029 聞き覚えのあるもの
点火。
ぼっ、という微かな音とともに、足もとを覆っている蜘蛛糸が燃える。
アラネアの巣から少し離れた位置。通ってきた通路を戻るように、私は歩いてた。
流石にあの死骸の山の中にいつまでもいたくないし、なんだかんだで巣の近くだったから他のアラネアと遭遇するかもしれない危険性を考慮しての移動である。
アラネアの大群に襲われたときにつくった横穴をそのまま一時的な拠点にしようかとも考えたのだが、また巣から大量のアラネアが現われてもう一度包囲されでもしたら今度こそ恐怖で死にそうだからやめておいた。
同じ理由で、巣に近づいて探索するのもボツである。
そんなわけで、周りの蜘蛛糸を気まぐれに燃やしつつ分岐点があるまで来た道を戻っているわけなのだが、私の注意は、とあるものに大きく吸い寄せられていた。
スキル〈渡り者〉である。
『渡り者。
魂の形状を維持したまま世界を渡った者が得られるスキル。
基礎魔法力と魔力に大幅な補正がかかり、幽霊体が安定するまでの間のみ取得経験値量が劇的に上昇する。
また、スキル〈魂思考〉〈魂記憶〉を取得する』
これってつまりそういうことだよね?
世界を渡った者ってつまりそういうことだよね?
……異世界チートスキル…とは言えない…か?
説明の限りだと、ただ単に転生した結果の副産物みたいな感じっぽい。
転生チート!!ってほどじゃなさそう。
最初に"渡り者"ってスキル名見たときはちょっと期待したのになぁ~…。
すわっ!?ここにきて異世界転生者特典だとぅ!!?
って身構えながら見たのに、単なるバフスキルとは…。
いや、まぁ、期待外れってだけでありがたいスキルではあるけどね?
基礎魔法力と魔力と取得経験値量にバフ……ってことはステータスのカッコに括られてるプラス数値はこのスキルのおかげっぽいし、あんまり実感ないけどレベルも上がりやすくなってるってことでしょ?
うん、魔法主体で戦ってるし普通にありがたい。
スキル〈魂思考〉〈魂記憶〉に関しては、うん、まぁ、何かに使えるの、かな?
まぁスキル一つからさらにスキルが二つ生えたと考えればうまい、のかな?中身はともかく。
でも期待外れなんだよなぁ~~!!
ここで隠れていたチートスキルが覚醒ッッ!!!…という夢を見たのでした、と。
もういいじゃん異世界転生自体夢みたいなもんなんだからもっと盛り上げてよぉ~!!
……はぁ、もういいや。言ったって仕方ない。
それに私には魔法もあるしね。理想は一足跳びに強くなって楽々チート無双だけど、今は無理そうなら諦めるほかない。
それに、先も言ったが渡り者というスキルには経験値量アップの効果もあるみたいだし、このいつ死ぬかも分からない環境で強くなりやすいスキルがあるのは中々有用だろう。
強くなるのが早ければ、それだけ死にずらくなる。はずだ。
……ただ、一つ疑問なのがこの"幽霊体が安定するまでの間のみ"という説明。
幽霊体ってなに?安定するまでってどのくらい?
実はもうとっくの昔に経験値ボーナスタイム終わってたりしないよね?
これで、幽霊体はとっくに昔に安定しきってますって言われたら私は泣いてしまうかもしれない。ボーナスタイムでレベリングできなかった悔しさで。
…教えて鑑定さん!
『幽霊体。
魂を構成する要素のひとつ』
……え?それだけ?
ちょ、鑑定さん!?安定ってなに!!?そこが知りたいんだけど!!
『安定。
物事が落ち着いていて、激しい変動のないこと』
そういうことじゃねぇよ!!
誰が安定の意味を教えてって言ったよ!!
……私でした。っていうか鑑定って国語辞典にも使えるのね。
いや、違う。そうじゃない。
それより幽霊体の説明もっとないんですかぁ!?
先生!!?鑑定先生!??
……………反応がない。ただの屍のようだ。
こいつぁダメだぁ!説明する気がねぇ!!
レベルが上がるほど情報量が増えるって話だったけど、レベル6でもこれだけしか教えてもらえないってどゆこと…?
それとも、幽霊体に関する説明はこれで全てなのかな。
……えぇ、そんなことある…?流石に短すぎないか?
まぁ、私がそう思いたいだけなんだけど。
あるいは、それだけ機密性の高い情報ってことなのかな。
でもスキルのレベル次第で隠される情報ってなに…?世界の核心的なヤツってこと…?知らんけど…。
なんかどこぞの財団みたいだなぁ。
クリアランスレベル6だから幽霊体に関する詳細は閲覧不可ってか?
まぁ、教えてもらえないなら仕方ない。
今回は諦めよう。まだ経験値ボーナスが続いてるのかどうかは知りたいから、鑑定のレベルが上がったらまた幽霊体について鑑定してみよう。
ところで。
自分の疑問点がある程度解消されたところで、思い浮かんだことが一つ。
より詳細な説明が聞けるなら、この地下樹海に関しての情報も入手できるんじゃね?である。
そういえば壁とか地面とかをいちいち鑑定しなくなってしばらくだなぁ。
まぁ鑑定を手に入れた最初のほうも壁や地面とかはほとんど鑑定してなかったけど。
だが、情報量が増えた今なら、それなりの情報が手に入るんじゃね?
物は試しである。
地面に、鑑定。
『セントラル地下樹海上層』
お?…え?
セントラル…地下、樹海?上層?
─────なんだそれ。
アルカディア・オンライン。
あのゲームには、大陸が一つしか存在しなかった。それはワールドマップが小さいという意味ではなく、いわゆる超大陸の設定である。
パンゲアだ、パンゲア。
まぁ、実際はパンゲアではなく"アルカディア大陸"という大陸名があったのだが、そのアルカディア大陸のど真ん中に広がる巨大な森と、それを囲む円形の山脈が存在した。
その名を【セントラル大山脈】
その内側にセントラル大森林を有する、ゲーム内最高難易度のダンジョンである。
……だから、最初に"セントラル"という単語が聞こえたとき、私はおっ?っと思ったのだ。
まさか地面を鑑定して地名が出てくるとは思わなかったが、それでも、真っ先にアルカディア・オンラインに関するもので聞き覚えのある単語が聞こえたために反応できた。
ただ、それに続いたのは全く聞き覚えのない単語だった。
地下樹海…?
そんなものを、私は知らない。少なくともアルカディア・オンラインに地下樹海なんてダンジョンはなかった。セントラル大山脈にも、そのほかの場所にも。
そもそも、セントラル大山脈にもその内側の大森林にも、地下ダンジョンはなかったしね。
ひとまず詳細を聞いてみるか。
『セントラル地下樹海。
セントラル大山脈地下に存在する、巨大な洞窟。高い魔力濃度のせいで、内部が魔草によって浸食されている。多数の強力な魔物が棲息し、出現する魔物の種類で上層、中層、下層と区別されている』
あ、大山脈もあるんだ。
はいはい、なるほどね?
ちなみに大山脈の説明は?
……………あれ?
おーい、鑑定先生~?
…説明したりしなかったり、どういう基準なんだろ。
分からん…。嫌がらせ?
まぁ、この際もういいや。セントラル大山脈って名前で全く別の場所ってこともないと思うし。
やはり、私はアルカディア・オンラインの世界に、狐の魔物として転生したと考えてほぼ間違いないだろう。
というか、これで確定といっていい。
ただ、ゲームの中に、というとそうではないっぽい。この地下樹海もそうだし、私が持つスキルだって、ゲームの中には存在しなかった。
……ゲームによく似た異世界に転生かぁ~。
まぁ、そんなことだろうと予想はしてたけど、改めて証拠が出てくると不思議な感じ。
事実は小説より奇なり、だっけ。ちょっと奇すぎてビビるわ。
こうなると、外に出れば国だってあるよね?人もいるだろうし。
皇国とかどうなってんのかな。やっぱり中身はドロドロなんだろうか。
その辺りも同じなのかな。
う~ん、ここ大山脈の中ってことは一応ダンジョンっぽそうだし、今まで遭遇してないだけで冒険者もいたりするのかな?
今いる場所は上層って言ってたけど……地下だから、上層が一番簡単でいいのかな?
いや、そんなことないか。単に地上に近いから上層ってだけかな。
……会ってみたいような、会いたくないような…。
…いや、今は会いたくないな……。
うん、会いたくない。間違いなく問答無用で殺される気がする。
今後もし人を見付けても、できる限り見つからないようにしよう。
そうしよう。




