Episode8-3
羽鳥さんは困ったような顔をすることがよくあった。戦後に上官から聞いたのだが、羽鳥さんはよく本を読んでいたようで遺品整理を士官たちで行ったとき様々な本が自室にあったという。特に洋書や外国の軍記などが多く含まれていたから我々下の者に教えられることはなく、遺言通り多くの遺品とともに燃やされてしまったというものだ。俺はあの人が本を読んでいる姿を見たことがなく、そのことを聞いたときはたいそう驚いたよ。あの人が本なんて読むんだと。
あの人との思い出はたくさんあるし印象に残っているものも結構ある。着任早々追い払ってもらったこと以外にも部下に煙草を奪われそうになって押しつぶされそうになった姿は面白かったな。
「羽鳥大尉!一本くらい恵んでくださいよ!!」
「やらんゆーとるやろが!!おまえこの前やっただろ!!」
「お願いしますからください!」
羽鳥さんは愛煙家でいつでも煙草を吸っていた印象で、いつでも欠かさず煙草を持ち歩いていると言っているものであったから、あまりにも恋しくなった人間は羽鳥さんにたかりに行くんだよ。皆、羽鳥さんが押しに弱いことを知っていたからそれはそれは絡みに行って羽鳥さんの腰に縋り付いて暑苦しいとよく大きな声が響いていた。たまに勢いがよく押し倒されていた時や羽鳥さんによってぶん投げられている時もあって、仲間たちは見世物として楽しんでいた。
天下の士官様に対しての態度とは思えないことが行われていたが、羽鳥さんが本気で怒ることはなく、逆にその現場を目撃したほかの士官が怒鳴りつけてくることがあったが、「俺は気にしていない」といつも羽鳥さんが止めに入っていた。でもいけないのはそのあと羽鳥さんを馬鹿にするような発言をする輩がいると岡部さんがすかさす殴り掛かってしまうから
「煙草が欲しければ岡部を止めろ」
と、羽鳥さんが言うと煙草が欲しい奴らは怪我を覚悟のうえで岡部さんに突撃してボロボロになって岡部さん椅子代わりにされていることもあった。
俺は岡部さんの椅子になったことはないが、羽鳥さんの椅子になったことはあったな。あれは零戦の受領の為に本土に帰ってきた際に激しい雨でテスト飛行もできないであろうと判断され暇になった日に、羽鳥さんも退屈だったんだろうな、俺と残り二人に証明書を書くから酒保物品の煙草や酒を持ってきてくれと、お使いを頼まれた際にわざわざ横須賀までこんな大雨の日にと文句が出そうになったが、好きなものを持ってくるといいといわれ、まだまだ若かった我々は先ほどの重い腰が何だったのか軽い足取りで軍需部へ出向き大量の酒や煙草、甘味を持って帰ると羽鳥さんは上機嫌になった。お前らも好きなだけ飲めと、普段はそこまで酔うことのない羽鳥さんが疲れかテンションが高かったからなのか珍しく酔っ払い近くで騒いでいた俺を突然四つん這いにさせてその上に座った時は驚いたよ。しかも第一声が
「懐かしい、この座り心地久しぶりだ」
だったのだからもう椅子にされている俺も酒が入っていたから笑ったな。その前日くらいに羽鳥さんの家族の方が来ていたから子供のころでも思い出していたのだろうが、子供の頃はやんちゃな子供だったんだろうなと下から見上げた時に目が合って無邪気に笑い返してきた顔を見たときに思ったよ。
羽鳥さんが酔っ払ったのは本当にあの時だけだったな。本土に帰ってきていた時は本当に暇で、一日に一機完成していればいいぐらいで部品が揃わず操縦士の我々はすることが全くなし。羽鳥さんはよく我々を連れ出してくれて「遊んでけ」と、お金だけ出してくれそのまま一人で帰ってしまうことが多かった。女性関係は固く、女性がいる席には長居せずいつも帰っていた。
奥さんのことが本当に好きだったんだろう。よく写真を眺めている姿を見たよ。義父が船と共に輝かしい最後だったと報告が入った時は幸子の隣にいてやりたかったと、悔しそうにしていた。
世が特攻に盛り上がりだしていた頃、本土防衛として新たな部隊ができるということで集められた我々は羽鳥さんを隊長として日々新たな戦闘機で練習を重ねていたが、我々の訓練は他の隊に比べて過酷だった。ある時あまりにも精神的にも肉体的にも厳しかった時に俺たちにも優しくしてくれと、泣き言を言ってしまったことがあった。一人が言うとタカが外れたのか他の仲間たちも羽鳥さんに訓練の文句のようなことを言ってしまった。
あの時の羽鳥さんの驚いたような傷付いた顔で死にたいのなら別にいいと冷たくあしらわれ、さっさと士官宿舎へ帰ってしまった。次の日に岡部さんや宮迫さんなど先輩達に下士官用の宿舎裏に集められ雷を落とされた時は、我々下っ端は空中戦のこと以外大抵怒らない2人を筆頭に怒られたため、震え上がった我々に宮迫さんが諭すように
「下っ端の分際で士官に文句を言うな。言うなら文句ではなく具申にしろ。特に訓練は隊長たちが話し合い決めたものでこの国や我々のことを考えて予定を組んでいるんだ。お前たちのわがままで実戦で何の成果もあげれなければ責任を取らされるのは隊長たちだぞ」
と、言われ岡部さんには
「隊長じゃなかったらお前ら鉄拳どころか特攻送りになってたぞ。隊長が我々に手を出さない人でよかったな」
我々は下士官ながら隊長に対してなんて無礼なことをしてしまったものだと急いで士官舎に向かうと、ちょうど3隊長が並んで外に出てきたところで急いで後を追い、仲間たちと気まずい雰囲気をかもし出しながら羽鳥さんを見つめると、なんと落合大尉の部隊の錬成確認を3隊長でおこなっていたんだ。しかもあの人べた褒めするんだから酷い人だ。俺たちを褒めたことなんてほとんどないのに引き合いに出して褒めるんだから、こっそり聞いてる俺たちが今すぐ飛び出して俺たちの方が出来ますって大声で言いたいくらいだったからなあの時は。
その後は宿院大尉が我々がいることに気づき、羽鳥さんに教えてくれたおかげでわざわざ来てくださった羽鳥さんに対してすみませんでした!といっせいに謝罪した時はあの猫の目が本当の猫のように見開いて驚いていて、あまりにも固まっているから宿院大尉と落合大尉がニヤニヤしながら羽鳥さんの肩をつついて笑いあっている姿は本当に兄弟のようだった。
つつかれたことで意識を我々に戻した羽鳥さんは耳を赤くしながら口元を手で覆い腰に手をやりながら、まさか謝ってくるとは思わなかったと言い、
「お前たちが謝罪に来るような態度をとっていたか?」
と、聞いてくるものだから岡部さんや宮迫に叱られたからと言えるはずもなく、
「いいえ!しかしあの後、食堂にて我々で話し合った際、あまりにも身勝手なことを隊長に言ってしまったと感じ謝罪に参りました!!明日からもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」
代表で当時俺のひとつ上であった甲飛9期の河内が代表して説明を入れると、羽鳥さんは少し考えた様子で宿舎の方を見るとニヤリと笑い、
「今日は久しぶりに一緒に飲みに行くか!岡部やみやさんたちも呼んで1杯やるぞ」
羽鳥さんがわざわざ飲みに誘う時に、一緒にと付ける時は完全に俺の奢りだと言っている時で我々は直ぐに走り岡部さんたちに羽鳥さんが一緒に飲みに行こうと言ってますと言うと麻雀をしていた人たちかよっしゃと握り拳を作り喜びあっていた。
練習漬けであった頃は機材トラブルで死ぬ仲間はいたが、いつも楽しかった。入隊して南へ行ってからは昨日笑いあって夕飯を一緒に食べていたやつが次の日には居ない可能性の方が多かった戦場からほぼ変わらず馬鹿騒ぎできていたあの時は、一時の安らぎと第二の青春を送っていたようだった。




