プロローグ
一九五七(昭和三十二)年、仮想日本。昨年開港したばかりの国営民間空港、東京飛行場に一つのジェット機が無事着陸した。
「さて……どこで暇をつぶそうか」
機内を最後に降りたのは、紳士風のスーツに身を包み、手荷物はただ英国製ブランドのスーツケースをひとつ持ってるだけの青年。短い髪を散切り頭にしてもくせ毛が残るのは、日本が欧州よりもじめじめしているからだろうかと疑問に思いつつ、税関検査を通る。
空港を出て間もなく、青年はタクシーを呼び留めた。
「福岡まで」
青年の告げた行先に、思わず運転手は振り向いて丸い目を向けた。
「お客さん、外国に行ってたみたいで知らないかもしれないが、円タクはずいぶん前に終わってしまってるんですよ。距離に応じての値段になるがそれでもよろしければ」
「そうですか。なら、滋賀県あたりまで」
「え、それでも高いですよ」
「どれくらいですか」
これまた予想のしていなかった返事をされた運転手は、急いで電卓を取り出す(彼自身、メータ制になって新しく買ったものだったが、まさかここまでばかげた距離を走る料金を計算することになるとは思いもしなかっただろう)。
「大津までなら、だいたい一万八千円くらいですかね」
「じゃあ足りる。これで運んでくれ」
今度には流石に言葉が出なかった。距離が遠いとはいえタクシーにここまでの大金を使うとはどれ程海外で稼いできたのだろうと問題提起をする暇もなく、車を動かし始めた。
「駅は使いたくなかったからこうしたが、流石に疲れた。怪しまれてもあの人だけだしな」
スーツ姿の青年がタクシーから降りたのは彦根という場所であった。この時代では東京、大阪以外はほぼ等しく田舎であったために、夕日が沈む国民の帰宅時間にもかかわらず人気は少ない。
「英国も日本も、まだまだ警察は不自由だな。……痕跡を残した事件にしか優先順位を割くことができない。ジャックは銀行の金を盗んだ容疑でどんな刑だろうな。……あれ、ジョンソンだったっけ。どっちでもいいや」
この青年、東誠人は詐欺師であった。