骸を感じられるようになる。
若干の恐怖を感じながら、盛り上がった木の根を飛び越えてその向こう側を見る。
────そこには、吐き気を催すような光景が広がっていた。
木の根の向こう側、通路の先のほうまで、無数の魔物の死骸とその体液が撒き散らされていた。
直接見て分かったが、多数の死骸はほぼマンティスのもののように思われた。ただ、ほとんどはその原型がない。
体の上だけだったり、下だけだったり、頭だけであったり、その頭すら半分だったり。
肉と内臓と体液でぐしゃぐしゃの中、かろうじて形を残している死骸の欠片が転がるその景色は、魔物の死骸に慣れ切った私でさえわずかに気持ち悪くなるものだった。
こいつらは群れているところを見たことがないので、推測だがここが巣だったのだろう。
だが、しかしこの景色は、あえて言ってしまえば所詮は単なる光景に過ぎない。
そして光景というのは、情報の塊だ。
そこに何があって、どうなっているのか。それを教えてくれるのが光景というものだ。
そしてこの場において、それを読み取り理解できるかどうかは、生死に直結することも、これまでの経験で十分理解している。
流石に、これだけの死骸の山を見て、分からない私ではない。
────いた。
死骸の山の奥、通路の先、私の魔力感知でも気配察知でも届かない、目視だからこそ認識できた距離に。
……クマ?
そいつは、クマだった。
遠目に見てもデカい、かなりデカめなクマ。
虫の魔物じゃない。動物だ。本当に久々に見た気がする。
こちらに背を向けて座っていて、何をしているのかは正直分からない。お食事中かな。
毛は黒に近い焦げ茶色。耳は小さいが尖っていて、座っていてなお大きな背中には首から背の中心辺りにかけて白い十字の柄が………
あーーっ!!!
あのクマまさか…いや知ってる!いた!!いたわアイツ!!
アルカディア・オンラインに!!
背中に十字のマークがあるデカいクマのモンスター!
序盤のエリアの中ボスとかでよく出てきてたレアモンスターじゃん!!
他のクマのモンスターと違って、耳が尖ってるんだよなぁっ!!
名前はそう、たしか………ボーンイーター!!
『《ボーンイーター Lv.18
ステータス
名前:なし
魔力:316/429
体力:1017/1388(+380)
基礎攻撃力:902(+153)
基礎魔法力:98
基礎防御力:645(+122)
基礎抵抗力:610
基礎敏捷力:826
スキル
〈魔力感知Lv.2〉〈視覚強化Lv.6〉〈聴覚強化Lv.5〉〈嗅覚強化Lv.7〉〈暗視Lv.5〉〈気配抑制Lv.1〉〈気配感知Lv.1〉〈威圧Lv.8〉〈思考加速Lv.2〉〈武闘気Lv.3〉〈武鎧Lv.3〉〈第六感Lv.2〉〈体力回復Lv.2〉〈飽食Lv.2〉〈尖牙Lv.5〉〈鋭牙Lv.3〉〈咆哮Lv.5〉〈痛覚耐性Lv.1〉〈虫殺し〉〈マンティス殺し〉〈アラネア殺し〉〈ヴァルガーレ殺し〉》』
いやつんよ。
ステータスたっか。魔力ひっく。
こいつってこんな脳筋みたいなステータスしてたの??
いや、まぁ、確かに魔法とか使わないけどさ。
ボーンイーター。
アルカディア・オンラインでは、序盤から中盤で出てくるボス格のモンスターで、その名の通り骨ごと粉々にする圧倒的な顎を持つ。
ゲーム内においても、噛みつき攻撃にだけ異常なほどのダメージ倍率が設定されていて、特に序盤なんかは噛みつき攻撃を一度喰らうだけで致命傷になるほどのバカみたいなダメージを受ける。
まぁ、その分嚙みつき攻撃は予備動作が分かりやすいので、避けること自体は簡単なのだが。
今は背中しか見えないが、恐らく顔が見えれば、クマにしては大きい口もとと口から飛び出るほどの大きな牙が見えるはずだ。
……さて。
コロージョンサーペント以来二度目となる見知ったモンスターこと魔物との遭遇なわけだが。
うんまぁ、この道は引き返そうかな。
いやだってさぁ、あれはさぁ、無理じゃん。
私の唯一の長所の足の速さですら負けてて、しかもスキルもちゃんとレベル高め。
思考加速とか持ってるし。
武闘気とか武鎧ってなに??初めて見るスキルなんですけど!
魔闘気とかの武バージョン?どゆこと?魔力以外のエネルギー使うってこと?
念能力かよ。
鑑定して分かるが、どう見ても勝てない。
せっかくアルカディア・オンラインの知ってるモンスターに出会えたのだからもっと色々と見たいのは山々だし、虫じゃないまともな動物の肉は美味しいのかどうかも凄い気になるが、勝てない勝負には挑まないのが私だ。
命大事に。勝利確実な相手とだけ戦いましょうねって。
さぁ~って、と。
観察はこのくらいにして、道を引き返しますかぁ。
う~ん、分かれ道まで戻るのちょっとめんどいなぁ、結構遠いんだよな。
……あ、そうだ。
戻る前に、ボーンイーターの名前を鑑定してみるか。
もしかしたらそれで、何かこの世界に関する新たな情報が得られるかもしれない。
他の虫の魔物は、その魔物の簡単な説明しかされないのだが、コイツなら何か違うかもしれない。
そう思い、返しかけていた踵を戻して再び木の根から顔を出す。
出して、私は即座にその行動を後悔した。
────目があった。
背中越しにこちらに振り向いていた、ボーンイーターと。
それはもう、ばっちりと。




